「Risk Intelligence」 第4章 心のトリック その3 

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


RQを下げるヒューリスティックス.次は読心幻想だ.


<読心幻想>


これは「自分は他人が考えていることを読める」と信じてしまう傾向のことだ.エヴァンズはこれも自信過剰に関係するものだといっている.


エヴァンズによるとこれは特に「私は他人が嘘をついているのを見破ることができる」という信念として現れるのだそうだ.しかし実際に調べてみると,自分が信じているほどには他人の嘘は見抜けない.よくいわれるキュー(目をそらす,そわそわする,汗をかく)は緊張のサインであって嘘のサインではないのだ.また嘘つきは堂々として汗をかかず相手の目を見ることに抵抗がない場合も多い.
エヴァンズは自分の経験として,高校時代にある問題行動の嫌疑をかけられた時のエピソードを書いている.先生に呼び出され長いインタビューを受ける.何も嘘はついていなかったのだが,クリティカルな質問に対して口ごもり下を向いてしまったことを決定的な嘘の証拠とされ,退学処分になったのだそうだ.


また相手のいうことを信頼するかどうかという形で考えるなら,嘘かそうでないかと考えるべきではなく,多くの相反する証拠からどれぐらい信頼するかを判断するという形でより確率的に扱うべきだとエヴァンズはコメントしている.


ここからエヴァンズは「ヒトの嘘を見抜けることができるという主張に根拠がない」ことについてかなり詳しく議論していて面白い.

  • 実験室ベースでは「嘘を見抜けるという人々の確信度と実際の成績には相関はない」ことについて多くのリサーチがある.
  • 学生による実験室の実験ではなく,人生にとって重要な場面ではうそは見抜けるという批判もあるが,それを裏付ける証拠は存在しない.
  • リードテクニックと呼ばれる嘘を見抜くトレーニング(緊張のサインを嘘と教えたり,実際に嘘と相関することが知られている手がかり(声のピッチ,ためらい)を無視するなど)は,逆に少し見抜く成績を下げ,さらに読心幻想を上げてしまう(つまりRQを下げる)ことが報告されている.刑事にこれを教えるのは恐ろしいことだ.トレーニングさせるならRQトレーニングの方がよいと思われる.
  • 友人や恋人も嘘を見抜く成績には変わりがない.しかし読心幻想は上がる.長年連れ添った夫婦については,相手のことをすべてわかっているという幻想が非常に強くなり,よりだましやすくなるらしい.


最後の指摘は結構衝撃的だ.エヴァンズはスティーヴン.キングの短編「A Good Marriage」を引用している.

27年間の結婚生活の後,ダーシーは自分はボブのことをよくわかっていると感じていた.もちろん全部ではないが,重要なことはみな知っていると思っていた.いい結婚だった.それは重力が彼女を地球の中心に引き寄せているのと同じぐらい確かなことだと感じていた.その夜のガレージで夫の姿を見るまでは.
・・・
彼女は信頼を置く場所を間違えていたのだ.夫には別の側面,ダークサイドがあったのだ.27年もの間ダーシーは狂人と暮らしていたのだ.でもどうしてそれを知ることができただろうか.彼の狂気は地下の湖のようなものだ.その上には何層もの地層があり,さらにその上には花が咲いている.そこをさまよっても地下の狂った水を見ることはない.でもそれはあるのだ,それは常にあったのだ.


<透明性の幻想>


エヴァンズは読心幻想の逆向きの幻想についても触れている.それは「他人に自分の考えがばれていると思いこむ」傾向だ.例としてここではドストエフスキーの「罪と罰」を引いている.

  • ラスコーリニコフは刑事から尋問を受ける場面で,ドストエフスキーは刑事が本当にラスコーリニコフを疑っているのかどうかを上手く隠している.だから読者はラスコーリニコフの内心に入ったように読むことができる.「彼は今私にウインクしたのか?いやそれに意味は無いはずだ.私を神経質にしたいのか?からかっているだけか?彼は知っているのか?・・・・」

このように自分のリアクションからすべてがばれるのではないかと不安になるのはよくあることだそうだ.エヴァンズは議論していないが,これは自信過剰傾向とは異なるものだろう.


これに関するリサーチも紹介されている.

  • 丸テーブルに複数人を座らせ「あなたの使っているシャンプーのブランドは?」などの単純な質問を使った嘘探知ゲームを行う.それぞれ質問に回答するのだが,各個人が嘘をつくかどうかは実験者から指示されている.各被験者はその他の参加者が嘘をついているかどうか,自分の嘘が誰にばれていると思うかを回答する.すると実際に嘘がばれているのは1/4ほどだが,被験者は1/2ほど(自分の態度から)嘘がばれていると考えている.


では読心幻想と透明性幻想のふたつから逃れるにはどうすればいいのだろうか.エヴァンズは「基本的には,他人の考えがわかったと思ったときには慎重になり,他人が自分の考えを知っていると思ったときにも懐疑的になるしかない.そしてこれは訓練により向上する.」とコメントしている.
ヒューリスティックスからのバイアスに対処するのは難しいことがよく知られている,エヴァンズのアドバイスもカーネマンなどこの分野ではよく見かけるものと同じで,結局「自分もそういうバイアスの影響下にあると自覚し,意識的にそれに対抗するように努力し続けるしかない」というものになっている.これは人生の大きな真実の1つなのだろう.
次章では社会的なバイアスを扱うことになる.