日本鳥学会 100 周年 公開講演会&公開シンポジウム 


日本鳥学会は由緒ある大学会だが,本年はその創設100周年ということで,100周年記念大会が9月14日から17日まで東京で開かれた.間の日曜日である16日には午前中に記念式典が開かれ,午後には公開行事として記念講演とシンポジウムが開催された.というわけで(残念ながら学会自体は都合が付かなかったのだが)記念講演と記念シンポジウムに参加してきた.場所は東大本郷キャンパスの安田講堂.講演もシンポジウムも全て英語ということで一般の方は少なく,いかにも鳥学一筋のような蒼々たる学者の方々が多数来場されていた.




記念講演会


「Current perspective in the study of bird migration 」 Franz Bairlein  (President of IOU, Germany)


鳥の渡りについての最近の話題を語った講演.
まず様々な渡りの魅力が語られる.北半球と南半球を往復する東西のツバメたち,特に驚くべき渡りとしてはオオソリハシシギのものが紹介される.オオソリハシシギはアラスカで繁殖し,越冬地はニュージーランド,春の渡りは日本などを経由してアラスカに向かうが,秋の渡りはアラスカからニュージーランドまでノンストップで太平洋を突っ切るそうだ.それは8〜9日間ノンストップで飛ぶことを意味しており驚異的だ.
(なおオオソリハシシギは日本では春の渡りの個体数に比べて秋の渡りの個体数が少ない.これは上述のアラスカ個体群が秋には日本を経由しないためで,これとは別にシベリア個体群は春も秋も日本を経由するということらしい.この驚くべき渡りのリサーチにかかる最近出たばかりの論文はここにある.http://ak.audubon.org/sites/default/files/documents/battley_et_al__2011_jab_barg_migration_warnock.pdf


現在のリアリティとして,長距離渡りをする個体の頻度がここ数十年で下がっているという問題が挙げられる.これは日本でもヨーロッパでも観察されている.ヨーロッパにおいてはサハラを超えて越冬する個体の割合がここ40年で40%も減少しているそうだ.


次は渡りを理解するためのフレームワーク.まず遺伝的な基盤があり,そこに餌,天候,同種個体などの環境要因があり,最後に進化的な適応を考えることにより,中期的な環境変動に対してどう変化するかを考察できる.


具体的調査方法
伝統的にはバンディング.(一旦捕まえて足輪などをつけて放鳥し再捕獲して統計を取る)これでは出発地点と到達地点しかわからないが,遠くから視認して個体識別できるカラー足輪のコンビネーションを作り,世界中のバードウォッチャーたちの協力を得ることにより途中地点の情報を得ることができ,それによりトラッキングできる.
最近ではサテライト利用やGPS利用によるトラッキングがある.例として樋口のハチクマの春秋でコースを変える渡りのリサーチが紹介される.これは機器が重くてまだ大形の鳥にしか使えない.


ここでより小さい鳥の調査として講演者のハチクイのリサーチが紹介される.ハチクイに小さな発信器をつけインターバルをもって情報を取る.ハチクイは繁殖地としては北ヨーロッパ全域を含むユーラシアの北部全域,そしてアラスカとカナダ東部まで分布するが,越冬地はサブサハラアフリカに限られるそうだ.このアラスカ・サブサハラ往復個体群の春の渡りルートは一旦北東にでたあと東北東にルートを変えて中央アジアの北部を突っ切っていくコースであり,最短コース(北極経由)でも地磁気に対する角度固定コース(もう少し南回り)でもない.講演者は渡りの途中のハチクイを実際に観測し,その途中の滞在地(中継地)の重要性を理解する.彼等は厳しいトレードオフの中で多要因を考慮した意思決定を迫られており,亜種によって,あるいは雌雄によって何を最適化するかが異なっている(エネルギー効率,目的地までの最短時間など)例えば脂肪の蓄積は渡りの総距離ではなく,次の渡りのノンストップ航路の長さが大きく影響する.


ハチクイだけでなくコウノトリ,チュウヒ,スゲヨシキリなども調べて,生活史的に見ると越冬地や重要な中継地でのハビタットロスが次の繁殖期の成功率に影響するようだ.このような知見から見ると,欧州の渡り鳥のサブサハラ越冬個体頻度の減少は越冬地や中継地のハビタットロスによるものではないかと推測される.
最後に渡りは鳥類の生活史の大きな部分を占めており,今後ともリサーチが望まれるし,それには国際協力が欠かせないと述べて締めくくった.


