The World Until Yesterday: What Can We Learn from Traditional Societies?
- 作者: Jared Diamond
- 出版社/メーカー: Allen Lane
- 発売日: 2012/12/31
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第5部 宗教,言語,健康
第9章 デンキウナギは宗教の進化について何を教えてくれるのか?
ダイアモンドの次のトピックは宗教だ.これまでも進化的視点で宗教について考察されたものはあるが,そこにダイアモンドも参入ということになるようだ.
まずニューギニアの起源神話を紹介している.何となくエデンの園やバベルの塔と似た話で面白い.そしてなぜ宗教は互いに似ているのかと読者に問いかける.ダイアモンドは宗教は1つのユニバーサルであってこれには説明が必要だと主張する.
そしてそれ以外のいくつかの宗教に絡む説明すべき事項をあげている.
- 部族的な宗教の特徴の一部はそのまま現代の宗教にも受け継がれていること
- 片方で社会の規模によって宗教はシステマティックに変容している
- 宗教は信者に大きなコストをかける.しかし宗教を信じる集団が無宗教集団に征服されるという歴史的傾向は生じていない.であるなら宗教にはメリットがあったのか,あったとすればそれは何か*1
<宗教の定義>
ダイアモンドはまず宗教の定義の問題を取り上げる.そして様々な学者の定義はばらばらで激しい論争があるが,定義なしで済ますのも難しいとコメントしている.これは結局様々な連続した信念体系があって,それぞれの学者が議論したいことが異なっているだけのような気もするところだ.実務的な違いとしては「神」を考えるときに仏教や儒教の扱いが難しいというところが大きいようだ.
ダイアモンドは続いて様々な定義に見られる要素を5つに整理する.これらは宗教によっては強弱があるということになる.
- 超自然の信仰:超自然のエージェントを信じ,しばしば超自然のパラレルワールド(天国,地獄,死後の世界など)を信じることまで含む
- 同じ信念を持つ人々の社会運動:たったひとりで祈っても宗教とは呼ばないだろう.宗教的隠遁者も通常はどこかの宗教コミュニティから生み出される.
- コストのかかるコミットメントを行う.:これはコミットメントが本気であることをディスプレーしている.
- 行動のルールを含む 法,道徳,タブーなど
- 祈りや寄付や犠牲により超自然のエージェントに対して影響を与えられると信じる
<機能とデンキウナギ>
次にダイアモンドは宗教の機能を考える.冒頭で述べているように,信者には大きなコストがかかるのだから機能があると考えるのは筋が通っている.もちろん何らかの別の機能を持つ特質の副産物かもしれないが,それでも機能を持ってもおかしくはない.このデンキウナギというのは,ある特徴が次々の別の機能を持っていったことを説明したいためのものだ.デンキウナギにおいては進化の過程で当初は筋肉の持つ電気感受性が,受動的な餌探知に,ナビシステムに,そして能動的な発電による餌探知,ナビシステム,コミュニケーション,餌捕獲へと機能を変えてきたのだ.ダイアモンドは「宗教も(それが副産物か意図的デザインかはともかく)様々な機能を持ち,それが文明の発達とともに変わっていった」と考えているのだ.
ダイアモンドの宗教理論は大まかに次のようになる.
1. 宗教の最初の起源は「因果を求める脳の副産物」だったのだろう.
- 因果を探り,相手の意図を推測し,将来を予測することは適応的だっただろう.これは動物には限られているが,ヒトでは非常に発達した能力となった.
- 他人の意図を考えることは,太陽や月や山や岩の,そして超自然の意図を見ることにつながる.そして自分の行動が何らかの結果の原因であると拡張して考える.ここまでは科学と同じ目的だ
- これは意味を問うことにつながった.なぜ世の中には悪があるのか?これは科学では答えられない.
2. 馬鹿げた超自然の信仰は,脳の機能的なバイアスからある程度は説明できるが,コストのかかる正直なグループのアイデンティティシグナルでもあっただろう.
- 友人がレッドソックスファンであることを信用していて裏切られても(ヤンキースのホームランに喜ぶ姿を見ても)命を取られるわけではない.しかし隣で戦っている戦友の裏切りは死に直結する.だから信用してもらうために「ばかげたことを信じる」ことによるコストを背負ってみせるのだ.
