「帰化植物の自然史」

帰化植物の自然史

帰化植物の自然史

  • 作者: 森田竜義,比良松道一,福原晴夫,古橋勝久,松尾和人,伊藤一幸,榎本敬,工藤洋,澤田均,芝池博幸,須山知香,田中肇
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2012/09/25
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書は北海道大学出版界による「自然史」シリーズの最新刊になる.セイヨウタンポポセイタカアワダチソウをはじめとする帰化植物を扱うものだ.


最初に第1部として総説がある.
日本に侵入帰化した植物にはどのようなものが多いのか?調べてみるとキク科とイネ科に多いことがわかる.それはキク科にはカギやトゲにより「ひっつきやすい」種子を持つものが多いこと,輸入穀物に混入して持ち込まれやすいことなどが要因であり,イネ科については牧草として持ち込まれやすいことなどが効いているようだ.
生態的には不安定な攪乱頻度の高い都市型荒地に適応したものが多い.これははっきり書かれていないが,要するに新しいニッチであって在来植物,外来植物が一斉に競争を開始するのでチャンスが高いということなのだろう.そしてそのような環境に有利な,無性生殖可能で繁殖が速い生活史を持つものが多いようだ.ここではキク科を例にとってより具体的な詳細*1が示されていて読んでいて楽しいところだ.
性システムについては単独で侵入することも多いので,無性,同花受粉,風媒花が有利になる.また都市型荒れ地の乾燥しやすい環境が多いので,昆虫媒の中ではマルハナバチ媒が有利になるそうだ.


第2部は侵入成功した植物の各論になる.
オランダミミナグサは種子が小さく,発芽条件が緩いことでより都市型荒地で有利になっている.アメリネナシカズラはより広い宿主に対応でき,より素早く寄生根を出せ,素早く種子を作り分散できるようだ*2.セイヨウオオバコは種子が小さく,速い繁殖,分散に有利で,かつ成長パターンがより攪乱環境に適応している.ここは総論の議論をきちんとフォローした各論が並ぶ印象だ.


第3部は最近の侵入,分布の拡大に焦点を当てた各論が並ぶ.
まずミチタケツネバナの最近の侵入と分布域の拡大.これはその発見物語風になっていて読んでいておもしろい.次は全世界で問題になっている不耕起農地雑草のヒメムカシヨモギ.特に除草剤への耐性が詳しくレポートされている.ラウンドアップ耐性のヒメムカシヨモギアメリカの穀倉地帯に広がっていく様子は戦慄すら感じさせる.続いて戦後急速に拡大したセイタカアワダチソウのレポート.問題になったのは60年代以降だが,実は1920年代から採取記録があるそうだ.地下茎による株の拡大や,他感作用などやっかいな性質を持つため根絶は難しい.もっとも耕作地であれば耕起すれば簡単に殺せるし,(一時花粉症の原因として扇情的に報道されたが)実は虫媒花なので花粉症の原因物質となることはあまりない.著者はやや諦観ともとれる感想「セイタカアワダチソウが晩秋の日本の風景と思える子供たちが増えてゆくかもしれない」と結んでいる.最後は迫真のミズヒマワリの分布域拡大レポート.観賞用の水草が棄てられたのが起源らしい.これもなかなか根絶は困難そうだ.


第4部は帰化植物の進化適応.
最初はタカサゴユリタカサゴユリテッポウユリの近縁種で台湾原産のものが日本に帰化して広がったらしい.この種の成功の要因は早咲き性*3にあるが,ここでは系統分析を含む遺伝分析により,祖先種テッポウユリに休眠の欠失,春咲きから夏咲きへの転換が生じ,これが早咲き性につながったという仮説を提示している*4
次は雑種タンポポ.それまでタンポポ有性生殖種の在来種と無性生殖種のセイヨウタンポポがあり,攪乱環境ではセイヨウタンポポが有利なので広がったという説明を多く見かけていたのだが,近時そのあたりに見かけるタンポポの多くは実は両種の雑種であると報じられている.本書ではこの背景とリサーチを紹介している.事実はかなり複雑だが,ゲノムタイプで大きく5タイプのタンポポが日本には実在し,うち1タイプは在来種,2タイプが帰化種,残り2タイプが雑種ということになるようだ.また生態的には帰化セイヨウタンポポはやや寒冷地域の牧場に適応した性質を持ち,雑種は高温で乾燥した都市的荒地でより有利であるようだ.
最後はシロツメグサ.シロツメグサはクローンで成長するのだが,条件依存的な適応的可塑性を持ち,大きく2タイプの表現型が観察できる.本稿では競争実験を通じてその有利不利を調べている.


というわけで本書は帰化植物に関する様々なトピックを扱っていて,通読することによりいろいろな知識が得られる本に仕上がっている.私的にはセイタカアワダチソウの生態やタンポポの実態レポートが興味深いものであった.




 

*1:ハルジオンとヒメジョオン,オオアレチノギクとヒメムカシヨモギの比較などはマニアックで渋い解説になっている.

*2:なおアメリネナシカズラについては,このような有利性が何とトレードオフになっているのかについて説明がないし,また広い宿主性や寄生根の生じ方に光条件が関与していることを有利性が生じる至近的な理由としてあげているが,なぜそれで有利になるのかやや判然とせず,読んでいて物足りない.

*3:一般にユリ属の植物は発芽して開花まで2〜5年かかるがタカサゴユリは半年で可能らしい.これが攪乱環境で有利になる

*4:これはかなり強い進化制約があるという前提をおいているように思われるが,本当にそんなに制約が強いのだろうか.「単に攪乱環境に適応して早咲き性を獲得した」という仮説では不十分であると考える理由が説明されていなくてやや納得感に欠けるように思われた.