ハチクイのリサーチの解説は大変手がかかっていることがよくわかるもので,自然史的なエピソードにあふれた面白い講演だった.



「Evolutionary genomics of host-pathogen interactions: House Finches and Mycoplasma」 Scott Edwards (Past-Chair of SPC, USA)


アメリカでは普通種であるHouse Finch(メキシコマシコ)に最近(1994年以降)マイコプラズマ感染がニワトリからホストスイッチして生じている.これにかかる進化を考えた講演.
メキシコマシコは元来アメリカ西部の鳥だったが,1940年代に東部に小さな個体群が移され,それが広がり全米に分布が広がっている.ニワトリのマイコプラズマがメキシコマシコに感染するようになったのは東部で1994年に始まり5年でロッキーに達し,現在では南西部のごく一部以外に感染が広がった.
メキシコマシコが感染を生じた後には,オスはより赤く,より小さくなる(メスにはあまり変化がない).これは何らかの感染に関係する進化適応である可能性があるので調べてみた.
調査は観戦前の1980年代までの博物館標本,2001年の(感染地域の)アラバマ個体群,2007年のアラバマ個体群と(未感染地域の)アリゾナ個体群からそれぞれDNAを調べることで行った.
結果,2007年のアラバマ個体群では免疫に関する遺伝子の発現量が(アリゾナに比べても,2001年のアラバマ個体群に比べても)増えており,何らかの適応が生じている可能性があることがわかった.
またニワトリのマイコプラズマとメキシコマシコのマイコプラズマのDNAを調べるとメキシコマシコマイコプラズマでは遺伝的多様性を大きく喪失しているほか置換率が上昇しており,何らかの正の淘汰がかかった可能性がある.これはバクテリオファージへの耐性と関連している可能性がある.


感染症とそれへの抵抗性に関する急速な進化の研究例としてなかなか面白いものだった.



ここまでが記念講演で,ここからは休息を挟んで「東アジアにおける鳥類の系統地理学」をテーマにしたシンポジウムとなる.



記念シンポジウム 「Phylogeography of Birds in East Asia」


まず最初に樋口広芳から趣旨説明
鳥類の場合分散距離が大きいので,系統地理を調べるとなると,ある程度広い地域が問題になり,リサーチにおける国際協力が重要になる.そこで中国,台湾,ロシア,日本からそれぞれ研究者を呼んでシンポジウムを開き,今後の国際協力を進める一助とし,さらに若い研究者たちに刺激を与えたいという趣旨とのこと


ここからそれぞれの講演者がプレゼンすることになるのだが,最初の予定講演者であった中国のFumin博士が急遽来日できなくなり,ピンチヒッターとして関伸一が,用意されたスライドを解説するという形で始まった.


「Process of avian endemism revealed by phylogeographical approach and Ecological Niche Model: China avian endemism case report」 Lei Fumin (関伸一による発表)


まず固有種の説明を前振りにして始まる.
固有種のホットスポットを見ると中国においてはチベット高原,横断山脈,海南島と南部海岸,台湾という4つの大きなホットスポットがある.
具体例としてはシラヒゲガビチョウやクビワホオジロなど何種かが紹介され,大きな山脈が隔離障壁になっていること,氷河期のレフュージアの候補がいくつかあることが要因となっていることが解説される.


ここからはスズメ目の鳥による各論.
まずDNA配列を使った系統地理的分析の例.
チベット高原におけるデータからはレフュージアが1カ所である鳥(チャミミユキスズメなど)と2カ所である鳥(ヒメサバクガラス:この鳥は実はカラスではなく地上性になったシジュウカラだそうだ.面白い.英語名はground tit)がみつかる.これはヨーロッパにおける最終氷期以降のレフュージアからの分布拡大とよく似たパターンだ.
次に過去の生態環境を推定してDNA情報を合わせて分析するもの.
南中国の過去の生態情報を整理すると,ズアカエナガの好適地からは氷河期に3つレフュージアが推定できる.そしてDNAからは,ミトコンドリアの系列では3つの系統があり,核のデータでは混ざり合っている.これはオスの方がより分散するとして解釈できる.また同じ分析をキバラシジュウカラにおいて行うと両方のDNAデータで3つの系統が認められる.
またDNA情報を,いくつかのレフュージアから勾配をもって分散したというモデルを立ててベイズ分析するという手法によってレフュージアの場所を推定するという手法も紹介された.
最後にユーラシア東部全域で氷河期の分布や分岐をシジュウカラ,オナガ,カササギについて検討した結果も示されていた.


