「The World Until Yesterday」 読書開始 プロローグ その1 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


本書は最近文庫化されてかなり売れている「銃・病原菌・鉄」と「文明崩壊」の著者ジャレド・ダイアモンドによる最新作だ.2012年12月31日の発売.*1


ジャレド・ダイアモンドはもともと鳥類が専門の進化生態学者.一般向けに広く進化の本を書き始めたのは90年代以降で翻訳されているものでは「セックスはなぜ楽しいか」「人間はどこまでチンパンジーか?」「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」などがある.
「セックスはなぜ楽しいか」は進化心理学的な著作で,ヒトにおける進化行動生態を扱っている.「人間はどこまでチンパンジーか」は原題が「The Third Chimpanzee」*2で,客観的にヒトを観察するとチンパンジー属に分類してもおかしくなく,その場合は,コモンチンパンジーボノボに続く三番目の種だということになるという意味の題になっている.この本はそういう視点でヒトを捉えるとどう理解できるかという主題に沿って書かれていて,デズモンド・モリスの「裸のサル」をより新しい正確な進化生物学的知見の元で書けばどうなるかという趣向で大変面白かった.
「銃・病原菌・鉄」「文明崩壊」は私がここで紹介する必要もないぐらい有名になった本だが,前者は歴史を生物学的な視点も取り入れて考えてみた本で,なぜアフリカやオーストラリアや南北アメリカの文明はユーラシアの文明より遅れてしまったのかを考察している.後者は,サステイナブルな文明はあり得るのかという問題意識から,より比較歴史,自然実験的手法を深く実践している本だ.


「銃・病原菌・鉄」の原書「Guns, Germs, And Steel: The Fates of Human Societies」の出版が1997年*3,「文明崩壊」の原書「Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed」が出版が2004年*4.そして本書は8年振りの新著ということになる.*5


書名「The World Until Yesterday」は「昨日までの世界」というぐらいの題だが,これは「進化的に昨日」という意味で,13000年前の農業文明出現以前のヒトの社会のことを扱っている.これは進化心理学的にはEEA(the "environment of evolutionary adaptedness" )と呼ばれる概念と重なっていて興味深い.ダイアモンドは本書では「伝統社会」という呼び方をしていて,「伝統社会は必ずしも手放しで礼賛すべきものではないが,その様々なやり方は進化適応的に意味があるものでもあり,私達も選択的に一部取り入れた方がいいものもあるのではないか」という問題意識から本書を書いたようだ.


プロローグ


本書は2006年4月30日のある空港の情景描写から始まる.いかにもごく普通の空港風景が描写されるが,じつはそこはパプアニューギニアポートモレスビー空港であることが明かされる.
そしてそこはニューギニアの歴史を知るものにとっては驚きであり,心温まるものだとコメントがある.空港にはニューギニア高地民族の人々もいるわけだが,石器時代のままであった彼等が西洋文明とファーストコンタクトをしたのは1938年のことであり,そこから75年しか経っていないのだ.


ダイアモンドはその変化を次のようにあげている.これらはこれからの本書のテーマになるのだろう.

  • 服装が異なる
  • コンピュータ操作はもちろんなかった
  • 文字,金属,貨幣,学校,政府はなかった
  • 老人がそこここにいる.
  • 肥満者がいる.(糖尿病,高血圧,心臓病,ガンも多い)
  • いろいろなニューギニア部族の人が同じ場所にいる
  • それまであったこともない人と平和に共存している.
  • 自由に旅行できる.

そしてこの変化はほとんどの場合75年よりずっと短い時間で生じたものだ.ダイアモンドの友人の1人は出会ったときのわずか10年前には石器を使い部族襲撃に晒されていたのだ.
そしてこれらの変化はヒト全体にとっても600万年の進化史の中ではごく最近に生じたものだ.そういう意味でニューギニアはこの昨日を知る窓なのだ.



関連書籍


ヒトの行動を進化生物学的に考えるとどうなるかという本.最初に購入した頃のアマゾンでこれが「成人向け」扱いになっていたのも今ではなつかしい思い出だ.

セックスはなぜ楽しいか (サイエンス・マスターズ)

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原書 

Why Is Sex Fun?: The Evolution Of Human Sexuality (Science Masters Series)

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人間はどこまでチンパンジーか?―人類進化の栄光と翳り

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原書

The Third Chimpanzee: The Evolution and Future of the Human Animal

The Third Chimpanzee: The Evolution and Future of the Human Animal


デズモンド・モリスによるヒトを生物学的に考えるとどうなるかという本.今となっては内容が古いが,当時はその視点が新鮮だった.文庫にもなっている.私的にはモリスの本の中ではその続々編の「サッカー人間学」が一番面白いと思う.

裸のサル―動物学的人間像

裸のサル―動物学的人間像

裸のサル―動物学的人間像 (角川文庫)

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サッカー人間学―マンウォッチング 2

サッカー人間学―マンウォッチング 2



ダイアモンドの「銃,病原菌,鉄」は最近文庫でよく売れているらしい.いろいろな書店で平積みコーナーを見かける.

原書

Guns, Germs and Steel: The Fates of Human Societies

Guns, Germs and Steel: The Fates of Human Societies

改訂版

Guns, Germs, And Steel: The Fates of Human Societies [New Edition]

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文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)

原書

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed

改訂版

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed: Revised Edition

Collapse: How Societies Choose to Fail or Succeed: Revised Edition


歴史の自然実験に関する本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101228

Natural Experiments of History

Natural Experiments of History


本職の鳥類学者としての本もある.

The Birds of Northern Melanesia: Speciation, Ecology, & Biogeography

The Birds of Northern Melanesia: Speciation, Ecology, & Biogeography

  • 作者: Ernst Mayr,Jared Diamond,H. Douglas Pratt
  • 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr on Demand
  • 発売日: 2001/12/06
  • メディア: ハードカバー
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*1:amazon.comではKindle版の価格について当初ハードカバーとほぼ同じ20ドル程度に設定し,1月10日から10ドル程度に下げている.ともあれ,500ページを超える大作が現在ではわずか900円程度で入手できるわけだ.

*2:UK版では「The Rise and Fall of the Third Chimpanzee」となっていて,「第3のチンパンジーの興隆と衰亡」という大げさなタイトルになっている.これはちょっとギボンっぽくしたと言うことだろうか

*3:この本は2007年に一部リバイズされているようだ

*4:書誌情報としては2005年.これも2011年にリバイズされているようだ

*5:なおこの間に「文明崩壊」で使った歴史の解釈の自然実験的手法に関する本「Natural Experiments of History」を編者と一部寄稿者となって2010年に出している.