「ふたりの微積分」


本書は複雑ネットワークの研究や「SYNC」の著者として知られる数学者スティーヴン・ストロガッツによる高校時代の数学の恩師との往復書簡を扱った本である.原題は「The Calculus of Friendship: What a Teacher and a Student Learned about Life While Corresponding about Math」.直訳すれば「友情の微積分:教師と生徒は数学にかかるやりとりをしながら人生の何を学んだのか」ということになる.


というわけで本書は単なる往復書簡集ではなく,その構成や背景に何層にもわたるレイヤーがあって趣向を凝らした本になっている.一番上には微積分に関するやりとりがある.コネチカットのルーミス高校を卒業した後ストロガッツと恩師は数学の問題の解き方について文通を始めるのだ.そしてその内容はほとんど数学にだけ限定されている.そして追伸のちょっとしたやりとりが先生の人柄をかいまみせ,ストロガッツの当時の背景説明が二人の人生の軌跡を描いていく.ストロガッツは文通内容を厳しく数学に限定していたが,数学者としての成功や最初の結婚の破局など様々な経験を重ね,最後に先生と人生を語り合うことを選ぶ.そしてその軌跡と数学の問題が見出しやダジャレを通じて関連づけられているのだ.


訳者の後書きにも書かれているが,本書は数学にうとい読者にとっても十分魅力的に書かれている.数式が全く理解できなくても手紙の本文から二人がある問題についていかに興味を持っているか,そしてエレガントな解決がいかに二人にとって貴重なものかがよくわかるし,そして背景説明とともに二人の人生の軌跡が交わる様が,そしてストロガッツの心を開く様子がしみじみと味わえるようになっている.


それはそうとしても本書の魅力はその微積分の内容にあることも間違いない.私自身微積分が得意であるわけではない(本書にたびたび登場する三角関数微積分ははっきり言って苦手だ)が,それでもじっくり読めば本書の解法のエレガントさは十分味わえる.
ルート2が無理数であることの幾何的な証明とか,4匹の犬の追跡曲線の長さの導出はしびれるほどエレガントだ.また「ご冗談でしょうファインマンさん」に出てくる「積分の中の微分」という手法が具体的にどういうものであるかの説明は私個人の長年の疑問に答えてくれるものだった.訳者が「数学部分のハイライト」と解説している「ランチョンマットの証明」はなかなか難解で歯ごたえがあるのだが,部分部分でその技の冴えを味わうことができる.ルート2だけを使ったπの表現方法の導出も見事だ.
また先生の方の悪戦苦闘もなかなか楽しい.三辺の長さがわかった三角形の面積を求めるヘロンの公式を導出する過程は楽しそうだし,その後のそれを四角形に拡張しようとする顛末は爆笑ものだ.


というわけで,本書はその数学の解法のエレガントさへの二人の熱中を理解しつつ,ゆるやかに時間が進んで人生が展開していく様を味わう本ということになるのだろう.なかなか類例のない得難い本だ.



関連書籍


原書

The Calculus of Friendship: What a Teacher and a Student Learned About Life While Corresponding About Math

The Calculus of Friendship: What a Teacher and a Student Learned About Life While Corresponding About Math


そのほかのストロガッツの本.訳されているのはSYNCだけのようだが,向こうではいくつか出ている.

SYNC

SYNC

Sync: How Order Emerges From Chaos In the Universe, Nature, and Daily Life

Sync: How Order Emerges From Chaos In the Universe, Nature, and Daily Life

The Joy of x: A Guided Tour of Math, from One to Infinity

The Joy of x: A Guided Tour of Math, from One to Infinity

Nonlinear Dynamics And Chaos: With Applications To Physics, Biology, Chemistry, And Engineering (Studies in Nonlinearity)

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