「The World Until Yesterday」 プロローグ その2 

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?

The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?


ダイアモンドは,ここからなぜ伝統社会を調べるのかについて整理する.


<なぜ過去を調べるのか>


(1)それ自体興味深い


ダイアモンドは伝統社会はある部分で現代社会と異なっていてある部分では共通していて,それ自体が興味深いのだという.彼自身の経験では,最初にニューギニアの伝統社会に触れ,まず違いが目につく.しかし長くつきあっていると同じ面も見えてくる.そしてさらに微妙な違いに気がつくのだとコメントしている.

  1. 最初に目につく違い:外観,服装,言語,行動
  2. 次に気がつく共通点:彼らとは長い話ができ,同じジョークで笑うことができる.子供,セックス,食事,スポーツへの関心は似ている.言語についても様々な共通点がある
  3. 最後に気づく違い:数の数え方(地図的に数える),夫の選び方,親や子の取り扱い方,危険の感じ方,異なる友情のコンセプトなど


(2)彼等のライフスタイルは私達を(進化的に)形作ったものだ


ダイアモンドは2番目に伝統社会のライフスタイルがEEAであることを指摘する.そしてそれは二つの面で有用だと.
一つは現代社会にもそのやり方は埋め込まれていると言うことだ.私達は実は伝統社会的なやり方を取っていることがある.ダイアモンドは(訴訟大好きの評判を取る)アメリカでも田舎ではもめ事の解決について皆すぐに裁判所に行くわけではないとコメントしている.
そして現代社会が取っている方法は,(全く異なるやり方と言うよりも)伝統社会が取っている方法の多様性の中のごく一部に過ぎないことが多い.これについては親の取り扱い方が例に挙がっている.ダイアモンドに言わせると「親をどう取り扱うか」にかかる多様性の中で現代社会の方法はかなりシビアな方だそうだ.
またここでは現代の心理学者のサンプルが現代社会の大学生に偏っていることを厳しく皮肉っている.「彼等のサンプルはまさにWEIRD(ウエスタン,エデュケイティッド,インダストリアライズド,リッチ,デモクラティックカントリー)なのだ.現代文明は多くの点でアウトライアーだ.」


またここには応用のヒントもあるとダイアモンドは指摘する.過去のやり方は,恐ろしいものもあるが,試行錯誤を繰り返した結果もある.よく考えて選択的に取り入れることには有益なこともあるはずだと.

そしてここでダイアモンドは過去はすべて礼賛すべきものでもないと付け加えている.これはまさにピンカーが議論しているようなところだろう.

そして過去を知ることは,過去は単に美化すべきものではないことも教えてくれる.非常に多くの伝統社会のやり方は,私たちがそれから脱却できたことを本当に幸運に感じさせるようなものだ.子殺し,姥捨て,飢餓のリスク,感染症リスク,幼児死亡率,近隣部族の襲撃リスク.過去を知ることは文明のありがたさを知ることにつながるのだ.


<本書における方法論>


次にダイアモンドは,本書において現代社会,伝統社会をカテゴライズする方法を説明している.
カテゴライズには様々な方法があるが,ここではもっとも大まかにくくった形を利用する.それはband, tribe, chiefdom, state の4分類だ.
ここではバンドとは数十人規模で移動を行う狩猟採集民が典型になる.トライブは数百人で,農業や定住が見られる.チーフドムは数千人レベル.分業があり,階層社会になる.決定権限を持つチーフが存在する.ステートはそれ以上で,専門官僚,軍,都市を持つ.


そしてここで「銃,病原菌,鉄」の議論を要約して提示している.
「なぜ西暦1400年頃にはこのすべての段階の人がそれぞれ存在したのか」という問題は,利用可能な野生種が大陸により偏在していたという究極要因が大きく効いたのだろうというものだ.しかしこのような物質的な要因だけで文化差をすべて説明することはできない.ダイアモンドは文化差へのアプローチについて様々なものを紹介する.

  • 適応主義的アプローチ
  • 文化は独自の歴史と信念を持ち,環境とは独立だと考えるアプローチ
  • 文化的な信念や慣習は歴史的に広がり,それに起因する地域的な分布を持つと考えるアプローチ
  • 至近的な要因から究極的な要因まで因果の連鎖を長く捉えるアプローチ

並べた上で,どれを使うのが適切かという決めつけはない.一つだけですべては説明できないし,問題に合わせていろいろ使うという趣旨なのだろう.


情報源については4つあげている.

  1. 社会科学者,生物学者によるフィールドリサーチ,最も正確だが,通常どこかの国家の主権下に入って安定してからリサーチが可能になる.
  2. 最近安定化した社会の長老に過去のことをヒアリングする.
  3. 昔の探検家,交易者,伝道師の記録
  4. 考古学的な資料


<大きな主題についての小さな本>

ダイアモンドは,本書の主題は世界中すべての文化の側面ということになるが,それではあまりに膨大な本になってしまうのでトピックはある程度絞ったと書いている*1.選ばれたトピックは以下の通り.これをこれから本書の中で解説していくことになる.

  • リスクと子育て:これは彼らと一緒に住んでみて最も強く印象づけられたところだ.
  • 老人の扱い,言語,健康:個人のライフスタイルに対して有用な情報があるはずだ.
  • 平和的紛争の解決:社会の政策として有用な情報があるはずだ
  • 宗教,戦争:誰も本書を読んで回収素養とはしないだろうが,過去の宗教がどのようななもので,どのような意味を持っていたかを考えるきっかけになる.また過去の戦争を見ると,現代国家が(いくつかの欠点はあるにしても)いかによいものなのかがわかる.


そして扱わなかったトピックも(例として)あげている.なおこれらについてはfurther readingに膨大な量の参考文献があげられている.

  • 芸術,認知,協力行動,料理,踊り,性役割,血縁システム,思考における言語の役割,文学,結婚,音楽,性行為


<本書のプラン>


最後に本書の構成が整理されている.

全体の構成:5部11章とエピローグ


「第1部」:どのように空間を分割しているか.伝統社会では境界外にでることは希で,自分以外は知ってる人,敵,知らない人に3分した.


「第2部」:紛争解決について

  • 平和的解決,暴力的解決,そして現代国家のやり方を対比する.伝統社会内ではその後も常に対面し続けなければならないために素早く解決する必要がある.特に過失による課外の場合には補償と謝罪,その受け入れが基本.


「第3部」:子供と老人の取り扱い


「第4部」:危険とそれに対する対応

  • 認知的な対応とリスクの種類を考える.認知的にもそれへの対応にもシステマチックな非合理性がある.


「第5部」:宗教,言語,健康

  • 現代的環境が大きく変わっているところ.たとえば昔は一言語の話者は数千人で,多くの人は近隣部族の言語がわかるマルチリンガルだった.


「エピローグ」
今度はロスの空港で現代アメリカ人について考える.


以上でプロローグはおしまいだ.次から具体的な解説が始まる.





 

*1:ここでは全部書くと誰も読まない2397ページの本になってしまうとある.この2379という数字の意味はよくわからなかった.たんなる思いつきの数字かもしれないが,あるいは有名な本があるのだろうか?