Beautiful Minds: Richard Dawkins




これは@kyogokujpさんのツイートで知ったBBCによるドキュメンタリー,2012年製作のドーキンス特集番組だ.Youtubeにアップされ,放映時間は1時間.早速視聴してみたが,やはりこういうときはappleTVが快適だ.ドーキンスの生涯と業績をなぞりながら本人の若い頃からの映像,ドーキンスをよく知る学者たち,批判者などの様々な動画が紹介される.エピソードは基本的には「Leaders in Animal Behavior: The Second Generation」で本人が書いているエピソードに沿って並べられている.おそらくこれが下敷きになっているのだろう.


少年時代については本人が語る映像が多い.アフリカでの子供時代の写真や両親と一緒の写真についてドーキンス自身が語っている.私のお気に入りの「英国に戻ったときに祖父から鳥の名前を聞かれてアオガラをズアオアトリと答えてしまったエピソード」も映像化されていて面白かった.
ここでダーウィンの受容(ダーウィンの死後,軽視され,誤解されたバージョンが広まっていたが,20世紀後半になって真の受容が進んだこと)についての解説が入り,アラン・グラフェン,ヘレナ・クローニンのインタビュー画像が登場する.アラン・グラフェンの動画はあまり見ないものでちょっと嬉しい.


ハイスクール時代については恩師がご存命らしくインタビューに登場.特別に目立つ生徒ではなかったようだ.オックスフォードに入ってからは進化学との関わりがテーマになる.ここでは恩師にあたるティンバーゲンの映像が登場する.なかなか渋い.
ダーウィンの真の受容の中身としてハミルトンの業績が説明されるところでハミルトンらしき人物が樹皮をめくってアリを観察する映像が流れるが,キャプションが入らないのでおそらく俳優によるイメージ映像ということだろう.画面はハミルトンの1964ペーパーを映し,メイナード=スミスが「これはおそらくもっとも理解が難しい科学論文の1つだ」とコメントしていてなかなか面白い.


ドーキンスはこのハミルトンの包括適応度理論に熱中し,1966年の講義には既にこれを取り入れている.用語としては「不滅: immortal の遺伝子」と「死すべき定め: mortal の生物個体」を使っていたそうだ.
その後ドーキンスはカリフォルニアに職を得て,そこで米国西海岸文化に染まり,ベトナム反戦運動にも参加したりする.ティンバーゲンに呼び戻されてオックスフォードに戻るが,そこでコンピュータにはまる.動物学教室の同僚にマシンコードによるプログラミングを教え込もうとしたそうだ.当時の英国は電力事情が悪く,コンピュータを使えなくなったときに包括適応度理論についての本を書き始める.これは最初の2章を書いたところで電力事情が好転し中断する.
この後1971年から74年にかけてトリヴァースとメイナード=スミスの革新的な論文が次々と現れ(互恵的利他行為,進化ゲーム理論,コンフリクトなどに関する論文のことだと思われる),それに触発されて本の続きを書き始め,それが1976年に「利己的な遺伝子」として出版されることになる.ここでこの本の感想を様々な人が語っている.オックスフォードユニバーシティプレスのロジャーズは草稿を読んでからはこの本を他の出版社に取られないかと夜も眠れなくなったと語っていて面白い.クローニンは「この本はロジックを完璧な正確性をもって "with crystal clear precision" 明らかにし,なぜ進化理論は遺伝子視点でなければならないか "why evolutionary theory MUST be gene-centred" を理解するのを可能にしている」とコメントし,グラフェンは「It's stunningly right, it's stunningly clear. It is the most extraordinary book」と言っている.


書名を「The Selfish Gene」としたために,この本は様々に誤解される.まず意味論的に「遺伝子が利己的ではあり得ない」などの批判,そして,これをヒトの行動についての遺伝的決定論だと誤解した批判が現れる.この手の誤解者の典型としてスティーブン・ローズが登場し,それに対してドーキンス,クレブス,クローニンたちが,批判者たちがいかに馬鹿げた誤解をしているかを説明するという構成はなかなか皮肉が効いていて面白い.
また本の書名しか読まない人達はこの本を当時のサッチャー政権が推し進めた自由市場主義を後押しする本だと誤解する.ここも本人が登場し,それがいかに誤解に満ちているかを解説している.


この後は「盲目の時計師」で創造論への反論を始めたこと,そして「神は妄想である」以降の無神論擁護者としてのドーキンスの活動が紹介されている.そしてそれらの活動の基礎には,「事実の説明は証拠によって裏づけられるべきである」というドーキンスの強い信念があることが強調されている.


というわけでこれはドーキンスファンには嬉しい特集番組だ.全世界に無料公開してくれているBBCに感謝申し上げたい.



関連書籍


Leaders in Animal Behavior: The Second Generation

Leaders in Animal Behavior: The Second Generation


行動生態学者たちの自伝集.ドーキンスの他,リチャード・ アレキサンダー,J. アルトマン,P. ベイトソン,T. クラットン=ブロック,N. B. デイビス,フランス・ドゥバール,サラ・ハーディ,J. R. クレブス,G. A. パーカー,M. J. ウェストエバーハード,アモツ・ザハヴィ
などが寄稿している.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110523



The Selfish Gene

The Selfish Gene



The Selfish Geneの30周年記念版.本動画ではこの版が写されている.



利己的な遺伝子 <増補新装版>

利己的な遺伝子 <増補新装版>


同邦訳.私のコメントはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060617



Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think

Richard Dawkins: How a Scientist Changed the Way We Think


グラフェンとリドレーの編集によるドーキンス本で同じくThe Selfish Geneの30周年記念として出版されたもの.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060909