午後はまず総会.そのあと口頭セッションが2つ開かれた.
口頭セッション 3
野生ボノボにおける非互恵的果実分配 ~食物分配の進化・メカニズムにかんする再検討~ 山本真也
チンパンジーでは食物分配についていろいろなリサーチがなされていて,互恵的分配(狩りへの参加の代償,メスへの分配と性的アクセス),圧力に屈した分配などが報告されている.しかしボノボについては子これまであまり報告されていないので調べてみた.
チンパンジーではよく肉が問題になるが,ボノボの肉食は少ないので,ここでは大きな果実(ボリンゴ)が対象.
- もらう方が手を伸ばす.与える方はその手を受容するという形式
- 大人メス→大人メス,若メスが大半
- オスはほとんど参加しない
- 互恵性はない(与える側はいつも与える側,もらう側はいつももらう側)
- 優位個体→劣位個体という傾向性がある
- 攻撃は随伴しない
- 受け手も自分で入手できないわけではない
- 違う群れの個体間でも生じる
発表者は基本的に社会的な関係を求めている行動だろうとまとめ,ヒトについてはチンパンジーの分配は狩猟部分で,ボノボの分配は採集部分と関連しているのかもしれないとコメントしていた.
集団間淘汰と頻度依存傾向の進化: 少数派同調を導入した進化シミュレーション 中西大輔
遺伝子と文化の共進化で協力の進化を説明しようとする議論に対するアンチテーゼの発表
これまでのそのような議論は,「文化があると集団間の分散が拡大し,集団内の分散は下がる.」「そのため集団間の抗争はより激しくなり,集団内協力の進化がより生じる.」という議論を行う.しかしまず文化は「多数派への同調」と定義している.しかし同調は常に多数派に対して起こるとは限らない.そこで少数派への同調も生じるとしてモデルを組んでみた.そうして始めて「多数派への同調」自体が進化するかも見ることができる.
デザイン:サブ集団に分かれた集団内でPDゲームを行う.そして集団内の個体間淘汰と集団の絶滅が生じるとする形の集団間淘汰をシミュレートする.
結果を見ると,集団間淘汰係数が強くなるに従って協力率は上がっていくが,多数派同調があるとより高い協力率が達成される.(ここまでは最初の議論の通り)
ここで少数派同調を入れると協力率上昇の確度が低くなり,集団間淘汰係数が高いときの協力率は同調が一切無いときよりも低くなるという結果になる.これはサブ集団内でみんな協力していれば,自分が裏切っても集団は絶滅しないのでより裏切りがペイしやすい(頻度依存効果が生じる)からだと解釈できる.
結論としては「文化があればより協力が進化しやすい」という議論は正しいとは言えないということになる.なかなか面白い.
大きいグループにおける互恵性の進化 黒川瞬
互恵性による協力の進化について,ボイドとリチャーソンは人数が増えてくると協力と非協力の2つの解の間の非安定平衡点がより協力側に動き,ほとんどの初期条件からは非協力しか進化しないという議論を行った.しかしこれは無限集団を仮定していた.
これを有限集団で繰り返しN人PDゲームとしてシミュレートした.すると大人数でも協力へ向かう初期条件の長さはゼロにならないとの結論を得た.
質疑応答でも問題になっていたが,このシミュレーションではプレーヤーはCを払うと(N-1)人からそれぞれBを受け取ることになっていて人数が増えると総利得がリニアに増えていくという前提になっている.これはかなり非現実的だ.総利得が増えるなら協力戦略が当然ながら有利になりやすいだろう.
The evolution of punishment 中尾央
最近総説論文を仕上げた発表者による「罰の進化」
これまでは罰が進化するためには相手が協力に転じる利益が罰のコストを上回ることを条件に進化できるとされてきた(BMS仮説).
しかしロスカット(相手への利益供与を中止するメリット),相手へのコスト負荷(搾取することによる相手の利益を下げる)によっても罰は進化しうる.その例もいくつかある.
- 植物とアリ:アリが裏切るとゴールの成長を止める.アリの裏切りは変わらないがゴール形成へのコストがなくなるので適応的.
- 珊瑚礁の性転換魚:2番目の大きさのオスの身体サイズが一定以上になると珊瑚礁から追い出す.
- ヒトのゴシップもこれで解釈できる.相手は行動を変えないが,その評判を落とし適応度を大きく下げることができる.
ヒトの公共財ゲームにおける罰の効果の文化差はBMSでは説明できない.
BMSの証拠とされる「相手の行動変化可能性に応じて罰の強度を変える傾向がある」は二次的に進化したと解釈できる.「罰を行うものは協力されやすい」というのは事実と合わない.
以上のことから,動物の罰はBMS以外で進化した.ヒトの罰も起源はBMSではなく,BMS的な特徴はあとからに自邸に進化したのだろうと考えられる.
質疑は「罰」の定義についてに集中.
ロスカッティングは通常サンクションとされパニッシュメントとは区別されるという指摘がまずなされた.そうだとすると発表者の主張は罰はサンクションから進化したということになるのだろう.すると何があったときにサンクションから罰に進化するかという問題となりBMSは引き続き有効な議論であるだろう.
またゴシップは罰というのとは異なる機能だろうという指摘もあった.
なお私としては,ロスカットはコストを減らす行動なのだから進化できるのは当たり前で,そもそも「罰の進化」が問題になるのは「何故コストがかかる行動が進化したか」というところにあるのだから同じ土俵で議論するのはあまり意味が無いという印象だ.
