日本進化学会2012 参加日誌 その7 


大会最終日 8月24日 


最終日は恒例の夏の学校と公開シンポジウムだ.夏の学校は特定のテーマに絞らず,いくつかの分野での最近の進展という内容だった.


進化学 夏の学校 「進化研究の最近の話題」



適応進化を制限する機構と生物多様性 河田雅圭


様々な適応制約について,これまでどのような文脈で議論されてきたのかを振り返る.
70年代から80年代の初めにかけて淘汰圧があれば適応が生じるというフレームで物事が捉えられるのが一般的だった.その後このようなフレームに対して様々な議論が生じた.

  • 断続平衡の議論
  • 絶滅の議論.適応しきれずに絶滅することがあるのか:これは現在の温暖化の文脈で重要.
  • 分布範囲が限られることの議論.空白域の説明
  • ニッチ保守性の議論(これは「何故熱帯の多様性が高いのか」を巡り議論された.熱帯の生物が温帯に適応して分布範囲を拡大していかないことの理由が問題にされた)
  • 生物相の安定性の議論
  • 相互作用の保守性の議論


これを大きなフレームで捉えると,「進化可能性と進化制約」(evolvability & constraints)の議論ということになる.制約要因には生態要因,集団遺伝学的要因,形質の遺伝基盤的要因がある.


(1)望ましい形質を持つ遺伝子(変異)の不在.
別の集団からの持ち込み
陸封型のトゲウオのEda遺伝子が海洋集団から持ち込まれる例
最近頻度が増えている北米のオオカミの黒色型の遺伝子(メラニン色素関連遺伝子)がブラックレトリバーから持ち込まれた例


(2)遺伝的荷重の問題(最適でない遺伝子型が残る問題)

  1. 超優性のような事例
  2. 置換による荷重(環境変化によるもの)
  3. 移動による荷重

遺伝子流動と移動による荷重を使って分布制限を説明するモデル(分散が大きいと遺伝的荷重がかかりすぎ個体数減少・絶滅につながる)を組むことができる


(3)遺伝システムの頑健性の問題
撹乱に対して強いことと変化の方向に制限が加わることにはトレードオフがある.
突然変異率が一定でも遺伝子の数や,その発現がどのようなネットワークにあるかによって頑健性が異なる.


(4)遺伝子重複
重複があると進化可能性が高くなる.
実際に環境の多様性と遺伝子重複頻度には相関があることが知られている.また倍数性の高い植物ほど絶滅しにくいというリサーチもある.


とりあえず進化制約が話題になるトピックをまとめてみましたという総説的な内容だった.



進化発生学のこれまでとこれから 和田洋


脊椎動物の起源について.
脊椎動物はどのような動物から進化したのかについて最近大きくリサーチが進んでいる.
少し前まではホヤ(尾索動物)のような動物とされていた(幼形成熟説).しかし最近ではむしろナメクジウオ(頭索動物)の方が有力とされるようになった.それはEvo-Devoによる検証による.


<Evo-Devoによる検証>
ウニの卵の発生の観察からHox遺伝子の発見までの発生学の歴史をおさらい.
Hox遺伝子が動物で大きく共有されていることから,遺伝子そのものの共通性(相同性)と機能の共通性を分けて理解することが重要になる.
これは相同的な遺伝子が別の機能を持つことがあるということだ.例:ヘッジホッグ遺伝子はハエでは体節を決定し,脊椎動物では四肢の後端で前後軸を決定する.また片方で大きく離れた動物門で機能が共通している遺伝子も多く発見されている.例:Hox遺伝子と体節の個別化,PAX6と眼の形成,Nkx2.5と心臓の形成,Dlxと突起の形成など
すると配列も機能も共通している相同遺伝子があるなら,共通祖先でも同じ形質を共有していただろうと推定できる.左右相称動物の共通祖先(前口動物と後口動物の共通祖先)では体節構造があり,心臓を持ち,何らかの光受容器感を持っていただろう.
後口動物において半索動物においてギボシムシとフサカツギのどちらがより祖先的かを考えると,このような推測からはギボシムシがより祖先的だと考えられる.これは分子系統樹からも支持される.
すると脊椎動物の起源はギボシムシ的な動物から脊椎動物にいたる中間形はどうだったかという問題になる.これを最節約的に考えるとナメクジウオ的ということになる.そして分子の証拠もそれを支持しており,ホヤは派生的な動物群ということになる.


すると次の問題はギボシムシ(的な動物)からナメクジウオ(的な動物)にどう進化したのかということになる.この時点の最大の問題は背腹逆転の問題だ.それがDtx遺伝子の左右非対称発現の依存しており,この発現が逆転し,口の開口部が移動して背腹逆転が生じると理解できる.
最後に残る問題としては,付節と運動性の獲得,新しい細胞タイプの獲得などがある.


Evo-Devoにより「相同性」がより深く理解できるようになったという講義だった.発生の話はいつも深い.背と腹の定義は「口の開口部がある方が腹」ということなのだそうだ.そうすると単に開口部の移動だけで背腹逆転は説明できそうな気もするが,何故左右の逆転も絡んでくるのだろう.そのあたりはよくわからなかった.



全ゲノム配列による系統解析 −限界と課題− 田村浩一郎


これまでの分子系統樹は単一の遺伝子で見ることが多かった.現在ゲノム解析技術が進み,複数の遺伝子あるいは全ゲノムを情報源として使えるようになってきた.そのあたりの論点の整理という講義.


この場合手法的には大きく2つあり,系統樹を書く前に複数のデータセットを統合するという「スーパーマトリクス」とデータセットごとに系統樹を作り,その系統樹群からさらに単一系統樹を考えるという「スーパーツリー」だ.


<スーパーマトリクス>
全ゲノムから調べる際には相同部分をどう同定するかというのが大きな問題になる.これは置換や欠損や挿入の確率を決めて最尤化する,同じく置換・欠損・挿入を重み付けし配列間の距離に直して最小化するなどの手法による.タンパク質のコードである場合には同義,非同義置換の区別し,アミノ酸に一旦直して確率・距離を求める手法を用いる方がよいとされる.


最終的な結果の解釈
データが増えて多くの枝のある系統樹については,最尤系統樹と真の系統樹は通常異なるということを理解しておくことが重要だ.これはデータが増えるほど最尤性の幅を小さく絞り込むことができ,真の系統樹がその範囲に入る可能性が小さくなるという問題だ.


ヘテロタキー
対象配列が増えると,配列の中で進化速度がばらついているという問題の影響が大きくなる.この問題においてはスーパーツリーの方が有利になる


<スーパーツリー>
この手法を使う上での問題は,種の系統樹と遺伝子の系統樹は異なりうるということだ.
この問題を避けるには,全ゲノムデータを使わずに正の淘汰を受けた遺伝子を抽出して系統樹を書くという方法が有用だ.
スーパーツリーでも遺伝子重複をどう扱うかは問題になる.


全ゲノムデータを扱うということになるとデータが膨大になるので情報科学的な側面に眼がとらわれがちだが,結局そのデータの背後の生物学的な実体の理解こそが重要になるという講義だった.


以上で進化学会2012年の夏の学校は終了だ.
この日の昼ははなまるうどんでうどんなど.