日本進化学会2012 参加日誌 その4 


大会二日目 8月22日 その2


午後はポスターセッション.面白かったものをいくつか紹介しよう


トゲオオハリアリの行動レパートリ特異的リズム 岡田泰和


社会性昆虫についてはカーストにより概日リズムがあるかないかが分化していることが知られている.シロアリ,ミツバチ,オオアリでは未交尾女王には概日リズムがあり,交尾後はなくなる.ワーカーはシロアリではなく,ミツバチとオオアリでは内勤ワーカーにはなく,外勤ワーカーにはある.これは仕事にとって有用かどうかで説明できる.今回トゲオオハリアリについて調べてみたところ女王は交尾の有無にかかわらず概日リズムを持ち,ワーカーについては内勤になく,外勤にあるという特異なパターンとなったというもの.
進化的な説明についてはこれからということだが,非常に興味深い.特にワーカーについてはどうして逆になるのだろう.



メスは交尾に対する抵抗を進化させても性的対立のコストを軽減できない 原野智広


アズキゾウムシを使って再交尾を拒否するメスの形質に人為淘汰をかける.これを数十世代繰り返し再交尾により抵抗するメスの系統を得る.このメスとコントロールのメスをそれぞれオス2頭と一緒にシャーレに入れて繁殖成功を見る.すると抵抗するメスの方が生産力が下がったというもの.抵抗する方がハラスメントをより受けてコスト高になるというのはいかにもありそうだが,実際にそれを示したというのが面白い.



キジ科クジャク属における求愛ディスプレイ形質の種間比較 高橋麻理子


日本国内で飼育下にあるインドクジャク,マクジャク,コクジャクの性淘汰形質を比較してみたもの.
結論としてはインドクジャクとマクジャクが近縁種だが,両者が分岐する前にまず上尾筒の性淘汰形質が進化し,分岐後にマクジャクの系統でメスの地味な色彩と特徴的な声が進化したことが推測されるということだった.



なぜ感染で死ぬのか? 利他的感染防御としての死の集団実験と数理モデルによる検討 福世真樹


感染症に対してすぐ死に,周りに感染を広げないようにする利他的な性質は進化できるか?空間構造があればできるというのが答えだが,これを包括適度的に示すのではなく,シミュレーションで示したもの.無性生殖をして増殖する生物を念頭におき,二次元空間にまばらにおく.すると増殖して空間を満たしていくが,その際に突然変異が生じ,また感染が生じる.すると,クローン同士が固まって増えていくためにモザイク状になるため(つまり隣接個体間で血縁度が高まる),自死する突然変異は感染に対してより頑健になり,集団全体を占めることが可能になるというもの.
見事な包括適応度的な利他行為進化のシミュレーションのように思われる.



総会・受賞記念講演


3時半からは総会.
いつもの通り滞りなく議事が進行.来年はつくばで開催.また本学会の記念行事として企画された進化学事典がついに刊行されたことについても報告があった.斎藤成也編集委員長から表紙のイラストについてコメントあり.描かれたのはヒトも含めて日本の生物で,サンショウウオは井伏鱒二に敬意を表して系統樹から脱出しかけているということだった.

進化学事典

進化学事典

進化学事典.なかなか気合いの入った記事が並んでいて是非じっくり読みたいのだが,なにぶん巨大でとても持ち運ぶ気力は無いし,取り回しも厄介だ.というわけで我が家では購入したままごくわずかの記事を読んだだけで机上の置物化している.電子化の予定は全くないということらしいが,本書のような書物こそ検索可能で軽量化できる電子化が望ましいだろう.


本年度の日本進化学会対象,木村賞受賞は諏訪元博士である.



受賞講演 人類の化石の記録をたどる ー石の上にも30年ー 諏訪元


まず人類進化の見取り図についてのここ30年の変化が説明される.大まかな図は変わっていないが細部がより詳細になり,ガルヒ,アナメンシス,ラミダス,オロリン,サヘラントプスなどの古い化石も出土,チンパンジーとの分岐年代については30年前には400万年前ともいわれていたが,現在では700万年前ぐらいという理解になっている.
進化の理解という点では80年代ぐらいから遺伝子プールの頻度変化というとらえ方からゲノムの分析が主流になってきているが,人類の進化については形態や行動も重要だと思っていて,研究を進めてきた.


