「カブトムシとクワガタムシの最新科学」

カブトムシとクワガタの最新科学 (メディアファクトリー新書)

カブトムシとクワガタの最新科学 (メディアファクトリー新書)


本書は甲虫の研究者本郷儀人によるカブトムシやクワガタムシに関する一般向けの本だ.カブトムシやクワガタムシは日本に生息する最大の大型甲虫で,子供たちの人気は常に高い.数年前にはムシキングによってブームにもなったようだ.しかし実はこれらの甲虫についての研究はあまりなく*1,著者がこの分野の草分けともいえる存在なのだ.だから第一人者による解説書ということになる.


最初はカブトムシから.カブトムシの角は典型的な性淘汰形質なのでそこから解説が始まる.カブトムシのオスは採餌場であるクヌギの樹液のしみ出し場所の占有権をめぐって争う.著者は丁寧な観察で,まず角の大きさを比べるステージがあり,両者が引かないときに取っ組み合いが起こることを確かめる.つまり角の大きさは強さを示すハンディキャップシグナルでもあり,かつ実際の闘争の武器でもあるのだ.そして成長時に栄養の状態がある閾値を越えると、角に回す栄養の割合を増やすことを見つける.つまりこれは連続形質ながら一つの閾値を持つ条件付きの二型を形成していることになる.このような条件付き戦略が有利になる理由としては低栄養個体は資源を角に回すより分散能力に回す方が有利だからではないか(より広い範囲で競争条件の緩いメスを探せる)と推測されている.なお本書ではふれられていないが,なぜこのようなくっきりした二型になるのかというのは面白い問題だ.


クワガタムシについてはまず種間闘争を扱っている.これは通常の進化生態学ではあまり取り上げられることのない部分で面白い.同種間闘争ではやはり角の大きい方が有利なのだが,ミヤマクワガタノコギリクワガタ間の争いでは,多彩な技を持つノコギリクワガタが身体の大きさ対比有利になる.著者はこれが最近関西地方において従前優先種だったミヤマクワガタの頻度が減り,ノコギリクワガタの頻度が増えている理由ではないかと示唆している.これは「なぜ今なのか」という疑問に答えられない限り簡単に納得はできないが,何らかの近時の環境要因と組み合わさっているのなら面白い話だろう.


次の話題である性的なコンフリクトについてはかなり詳しく書かれている.これについてカブトムシとクワガタムシでは様相が異なるようだ.カブトムシでは(本書では明確に指摘されていないが,おそらく後で交尾したオスの方が有利になるということが比較的少ないために),オスの交尾後すぐにメスを餌場から追い出そうとする.メスは餌をとるためにできるだけ長く交尾を拒否して餌をより多く摂取しようとするという行動を見せる.これに比べてクワガタムシは(おそらく後で交尾したオスが有利になりやすいために)交尾後メイトガードが生じる.このあたりの詳細はなかなか面白い.
なお著者はこのような結論を出すために調査地全域のあるシーズンのカブトムシをすべて捕獲してマーキング.さらに毎夜,餌場を30分おきに見回ることでそのシーズンのすべての交尾を個体識別しつつほぼ完璧に把握する*2.さらっと書いているが,これは想像するだけでも大変な作業であり,その執念には脱帽である.


面白い発見としては,日本本土ではカブトもクワガタもすでにある樹液のしみだし場所で採餌し,そこをめぐって争うわけだが,実は沖縄や東南アジアでは自分で樹木に傷を付けて樹液を摂取する.日本でも外来種のタイワントネリコなどがあるとそのようにして採餌するそうだ.(著者はこちらの方が進化的にはオリジナルな行動ではないかと示唆している)
しかしこの場合には餌場の取り合いは生じないことになり,今度は角やクワガタのような性淘汰形質がなぜあるのかが問題になる.本書ではこれはオープンクエッションとして,何らかの別の闘争がある可能性,メスの選り好み形質である可能性を指摘するにとどめている.なかなか興味深い問題だろう.


本書はカブトやクワガタにはまだまだ未解決問題,調べてみたいことが山ほどあるのだと今後の調査についての夢を語って終わっている.


身近で人気のある昆虫が実はあまり調べられてなく,謎が多いというのはなかなか意外だが,考えてみればさもありなんという話ではある.その中である意味夢を叶えた著者によるこの本は読んでいて大変に楽しい.「調べてみたらこんなことがわかったんだよ」というのをムシ好きな人にとにかく伝えたいという熱意があふれんばかりにほとばしるのを感じることができる本だ.




 

*1:欧米先進国には大型甲虫としてはクソコガネの仲間が代表的で,いわゆるカブトやクワガタは生息していないこと,農業害虫ではないので予算が付きにくいことなどが理由らしい

*2:カブトムシの交尾は餌場でのみ生じ,30分以上かかるのでこれが可能になる