第5回日本人間行動進化学会参加日誌 大会第二日 その1 


HBESJ二日目は朝からきりっと晴れていかにも晩秋の東京だ.


大会第二日 12月2日


口頭セッション 2 


応答性の知覚の至近要因としての社会的注意 大坪庸介


友情は単純な互恵関係だけでは説明しにくい.それは互恵性の規範とはやや異なる.例えば厳密にバランスを取ろうとしないし,また匿名条件であっても助けようとする.
フルスカは,「友情は少しずつステークをあげていって,『相手のニースを感知すると援助する』という条件反射的に援助し合う関係が構築される」と説明した.実際に人類学データベースではそのような条件反射性が支持される.そしてそのシグナルは役に立たないがコストのかかるギフトだとした.
片方でダンバーはシグナルは「相手に注意を向けていること(社会的注意)」だと主張している.


そこでこの「相手が自分のことを把握しているか」という応答性の知覚を調べてみた.
被験者には「被験者はパートナーと一緒にクイズを解く.パートナーはヒントをくれることがある(この実験では実際にはヒントを出さない),パートナーが被験者の状況を見ているときには画面の一部が赤く点灯する」という教示を与え,画面上でクイズを解いてもらう.
このモニター点灯はランダムに行うが,20%,50%,80%の頻度とする.そして終了後「パートナーは自分を気にかけていてくれたか」などを質問する.20%50%の条件に比べて80%の方が応答性の知覚が有意に高くなった.
今後は行動指標でも調べたいとのこと.


ある意味当たり前のような気もするが,むしろ20%と50%であまり差が出ない方が興味深い.また0%というのも最初にやってみたが,被験者の怒りを買うのでやめたとコメントしていたが,それもよくわかる気がする.
このあたりはコスミデスとトゥービイも議論していたような気がするが今回は引用されなかった.友情自体はなかなか面白い問題で最近議論が深まっているということのようだ.最初に紹介されたフルスカの本「Friendship: Development, Ecology, and Evolution of a Relationship by Daniel J. Hruschka (2010)」のKindle版を思わずその場で購入ダウンロードしてしまった.



Friendship: Development, Ecology, and Evolution of a Relationship (Origins of Human Behavior and Culture)

Friendship: Development, Ecology, and Evolution of a Relationship (Origins of Human Behavior and Culture)



色が時間知覚に及ぼす効果:赤の特殊性に関する進化心理学的考察  柴崎全弘


「赤信号で最前列に停止して青になっても発進しなかったときに後ろの車からクラクションを鳴らされるまで何秒かかるか」 (Gueguen et al., 2012) という人迷惑なリサーチがあるそうだ.これを他条件をコントロールして車の色について調べると,赤い車の場合に有意に速くクラクションを鳴らされた.ゲグエンたちはこれを赤はヒトを興奮させて攻撃を誘引すると解釈した.
しかし片方でレスリングやテコンドーやボクシングでは赤のウェアを着ていた方が有意に勝つというリサーチもあり(これは2004年のオリンピックのデータから導き出したリサーチで,Natureにのった論文だそうだ.結果は衝撃的.その後の2008年,2012年の追跡はなされていないのだろうか?)整合的ではない.

そこで「赤は時間の進み方を早く感じさせた」のではないかとの仮説を立て,調べてみた.
被験者にある刺激から次の刺激までの感覚を0.4秒か1.6秒だと教示し(実際には0.4秒から1.6秒まで対数間隔で6段階の刺激を与える),その刺激の間の画面の色を操作する.
すると中間間隔での回答率において,有意に赤の方が1.6秒だと答える比率が高くなった.
発表者は,赤はより意識を覚醒させて時間を長く感じさせるのだろうと解釈していた.


なかなか興味深い.しかしこの進化的な意義は何だろうか?もしオス間競争のシグナル由来だとするなら性差があるだろう.また最初に参照されたリサーチで何故赤いウェアの方が有利なのか(でも本当にそうなのかという疑問は残る)というのも興味深い.もし赤を見れば時間が遅く感じられるのならやはり赤を着ている方が不利になりそうな気もする.こちらも性差はどうなっているのだろうか?

というところまでが当日の感想だが,あまりの面白さに後日ウェアの色についての原論文を読んでみた.「Red enhances human performance in contests: Signals biologically attributed to red coloration in males may operate in the arena of combat sports. Hill, R. A. & Barton, R. A. Nature 435, 293 (2005)」これによるとこのデータは男性のボクシング,テコンドー,レスリングのもので,女性のデータはこのような赤バイアスはないそうだ.さらにユーロサッカー2004のデータではサッカーでも赤いユニフォームの方が有利になりそうだともある.これをもって彼等はオスオス競争の適応的形質由来だろうと議論している.これに対して柔道では青が有意に勝っているのでこれは単に背景に対して動きが見やすいかどうかではないかという反論があり,ヒルたちはさらに反論しているようだ.
また2008年には英国のサッカーリーグでの勝敗に赤のユニフォームが有意の影響を与えているというリサーチがでている.「Red shirt colour is associated with long-term team success in English football MJ Attrill, KA Gresty, RA Hill, & & Robert A. Barton   Journal of Sports Sciences, 2008」こんなジャーナルがあるというのも印象深い.一瞬それはランダムに色がアサインされていないから意味ないのではと思ったが,彼等は1947年からのデータを使用し,さらにそのチームが赤を着るホームゲームのみのデータを使い,都市の大きさやプレーヤーの平均年齢などの交絡要因を検討しつつ赤の効果を示している.
謎は深まるばかり.2008年と2012年のオリンピックデータによる分析が知りたいところだ.ちょっとググっただけではその後の議論が見えてこないので2008年以降には消えてしまった傾向なのかもしれない.