ものすごく精力的に各種のリサーチを行っていることがよくわかる紹介だった.日本だけ考えているとあまり氷河期のレフュージアの問題を考えることはないのだが,確かに少し大きな地域で物事を考えると,北半球では共通して重要な問題であることが認識できる.



「The Taiwan Connection: relationship between Taiwan and East Asian Birds」 Lucia Liu Severinghaus


樋口広芳の紹介によるとLiuさんは台湾のマダムオルニソロジーなのだそうだ.紹介を受け,貫禄十分に登場し,台湾の鳥類の生物地理についての概説的な講演を行ってくれた.


まず台湾の地誌について.台湾はおそよ400万年前に隆起したと考えられている.中国本土との海峡の最浅部はわずか70メートルで過去24万年間に4回陸橋が成立している.地形的には西側に平地が広がるが,中央部は4000メートル弱の高地が広がる.このため環境は多様で特に高地には固有の鳥類が多い.
固有種についてはキクイタダキの近縁種の紹介があった.これらは高地にしかいないそうだが,是非一度見てみたいものだ.また現在チメドリの一種の亜種とされている鳥についてこれは別種とすべきであり,台湾の固有種だと力説していた.


周囲の島や大陸との関係でいうと,地形的にはいかにも日本列島から沖縄,八重山.台湾,フィリピンと島弧がつながっているように見えて,渡り鳥のコースになっているように感じられるが,実際に調査してみると八重山と台湾をつなぐルートはあまり利用されておらず,フィリピンと中国本土の中継地としてよく利用されていることがわかった.
これまで旅鳥とされていたハマシギの一部個体は台湾にとどまることも発見された.同じく旅鳥とされていたハチクマも台湾にとどまって繁殖する個体群があることが確認されている.


概説の中にも,台湾の鳥への愛が感じられる講演だった.


「DNA barcoding and the perspective of researches on species classification in Asia: Japanese Islands may have contributed to the rich species diversity of Asian birds」 西海功


ある鳥類が現在の分布域に分布するには,どのような経緯を経ているのかについて,分子データを使って解析できるという講演.最後に日本のDNAバーコーディングへの取り組みが紹介された.
これまで上記の問題については分布域の大小を見て大きいところから小さいところに広がったのだろうと推測する方法が主流だった.これにより朝鮮のメジロは日本列島が起源だとか,本州のゴジュウカラは朝鮮から来たとかされていた.しかしヤマガラのようにどちらにも分布域が大きいものは判定できないし,上記の仮定も絶対正しいとは言い切れない.
最近では分子データから推定が可能になってきた
例えばヤマガラの場合は現在では分子系統樹により日本から朝鮮に渡ったことがほぼわかっている.カケスの場合はルリカケスが最も根元に来て,そこから中国に広がり,さらに北から日本に入って分布していることが推定される.
特にどちらからどちらへ広がったのかを問題にする場合には,分子データについてネットワーククレード図を作ってやることで推測することもできる.(無根系統樹の端に来たものほどより新しい分布と考えるというもの)例としてウチヤマセンニュウとシマセンニュウについてこの方式によって分析した例が示されていた.


DNAバーコーディングについては同定に役立つ国際プロジェクトとして進んでいるが,現在日本国内で繁殖が生じる鳥類240種のうち232種までデータベースに収まっているとのことだった.
また種カタログとしての日本鳥類目録は今回第7版が出た.(6版は2000年)第6版での542種から633種に増加している.ほとんどは新しく報告された迷鳥などの追加だが,メボソムシクイを本州と北海道で2種に分けたのも特徴.この判断には生態,囀りの他,DNAもつかっているとのこと.
今後バーコーディングは種識別,系統地理,保全にとってさらにに有用になっていくだろうとして締めくくった.


「phylogeographic patterns and microevolution processes in crows and other birds in East Palearctic」 Alexey P. Kryukov


ユーラシアの系統地理について特にカラスについての講演.
北米や欧州に比べてユーラシア全体の氷河期のレフュージア由来の生物地理の理解は遅れているが,いくつかリサーチはある.
クマについてはレフュージアは中央に一カ所でそこからユーラシア北部全域に広がったが,アナグマは2カ所あり,ウラル山脈の東西で異なった系統になっている.
ここではハシブトガラスとハシボソガラスについてチトクローム遺伝子領域を使って分析した結果を示す.