ラミダスは440万年前の化石で,ほぼ全身骨格が1体,部分骨格や歯を入れると60体分ぐらいある.これはアウストラロピテクスの発掘でいえば数十年分に匹敵し行動や生態についても様々な分析が可能になっている.
歩行姿勢は移行型(樹上生活の適応も残っている)の直立で,興味深いことにブラキエーションもナックルウォークもない.これまでヒトとチンパンジーの共通祖先の形態については,最節約的に考えてゴリラとチンパンジーの共通要素(ブラキエーション,ナックルウォークなど)はあるのだと考えられてきたが,ラミダスの骨格をよく調べるにつれ,むしろ共通祖先は4つ足的で,ゴリラとチンパンジーの両系統で独立に樹上生活への適応としてブラキエーションとナックルウォークが進化したのではないかと考えるようになった.
食性については(歯の形態から)ラミダスはアウストラロピテクスとよく似ている.これもこちらが共通祖先型で,チンパンジーの巨大な犬歯が派生形質だろうと考えるようになった.合わせて考えるとチンパンジーというのは樹上生活,果実食,乱婚性に適応し,強く特殊化した類人猿と考えた方がよいと思う.ボノボは二次的に緩和する進化があったのだろう.今後分子的にそれらが検証されていくことを期待している.
分岐年代については,現在600〜700万年前あたりまで人類化石がでており,その前については最後の化石の空白となっている.最近エチオピア,ラミダス出土地のすぐ南でチョローラピテクスというゴリラの祖先化石がでており(年代は約1000万年前),ゴリラとヒトの共通祖先の分岐はそれ以前ということになるだろう.また分子の年代は比例関係であり,かつて1300万年前とされていたオランウータンとの分岐が1600〜2000万年前とされつつあることもあり,ヒトとチンパンジーの分岐年代は800万年前ぐらいになるのではないかと考えている.


質疑応答では斎藤成也前会長から分子時計と分岐年代,チンパンジーが特殊化しているならゴリラとの共通点はどうか(大きいのであまり比較されていないがいくつかある,さらに調べればあるだろう,行動もゴリラの方がにている可能性がある)などのいろいろと突っ込んだ質問が多くなされて面白かった.
またスプリッターとランパーの話が出て,人類化石は全部ホモでいいのではないかとも突っ込まれ,講演者は以下のように答えていていた.

  • 属以上の分類については人為的であるということを踏まえた上でいうと,属については適応的な性質が変われば分けていいのではないかと考えている,そうすれば人類化石については,アルディピテクス,アウストラロピテクス,ホモの3属は認めて良いと考える.種レベルではやや細かな提唱がなされすぎている可能性がある,一部は交雑個体だという可能性もあるだろう.サヘラントロプス,オロリンについては,個人的には全部アルディピテクスでいいと思っているが,なにぶん化石が少なく否定するだけの根拠もないので特に事を荒立ててはいない.


ラミダス中心で昨年聞いた話(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110208)のおさらいのようなところもあるが,分岐年代やチョローラピテクスの話は面白かった.
ナックルウォークが平行進化した独立形質だという話はその可能性も高いような気がするが,ブラキエーションはどうなのだろうか?テナガザルの系統にもオランウータンの系統にも独立して進化したというのはやや微妙だ.また犬歯などの性淘汰形質は配偶システムにつれて素速く進化するだろうから,あまり最節約的に考えても仕方がないような気もする.またチンパンジーとボノボの共通祖先がよりチンパンジー的だと考える根拠については説明がなかったが,それは何だろうか.いずれにせよ遺伝子の面からこれらがわかれば(例えばブラキエーションを可能にしている仕組みがそれぞれ異なるなど)大変興味深いだろう.


以上で二日目が終了だ.