「種間関係の生物学」

種間関係の生物学―共生・寄生・捕食の新しい姿 (種生物学研究)

種間関係の生物学―共生・寄生・捕食の新しい姿 (種生物学研究)


本書は種生物学会によるシリーズの最新作(なお正確には同日付で「森の分子生態学2」も出されているようだ).共進化も含む種間関係がテーマとなっている.いつも通り若手研究者を中心にした興味深い投稿がてんこ盛りになっている.


冒頭は岸田治によるオタマジャクシの補食防御戦略について.エゾアカガエルのオタマジャクシはサンショウウオ幼生からの補食に対しては膨満型(飲み込まれにくくなる),ヤゴ幼生に対しては高尾型(運動能力を上げる)に形態変化して補食防御を行っている.この膨満型の写真が口絵に登場するが,確かにぷっくり膨らんでいて大変面白い防御方法だ.著者はこれが本当に補食防御であることから確かめる.このあたりの研究物語は大変面白い.それぞれの形態誘導の至近因が異なっている(膨満型には接触が必要,高尾型には水溶性の化学物質)というのも驚きだ.
サンショウウオ幼生が膨満型への対抗進化としての大顎化を行っていること,サンショウウオのいる北海道本土といない奥尻島のオタマジャクシの遺伝形質の地域差,捕食者が変わったときオタマジャクシの防御様式の可塑性,3者共存した場合の状況(オタマジャクシ側の防御様式,さらにサンショウウオの対抗形態の発現も異なる),オタマジャクシの膨満型防御がサンショウウオ個体群に与える影響(より共食いが誘発されやすくなり,それへの対応が生じる)などのリサーチの有機的なひろがりも読んでいて大変面白い.


細将貴による次章はイワサキセダカヘビとカタツムリの左と右の共進化を扱ったもので,「右利きのヘビ仮説」の要約といった内容.始めて読む人には大変面白いだろう


大島一正はリーフマイナーの食性による分化を扱う.クルミホソガはクルミの木に依存して暮らしているが,クルミをホストとする集団とネジキをホストとする集団が同所的にみられる.著者はこの両集団の分岐状況をリサーチし,両集団のホスト利用能力,生殖的にどこまで隔離されているのか,交雑した場合にホスト利用能力がどうなっているかなどを丁寧に調べていく.クルミ集団はネジキに対応できないが,ネジキ集団は双方のホストが利用できる.また交雑は可能で交雑個体は双方のホストが利用可能だ.しかし分子系統的には両集団に差があり,クルミ集団が祖先型でそこから寄主転換が生じたことが示唆されている.おそらくどこかで双方のホスト利用可能な性質が生じ,ネジキ集団の形成につながったのだろう.謎はなお多く,リサーチは継続中ということだそうだ.この章も謎を1つずつ解いていく物語が大変うまく書けている.


杉浦真治と山崎和夫による「虫えいをめぐる昆虫群集」は,いわゆるゴール形成を行う昆虫(アブラムシ,タマバチ,ハバチなど),さらにそのゴールを二次的に利用する昆虫群(様々なゾウムシ,ガ,カメムシ,アブラムシ),さらにそこへの寄生バチ,同居者,再利用者などの詳細(一次形成昆虫との関係,二次利用昆虫同士の関係など)を解説している.身近なところにかくも複雑な種間関係があることの驚きを教えてくれる章になっている.


北村俊平によるサイチョウの章はタイの森におけるサイチョウの食性調査(特に種子分散者としての役割)を語ったもの.サイチョウの生態や調査の苦労話(熱帯雨林での果実食の実態を調べるには結実樹木を見つけると日出から日没までの12時間調査が原則だそうだ)が楽しい.


畑啓生はクロソラスズメダイによる農業について.この魚は珊瑚礁において,他の藻類食魚を排除し,さらに積極的に他種の除草を行うことでハタケイトグサの純林を作る.ハタケイトグサももはやクロソラスズメダイなしでは生存できず絶対共生系となっている.なかなか面白い状況だ.


岡本朋子は送粉者が花の匂いに引きつけられているかどうかについて.絶対送粉共生系を構成するホソガとカンコノキについて,まずホソガがカンコノキの匂いに誘引されるかどうかを確かめる.次に近縁種や同所分布種の間で匂い成分がどうなっているかを分析する.ここでは匂い成分化学物質がどのように構成されているかを調べて,生物群集比較手法を応用してCNESS法で調べる.結果は二次元散布図になりきれいに種ごとに分かれる.同所的な種では同じ化学成分のキラリティが異なっている例もあって興味深い.


高野宏平はサトイモ科植物とタロイモショウジョウバエの送粉共生系について.この送粉系についてはあまり知らなかったが,やはり特殊化が進んでいて花のどの部分に何種のショウジョウバエが産卵するかという形だけで6パターン以上あるそうだ.ごく限られた時間帯に一斉に生じる送粉現象や,送粉の報酬の多様性(花蜜,花粉の他,浸出液,表面の固形物,花組織そのもの,産卵や幼虫の成長という空間,さらに熱が送粉への報酬になっている可能性もあるそうだ),雌花部と呼ばれる花序の基部に産卵するショウジョウバエの面白い生活史などが愛をもって語られている.


佐藤博俊はオニイグチの隠蔽種について.キノコにも宿主に対応した隠蔽種があるはずだと当たりをつけ,それを検証していく研究物語.サンプルの採取,宿主の同定などの困難を乗り越えて隠蔽種と突きとめていく様子が生き生きと描かれている.


細川貴弘はマルカメムシ類と腸内細菌イシカワエラの共生について.この系で面白いのは,ホストにおける垂直感染が,親が用意するカプセルを子供が食べる形で生じるところだ.だから垂直感染について操作実験が容易に行える.実際に近縁種のホストに感染させると卵の孵化率が低下し,これは餌植物の処理効率に関係することが示唆されている.


最後の部分は研究者向けのノウハウ集になっている.野生生物や博物館標本からのDNA抽出について詳しい.それ以外にも匂い物質の採集,リーフマイナーの採集,博物館標本の借り方なども扱っている.それぞれの研究者が試行錯誤の上に手に入れた貴重なノウハウが惜しげもなく教授されているようだ.


本書はこれまでの種生物学会シリーズと同じように,読んでいて研究の臨場感をたっぷり味わった上で,様々な生態の面白さを感じることができる大変充実した本に仕上がっていると評価できるだろう.


関連書籍


種生物学会の本


本書と同日付の発売.2001年の「森の分子生態学」の続編のようだ.

森の分子生態学2 (種生物学研究)

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ここ4年ほどの本.私の書評はそれぞれhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110925http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100402http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100410http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080517

ゲノムが拓く生態学―遺伝子の網羅的解析で迫る植物の生きざま (種生物学研究 第 34号)

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外来生物の生態学―進化する脅威とその対策 (種生物学研究)

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発芽生物学―種子発芽の生理・生態・分子機構 (種生物学研究)

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共進化の生態学―生物間相互作用が織りなす多様性 (種生物学研究)

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