その場にないものについてコミュニケーションできるとはどういうことか? −描画コミュニケーション課題による検討− 田村香織


ヒト特有の言語の超越性に関するリサーチという説明.被験者に「酸っぱい炎」とか「苦い帽子」などの本来あり得ない形容詞と名詞の組み合わせを,絵を描くことだけにより伝えるという課題をやってもらう.すると代替的表現がよく出てくるというもの.
このことと言語の超越性に何の関係があるのかはよくわからなかった.



恋愛感情:異文化間研究と進化論的アプローチ 下田麗


恋愛感情はユニバーサルかという問題について,以前は文化特有とされていたが,現在ではおおむねユニバーサルと認められつつある.恋愛感情と母子の愛着や性欲との関連,細かな文化差についてはなお議論がある.そこで西洋と日本の人々にアンケート調査を行い,因子分析をやってみたところ,結果はおおむねユニバーサル的であったというもの.


休息を挟んで招待講演


特別講演 2



Darwinian puzzles in humans Michel Raymond


ヒトについて一見適応的ではなさそうな形質について現在どこまで説明できているかという講演.


(1)閉経
これには適応的な説明がつけられつつある.現在おばあさん仮説とコンフリクト仮説がある.


(2)左利き
ユニバーサルで遺伝的影響がありコストがあることがわかっている(コストとしては身体的なものとストレスがあげられていたが,身体的なコストが何かについて詳細な説明はなかった.私には真偽はよくわからないが,睡眠障害,斜視,聴覚障害,アレルギー,一部の精神疾患などのリスクが高いという話もあるようだ).石器時代から証拠がある(壁画,石器など).


仮説としては「戦いの際の有利が頻度依存的にある」説(喧嘩上等仮説)がある.
証拠としては1:1のインタラクティブ型のスポーツのチャンピオンに左利きが有意に多いこと(特に多いのはフェンシング),狩猟採集社会で男性同士の喧嘩の多さと左利き頻度に相関があることなどがある.なお現代社会では銃などの武器があって左利きが有利という傾向は減っていると考えられる.
また現代社会でも収入は左利きの方が有意に多い国が多い.(フランス,イギリス,アメリカなど,そうでない国もある)これについては何故そうなのかはよくわかっていない.


(3)男性の同性愛傾向
行動としての同性愛自体には不思議な点はない.身近に女性がいない場合にはそれで済ますことはおかしなことではないし,儀式的なものもある.問題なのは男性の方がいいという「選好」
これは生得的(少なくとも出生時にはある程度決まっている:胎児時の影響はある)で,遺伝の影響があり,繁殖上のコストがあり,男性の数%に見られる.そして現在のところ野生動物では報告されていない(家畜や飼育下の動物には報告がある)


いくつかの仮説があるが説得力は無い.

  • 甥姪を助ける(血縁淘汰)説:実証リサーチによると少なくとも西洋ではそのような効果はなさそうである.
  • 女性においてはメリットが生じる多面発現形質説:何故他の動物にないのか説明できない


ここでこの多面発現と階層社会の流動パターンで説明できる仮説を提示したい.
社会がいくつかの階層に分かれていて,上層階級の方が裕福で繁殖成功が高く,女性のみ美しいと上級階層に上れるとする,さらにクラス間の人口比を一定にするために上層階級の人口比増加分はランダムに下に下がるとし,モデルを組む.
すると女性の時に美しくなり上層階級に移動しやすくなり,繁殖率が上がるが,男性の時には繁殖率が下がるという形質を持つ遺伝子が有利になりやすくなる.

では階層社会ほど同性愛傾向を持つ男性比率は高くなっているか?
41社会の同性愛傾向を階層性,地域,人口密度,モラル的な信仰などの人類学的なデータでロジスティック回帰させてみると,階層性で46%説明できるという結果だった.階層性社会になって300世代は経過していると思われるそのような因果があった可能性は十分あると思われる.


(4)精神疾患
必ずしも排他的でないいくつかの仮説がある.


(a) 統合失調症
遺伝性があり,繁殖に大きくマイナスで,少なくとも紀元前3000年から記録がある.
仮説としては芸術的な創造性(による繁殖成功の上昇)が統合失調性リスクと見合っているというものがある.これも階層社会であれば,より有利になりやすい.


(b) 自閉症スペクトラム
これも科学的創造性(による繁殖成功の上昇)と自閉症リスクが見合っているという仮説がある.同じく階層社会ではエンハンスされるだろう.


(5)結論
これまであまり強調されてこなかったが,階層社会における上昇メリットが様々な一見不利な形質の多面発現として説明できるかもしれない.


なかなか面白い講演だった.芸術的創造性や科学的創造性でもてるのはどちらかといえば男性のような気がするが,男性がそれで顕著に階層を上昇できるという社会はあるのだろうか.ちょっと疑問.
質疑応答では,同性愛傾向の男性の姉妹は本当に魅力的なのかという質問が飛んでいた.現在調査中ということだそうだ.仮説にとっては重要な疑問だろう.
左利きについては,これ(喧嘩上等仮説)を否定するリサーチもあるそうだから,なお未解決課題ということなのだろう.



ここで昼食.事務局でサンドウィッチも売っていたが,とりあえずキャンパス内をぶらついてみると,(生協や学食は日曜日で閉まっていたが)イタリアントマトカフェジュニアが開いているのを発見.パスタランチ(コーヒーとパスタで650円)をいただいた.なかなかおしゃれでよろしい.(この項続く)