2番目の相手へのコスト負荷によりコストのかかる行動が進化するというのは,「自分と相手と両方とも繁殖成功が下がるのだが,相手の繁殖成功度低下が大きくて相対的に有利になり適応度が上昇する」という趣旨だろうか.だとすればそれを満たすような条件はかなり厳しくなるような気がする.少なくとも珊瑚礁の例がそれに当たるかどうかは疑問だ.単に追い出すことに直接上の繁殖メリットがあるから追い出しているのではないだろうか.
口頭セッション 3
累積的文化進化は実験室内に再現され得るのか? 竹澤正哲
表記の設問に対しCaldwellたちは「より良く飛ぶ紙飛行機」「粘土とスパゲッティで高い塔を作る」という実験で再現できたと主張している.
しかしそれは単なるより時間をかけた効果ではないのかという疑問が生じる.というわけで実験してみた.(この実験の成果物の様子がスライドで紹介されたが,異論なアイデアが噴出していてなかなか興味深い)
結果,世代重複しながら交替していった場合と,同じペアが同じ時間をかけた場合,個人で同じ時間をかけた場合で世代交代の技術が突出するということはなかった.
むしろ次の世代に引き継ぐ必要から,無形の微妙なノウハウは引き継げずに単純性がより表れるという現象が見られたというもの.
教示行動の進化的位置づけに関する考察 安藤寿康
教育がヒトの進化的な適応形質だという仮説を説明するもの.
これの対立仮説としては「文化的構築物説」と「一般的利他行動説」があることになる.
ここで「教育」とはハウザーによる動物のティーチング条件(AはBのいるところで特異的な行動を取る,コストがかかる,Bはそれによりより効率的になる)に加え,Aに教育の意図がある,BもAの意図を知るということを付け加える.これによりAとBの相互作用という側面が明確になる.
教育が適応だということの根拠としてはコスミデスの生得的認知能力が適応であると判断する5条件を満たしていることがあげられる.
- 特定の適応的課題に対応している
- 意識的な努力無く発達する
- 背後の論理はわからない,あるいは意識されていない
- ジェネラルな能力とは別
- 普通の人であれば皆発達する
さらにこのような意図条件を入れた「教育」はヒト特有.
また「教育」行動はユニバーサルに観察される.
狩猟採集民にもある.石器時代の遺跡には先生と生徒が車座に座って石器の作り方を教授していたと考えられるものがある.
仮説は十分説得的なので,今後は様々な検証を積み重ねていけばいいのではという感想だ.
芸術の爆発はなぜ起こったか? 中橋渉
2集団の文化交流について似ていると相互に影響を受けてしまうが,似ていないとあまり影響を受けないと仮定する.文化を1次元にしてモデルを回すと,よく似た集団がそばにいると向上しかけている集団も遅れた集団に影響を受けて停滞するが,一旦閾値を超えると影響を受けずに進んでいくことができる.
すると「芸術の爆発」はサピエンスがアフリカにいるときには周りの多くのサピエンス集団の腐ったリンゴの影響を受け続けて停滞したが,ヨーロッパに小集団で入ると周りにははるかに遅れたネアンデルタールしかいなかったので一気に向上したと解釈できるのではないかというもの.
構造化された集団における文化進化 田村光平
これまで丙午の研究など文化進化に関する発表し続けていた発表者によるこれまでの研究の総括的な発表.
日本各地には様々な文化的な産物があるが,それぞれ地域に独自性があって多様性を持つ.これを地域的な隣接性のクラスターを作るのか,方言の類似性によるクラスターを作るのかで,文化の水平伝播と垂直伝播を区別できるのではないかと考えて,様々な現象を調べてみたもの.調べてみたのは宗教的なアイテムや儀式の様式,すると言語的なつながりの方が多いもの,空間的つながりの方が大きいものなどいろいろなパターンがあることがわかった.
初婚年齢は19世紀には緯度と相関があり北の方が早かったが,その傾向はどんどん下がり現在ではなくなっている.
丙午信仰は非適応的な文化であり,興味深い.調べてみると空間パターンと関連が大きく水平伝播が疑われる.そして人口データがとれる範囲には1846年,1906年,1966年と3回あったが,1846年の出生減少は13%で関西中心,1906年は7%で中心は関東に移り,1966年は25%でやはり東京中心で,そこから広がった様子が見える.
最後の1966年の丙午の出産減少については東京からの方言距離との関連が大きいようで,単純に水平伝播ともいいにくい気もするが,この60年間の変動から見るとマスメディアによる影響が大きいということなのだろう.次は2022年なのでどうなるかはちょっと興味深い.
質疑応答では地理関連は都道府県を使っているがもう少し細かく見た方がいいだろうとか,地理と方言の多重相関性はどう処理したかなどのやりとりが活発になされていた.
口頭セッションが終了して若手賞の発表
<ポスター部門>
- 中枢機関のない集団意思決定において口コミは群知能効果を強めるか? 豊川航
- サイコパシーは適応的戦略と見なせるか:Life History 戦略及びホルモンとの関連から 新井さくら
<口頭発表部門>
- 構造化された集団における文化進化 田村光平
最後は会長の閉会挨拶.今回は協力行動の進化に関する発表ばかりだったが.それ以外にも面白いテーマはたくさんあるので興味を広げていって欲しいという内容だった.
というところで今回のHBESJ2012は終了だ.いつもながらなかなか有意義な時間を楽しませてもらった.事務局の方々にはこの場を借りて御礼申し上げたい.