まずハシブトガラス
ハシブトガラスは東アジアにのみ生息するカラスで,DNA系統樹を見ると中国大陸と島嶼部が分かれ,島嶼分布の系統はカラフト個体群がハブになりそこから北海道,本州,さらにサハリンと分かれている.このデータとスズメ目全体の系統地理の一般則(スズメ目はゴンドワナ起源でまずニュージーランド,そしてオーストラリア,南アフリカ,南アメリカに分岐分布し,そこからそれぞれ北上していく)と合わせて考えると,南から島に広がってきたハシブトガラスは八重山沖縄と広がりそこで止まる.中国大陸を北上した系統は朝鮮に達する.しかし日本に入ってきたのはさらに本土を北上した系統が樺太廻りで侵入したものと思われる.


ハシボソガラスはユーラシア北部全域に分布するが,いくつかの外見的に明確な亜種に分かれている.西・中央ヨーロッパの全身黒色の亜種(Corvus corone corone),イタリアと東ヨーロッパから中央アジアにかけての白黒模様のズキンガラスと呼ばれる亜種(C. c. cornix),そして東ユーラシアから日本まで分布するやはり全身黒色のハシボソガラス(C. c. orientalis),さらに南にはやはり白黒のクビワガラス(C. c. torquatus)と呼ばれる亜種が小さく分布する.(なおかつてはこの羽根の色に基づく分類が主流でズキンガラス,クビワガラスはハシボソガラスと別種とされることもあったようだ.講演ではこのズキンガラスと東部亜種の2亜種の狭くて長い交雑地帯における連続的な形態変異も示し,交雑個体が特に繁殖において不利になっていないことも指摘されていた)
これらの分子系統樹は外群をコクマルガラスとして,まずハシブトガラスが分岐,次に北米のカラスとハシボソガラスに分岐,ハシボソガラス系統内では西部亜種とズキンガラス,東部亜種とクビワガラスがそれぞれ近縁になる.
これらの結果と氷河期の生態環境推測データから以下のシナリオを描いている.

  1. まずハシボソガラスの共通祖先が南方の東南アジアからアジア北部に侵入.
  2. そこから大きく西部に分布を広げ2系統になる
  3. そこで最終氷河期になり,スペイン,西南アジア(この2カ所に西部系統),中央アジア,南中国に2カ所(この3カ所に東部系統)の計5カ所のレフュージアに分岐する.
  4. その後氷河が後退して分布が拡大する.
  5. スペインのものは西部亜種に,西南アジアのものはズキンガラスに,中央アジアのものが東部ユーラシアに大きく分布を広げ,二次的に中国南部の片方の系統と交雑し東部亜種に.最後のものがクビワガラスになった.


同じような分析をミヤマガラス,コクマルガラス,オナガ,カササギで行っているとしてそれぞれ紹介された.ミヤマガラスとコクマルガラスは似ていて2カ所のレフュージアから大きく東西に分かれる.オナガは東部系統が大きく分布を広げて小さな西部系統が残る形.カササギは逆に西部系統が大きく分布を広げて日本と東アジアのごく一部地域に東部系統が残っている.


この講演は非常に丁寧で面白かった.イタリアのハシボソガラスがイギリスやフランスのものと異なって白黒だというのは現地で見たことがあるが,あれはアルプスの東側から侵入した系統で,スペイン由来の系統はアルプスを越えられなかったというわけだ.なるほど.



これは私がローマで出会ったズキンガラスだ.確かにハシボソガラスとは別種にしたい気持ちはよくわかる.



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この本の第1章でハシボソガラスの地理的構造が取り上げられている.何故東部亜種が2系統の交雑と考えられるかなどについて参考になる記述がある.本講演は起源と分布域の歴史経緯についてより深く語ってくれたもの.またこの本で欠けているハシブトガラスの系統的位置についてもこの講演で説明されて嬉しかった.なおこの本についての私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100828



シンポジウムはこの後パネルディスカッションとなり,オナガとカササギの違いとか,ハチクマの留鳥化の要因(ここ100年で盛んになった養蜂によると推定される),ground titの適応とかの質疑応答がなされ,その後閉幕となった.なかなか充実したシンポジウムだった,さすがに鳥学会100周年記念である.