日本進化学会2012 参加日誌 その8 


大会最終日 8月24日 その2


最終日の午後は恒例の公開講演会. 今回のテーマは首都大学東京が積極的に関わっている小笠原に関する講演会だ.講演の合間には2007年の南硫黄島への調査の様子がビデオで流されたりしてなかなか工夫されていた.小笠原のことはあまり知らなかったので大変興味深かった.実際にはガラパゴスに勝るとも劣らないような独特の生態系のある海洋島なのだということがよくわかる講演会だった.


公開講演会 “進化の見本:世界自然遺産小笠原諸島”





小さな世界の大きな多様性: 小笠原諸島陸生貝類の進化 千葉聡


最初は小笠原の陸生貝類について
小笠原のカタツムリ類の特徴は以下の通り

  1. 密度が高い.土壌がほぼカタツムリの殻だけでできているところまであるそうだ.
  2. 多様性が高い
  3. 種内変異が大きい:殻が色とりどりであったりする
  4. 固有率が高い:108種のうち96種が固有種


今日はこのうちカタマイマイ属について
カタマイマイ属は全24種が生息.生態と形態に相関のある4タイプ(地上潜行型,地上表在型,樹上型,半樹上型)が各島に生息している.このうち地上潜行型,地上表在型は各島に生息し,分子系統樹を書くと,島ごとに同じような収斂進化しており,反復適応放散の珍しい例であることがわかった.
分子の証拠によると祖先は本土にいるFuhadraという種.これまでペニスの形状が全く異なる(Fuhadraは突き刺し型,小笠原のカタマイマイは巨大ペニス型)ので別科とされてきたが,これは漂着後一旦配偶競争が緩和されたために小さくなったペニスが,また配偶競争の状況になったときに別の適応形態になったものだと考えられる.


何故珍しい反復適応放散が生じたのか
1つには殻の形態がごく少数の遺伝子に支配されていること,もうひとつは捕食者がいない島に漂着したあと空白ニッチを埋めていく際にカタツムリという生物では繁殖隔離が生じやすかったことが挙げられる.


漂着はどのようにして起こったか.
候補は海流による漂着,鳥による移動,風(竜巻)
ダーウィンの実験でカタツムリは海水でも20日間は生きていけることが知られている.小笠原と本土の海流ならば20日あれば漂着は十分可能.このほか一般論として,鳥についてはメジロがノミガイを運んだと思われる例があること,風についてはエリマキガイが広い分布を持ち,空中で採取されたことがあることなどが紹介された.


なかなか面白い講演だった.小笠原がカタツムリ天国だとは知らなかった.何故いろいろな色の変異があるのかあたりが興味深い.



遙かなる海路の果てに:小笠原諸島固有樹種モンテンボクの起源と進化 高山浩司


まず海洋島(火山起源である日突然現れる)と植物の漂着,種分化について.
植物では海洋島で大きな放散はあまり生じない.また種子が小さいので様々な場所から様々な方法で漂着する.
小笠原には日本本土,ハワイ,オセアニアからも漂着しているが,多いのは海流の関係で台湾・沖縄・東南アジアからのものだ.


本日の主題はモウテンボク.これはアオイ科フヨウ属の植物に含まれる.アオイ科フヨウ属の植物とはいわゆるハイビスカスだ.
小笠原には黄色いハイビスカスであるモウテンボクが広く分布し,森林の主要樹木となっている一方,海岸沿いには世界中に広く分布するハイビスカスの一種オオハマボウが分布する.
分子的に調べるとモウテンボクの分岐は深く単系統で,オオハマボウは世界中に分布しているものと近縁である.これはモウテンボクがかなり早く漂着して小笠原に適応し,その後最近オオハマボウが漂着して海岸というもともとのニッチに近い場所にいるという状況であると推測できる.
オオハマボウの仲間はいずれも海岸に分布し漂着能力が高い.つまり大陸において限界的なニッチに適応し分散能力を高めているグループだが,モウテンボクは小笠原で空白であった森林性の植物に進化し,漂着能力を失っている(父島と母島では既に分化しかけている)こともこの推測を裏付けている.


小笠原にすむ淡水魚:海洋島における淡水魚の起源と進化 向井貴彦


最後は魚類について
小笠原の海には準固有種である海水魚が数種確認されている.分子的に祖先を調べると,日本本土に近縁種がいるものが多く,黒潮の大蛇行の際にごくまれに漂流してくると考えるとつじつまが合う.
では淡水魚においてはどうなっているか.小笠原はかなり孤立した海洋島なのでコイやフナなどの純粋の淡水魚はいない.ただし生活史の一部で海に出る回遊魚は存在する.
河川のある父島で調査すると,まず外来種であるティラピアやグッピーが大量に見つかる.汽水的な環境を好むボラなどの海水魚寄りの魚が次に目に付く.
もう少し淡水寄りの魚も数種見つかるが,そのうち固有種であるのはオガサワラヨシノボリ1種だけだ.


オガサワラヨシノボリを分子的に調べると,日本のヨシノボリに近縁だが分岐は古く,100万年前以上前らしい(小笠原諸島の成立が300万年前ぐらいとされている)
すると100万年もあって何故放散を起こしていないのかが疑問となる.これは沖縄のヨシノボリが放散しているのと比べて特徴的だ.これはおそらくオガサワラの河川環境が不安定でしばしば干上がるからだと思われる.つまり陸封個体群はすぐ絶滅し,常に一度は海に出る個体群により維持されてきたのだろう.実際に耳石のストロンチウム同位体を調べると程度には差があるがどのヨシノボリも海に出たことがあることがわかる.

それ以外の淡水魚(チチブモドキ,ハゼなど)は全く本土個体群との分化が認められない.これらの魚は卵が小さく多産なもので常に新しい個体が漂着してくるのだと思われる.

このことから淡水魚が放散を起こすためにはある程度以上ちゃんとした河川に陸封が生じ,漂着がまれであることが重要であると考えられる.


一定以上小さい島には純粋の淡水魚は分布できず,回遊魚であっても放散しにくいというのはある意味わかりやすい話だ.ティラピアやグッピーが多いというのもちょっと悲しい話だった.


以上で今年の進化学会も終了だ.いつも通り充実した大会だった.事務局の皆様にはこの場を借りて感謝申し上げたい.