「The Better Angels of Our Nature」 第7章 権利革命 その3  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


女性についての権利革命.レイプと並ぶ二番目のテーマはドメスティックバイオレンス:DVだ.


<DVとは何か>
ピンカーはレイプと同じくDVについての進化心理学的な解説から始める.

  • 妻や恋人を叩き,脅し,稀には殺す.動機は嫉妬,捨てられる恐怖,そして時に様々な支配のためというところだ.
  • これは基本的には女性の性的活動をコントロールしようとするものと解釈できる.そして生物学的には「メイトガード」としてよく知られているものだ.
  • 多くの社会の歴史的な慣習にはメイトガードとして理解できるものが多い.ベールの着用,付添婦,貞操帯,女子割礼など
  • 結婚も「妻の所有」という概念,男性間の相互不可侵の契約と見ることができる.だから男性はそれが破られた時,損害賠償,返品,報復の権利を持つと理解されているのだ.この結果不貞は,女性の結婚ステータスのみが問題になる.


<DVをめぐる状況の変化>
レイプと同じく西洋では70年代からこれらをめぐる状況が大きく変化した.


(1)法・制度の変化

  • 離婚法はより平等に
  • 不貞された男性が,妻や相手を殺す権利はなくなった
  • 妻を拘束し囲い込む権利もなくなった.
  • 妻の親族は妻が逃げた時にかくまってもよくなった.
  • 公営のシェルターが整備された
  • DVは犯罪とされた


(2)人々の態度の変化

  • 何世紀もの間,妻を殴ることは普通の結婚生活の一部だと考えられてきた.
  • 70年代にDVは犯罪とされたが,犯罪の中では軽いものという認識だった.
  • 70年代のリサーチ:「男女が口論の末,男性が女性を掴み揺さぶり,女性が悲鳴をあげる」という状況をつくる.その際に,「こんな人は知らない」という状況と「なんであんたなんかと結婚したのか」という状況で,被験者が介入する程度に差があるかどうかを見る;知らない人:2/3が介入.夫婦:1/5のみ介入(夫婦の場合には「自分には関係がない」とコメントするのが典型的)


ピンカーは最後の実験は今日では倫理コード違反で実行できないが(これ自体暴力減少傾向の1つ),もし今やればかなり違った結果が出るだろうとコメントしている.「妻を殴ることは普通の結婚生活の一部だと考えられてきた」というのはちょっと驚きだが(それは不幸な結婚の典型ということではなかったのだろうか),少なくとも夫婦げんかの結果夫が手を出してもそれは犯罪行為だとはされてこなかったのだ.
日本では刑法解釈上夫婦間であっても暴行罪,傷害罪の成立には問題ないから,特に犯罪化の制定法は必要なかったはずだが,実際の法執行状況としてはやや遅れながら同じ軌跡をたどり,2001年の「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(DV防止法;法の内容は犯罪化ではなく配偶者からの暴力に係る通報,相談,保護,自立支援等の体制を整備)を受けて実務的にも犯罪として扱われるようになったということだろう.


<DVは減っているか>
ピンカーはこれを論じる前にDVをカテゴリー分けしている.それによるとDVには大きく2類型あり「相手ををコントロールしようとして暴力をふるう」ものと「口論の果てにどちらかが手を出す」ものに分かれる.件数としては後者が圧倒的に多い.そして前者は特にシリアスな状況であり多くの場合男性が暴力をふるい,後者においては性差はない.


そして件数の変化を見ると「口論の果て」類型はあまり変化がないのに対し,「コントロール」類型のうちの重大な襲撃案件は明らかに減少している.
はっきり統計があるのは殺人にいたったケースだが,70年代から大きく減少している.ピンカーは「面白いことに男性が殺される可能性も大きく減少しているのだ.これは,DVから逃れようとする女性のオプションが,シェルターや保護命令という形で増えたことによる影響だろう.」とコメントしている.つまりフェミニズムは男性にとっても良い影響を与えていることになる.


<西洋以外の状況>
ピンカーはレイプでは行わなかった国際比較をDVにおいて行っている.これは比較統計についてこちらの方が充実しているということだろう.


(1)ジョン・アーチャーによるリサーチ

  • 喧嘩のような状況での暴力の性差

  西洋ではほとんど差がない.
  しかし日本,韓国,インド,ヨルダン,ナイジェリアでは男性による暴力の方が多い.



(2)WHOの統計:女性のDV被害は西洋,英連邦諸国と,その他の地域でことなっている.

  • DVがあると答える女性の比率

  西洋,3%
  ニカラグア 27%
  韓国 38%
  パレスチナ 52%

  • 夫に妻を殴る権利があると答える割合

  ニュージーランド 1%
  シンガポール 4%
  エジプト 78%
  インド 50%
  パレスチナ 57%

  • DV,夫によるレイプの犯罪化を行っている国の比率

  西洋 84%,72%
  東欧 57%,39%
  アジア太平洋 51%,19%
  ラテンアメリカ 94%,18%
  サブサハラアフリカ 35%,12%
  アラブ 25%,0%


特にサブサハラアフリカ,南アジア,南西アジアでは未だに嬰児ごろし,女子割礼,女子の誘拐・売春婦化,性奴隷,名誉殺人,戦争時ジェノサイド時のレイプが行われている


何がこの差を作っているのか.ピンカーは,日本や韓国でのDV状況が西洋より悪いことから,これらは民主主義,交易,繁栄,経済的自由,教育,きちんとした政府の効果だけでは説明できないとし,アーチャーがあげる以下の要因仮説を紹介している.

  1. 女性の社会進出:政府要職の女性比率,所得の性差
  2. 個人主義文化


日本の状況はおそらく意識変化のペースが何年か(あるいは十何年か)遅れているという状況ではないかという気もする(もう少しいろいろな統計を見てみたいところだ)が,実際に女性の社会進出は明らかに西洋に対して少ないのも事実だろう.


ピンカーは,最後に(国際世論,国連の後押し,女性の社会進出が実際に進みつつあることから)今後西洋以外の国も女性の権利尊重の方向に変わっていくのではないかとコメントしている.