- しかしコストがあればどんな内容でもいいわけではない.その内容は,物理的にはあり得ないが,心理的にはありそうで,かつそれを想像することで満足が得られる内容に偏っている.それは一種のパワーファンタジーなのだ.
この2点目までの説明は,アトランやボイヤーそしてデネットなどの宗教の説明と基本的に同じだ.実際にダイアモンドはアトランを引用している.
3. 宗教の信者への機能は,起源とは別に様々なものが生じ,それは文明の進展とともに移っていった.
機能は主に7つ
- 物事の説明
- 不安の抑制:事態がコントロール可能だと考え,パニックに陥らず祈ることができる.
- 慰めを与える:人生に意味を与え,来世での救済などを約束する.
- 組織化を容易にする
- 政治的に服従を教える
- 行動のモラルコードを与える(特に見知らぬ人への行動ルール)
- 戦争を正当化する
このダイアモンドの説明は,誰にとっての機能かが結構曖昧であまり整理されていないように感じられる.このあたりは曖昧さも含めてD. S. ウィルソン的だといっていいだろう.ダイアモンドの機能についての主なコメントは以下のようなものだ.
- 最初の2つは起源時からあった機能だろう.
- 3番目は科学では与えることができない.これは格差が拡大したときに特に重要になる.だから最近になって特に広がってきたものかもしれない.
- 4番目以降は小さな伝統社会にはないものだ.これらは近隣社会との抗争時に有利になるものだ.
そして記述がD. S. ウィルソン的になったあとで,馬鹿げた信念を持つことの説明として,先述のコストのあるアイデンティティバッジに加え,馬鹿げた信念を持つことによってグループが有利になり得るというD. S. ウィルソンのリサーチを紹介している.
ダイアモンドは最後に宗教についてこうまとめている.
- 宗教は時代により機能を変えてきている.当初は超自然の説明や不安を沈める効果が重要だった.そして服従やモラルが上昇し,さらに戦争の正当化,慰め,組織が上昇する.そして最近では多くの機能が低下している.
- 私はこれを踏まえて,宗教を次のように定義する.「宗教とはある特徴を持つ人の社会とそれと異なる人の社会を区別する(上記の機能的な)特徴のセットだ」
- 宗教の将来はどうなるだろうか.もし世界の生活水準が上昇し続けるなら.機能のうち人生の意味だけが残るだろう.もし生活水準が下がるなら,宗教はそのすべての機能とともに復活するだろう.私たちの子供の世代はどちらになるかをみることになる.
この章は,本書の他の章と異なって「伝統社会におけるやり方でいいところを取り入れよう」というテーマは扱われていない.そして基本は「宗教とは何か」についてアトラン,ボイヤー,デネット流の宗教理論とD. S. ウィルソン流の考え方をあまり深く整理することもなく,折衷的に紹介しているだけという印象で,私としてはかなり物足りない.もっともアトラン,ボイヤー,デネット,D. S. ウィルソンを読んだことのない読者にはなかなか啓発的な内容ということになるのだろう.
関連書籍
進化的視点から見た宗教理解に関する本
まずアトラン本.ダイアモンドはこれを引いている.
In Gods We Trust: The Evolutionary Landscape Of Religion (Evolution and Cognition Series)
- 作者: Scott Atran
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ボイヤー本
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- 作者: Pascal Boyer
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デネット本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070218,読書ノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061023以降にある.
Breaking the Spell: Religion as a Natural Phenomenon
- 作者: Daniel C. Dennett
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ドーキンス本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070221,読書ノートはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061201以降にある.
- 作者: Richard Dawkins
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- 作者: リチャード・ドーキンス,垂水雄二
- 出版社/メーカー: 早川書房
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宗教についてのウィルソンの本.基本的には宗教はヒトにとってもよいものでグループ淘汰の産物だという主張だ.
Darwin's Cathedral: Evolution, Religion, and the Nature of Society
- 作者: David Sloan Wilson
- 出版社/メーカー: University of Chicago Press
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この本でも1章かけて宗教を論じ,新無神論に反論している.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20111014
- 作者: David Sloan Wilson
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*1:この説明は誰にとってのコストと機能かが曖昧で,一部グループ淘汰的でD. S. ウィルソンの影響を強く感じさせるものだ.