Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)
- 作者: Dylan Evans
- 出版社/メーカー: Free Press
- 発売日: 2012/04/17
- メディア: Kindle版
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エヴァンスは第4章においてRQにネガティブな影響を与えるヒューリスティックスを見てきた.それらのうち,「望むことは起きやすいと思う」「何かを信じるとそれを確かめる証拠だけ探す」「過去からずっとそう信じていたと思う」「ヒトの嘘を見抜けると考える」は基本的に自信過剰傾向,そしてその裏の自己欺瞞を支えるメカニズムだ.何故このようなメカニズムがヒトの心にあるのだろうか.エヴァンズはここで自信過剰傾向の進化的な説明を行っている.エヴァンズの指摘は「社会的環境でカリスマや権威を与える」「争いの際にはったりのメリットを得られる」という2点だ.(さらにそれを見破られないためのアームレースの結果として自己欺瞞になるというところまではここでは説明していない)
<戦争における自信過剰>
この後者の「争いの際のはったり」について,エヴァンズは進化環境においては,争いの規模が小さく双方がこの戦略をとってエスカレートしても,片方が降伏すれば収まったのでメリットの方が大きかったのだろうが,現代環境では大規模な戦争につながってしまういわゆる「適応形質と新奇環境のミスマッチ」の一例だとしている.面白いのは,現代環境におけるこの自信過剰傾向のミスマッチの程度は命令の階層によっても異なると指摘しているところだ.個別の兵士,国際交渉をする政治家には自信過剰のメリットが大きく,中間の将軍,参謀のところにはあまりない.そして実際に中間層の方がRQが高いそうだ.エヴァンズはニコラス・タレブの「ブラックスワン」の一節を引いて,このような軍人の側面はハリウッド映画では描かれないとコメントしている.
(リスクに関するシンポジウムに参加して)私の最初の驚きは,軍人たちがまるで哲学者のように考え,振る舞い,行動することだった.・・・隣に座っていた(金融関係者である)ローレンスにこの驚きを伝えると,彼は「軍部は他の大半の職業よりも,より本物のインテリとリスクシンカーを集めているんだ」と言った.防衛に関わる人達はリスクの認識論を理解したがっていた.
<深く考えずに反応した方がスマートに見える>
エヴァンズは自信をディスプレイする必要がRQを下げる別の場面を指摘している.それは社会的な圧力がかかる場合だ.いくつかの例があげられている.
最初は人々が反応の良い相手をスマートだと考える傾向から生まれるものだ.リスク比較を丁寧に行うために逡巡すると馬鹿に見られるリスクを負う.エヴァンズは,2人の心理学者が開発した「人々が口頭でどれだけ素速く(考えなしに)反応するか」を計測するテスト:BLIRT*1を紹介している.それは自分がどの程度当てはまるかを答えさせる以下のようなアンケート項目からなっている.
- 何かをいうときには躊躇しない
- 自分をどう表現するかを考えるときには時間がかかる
- 誰かと意見が合わないときには,後で何かを言うまでにしばらく待つ
- 自分の心の中にあることはいつも口にする
この測度が高い人々は初対面で相手にいい印象を与える.(しかし長くつきあうと,それが本当のスマートさと異なることがばれて,その印象は失われるそうだ.)この傾向は人々にRQを高めることの動機を低めさせるだろうとエヴァンズはコメントしている.
<大勢に従う>
2番目はいわゆる群集心理だ.ヒトには周りの人々に従う傾向がある.これにより同じ意見の人々が集まると,それ以外の意見を無視する自己増殖的なグループが形成される.そして時にそれは狂気にまでつながる.
エヴァンズはここでこの分野の古典としてジャーナリストのチャールズ・マッケイが1841年に書いた「異常な集団幻想と群集の狂気の記録」をあげ,チューリップバブルに始まる様々なバブルを群集心理現象として紹介している.
ちょっと面白いのはエヴァンズはここでこの群集心理と,一見それと矛盾する「みんなの意見は割と正しい」現象との関係を書いていることだ.後者についてのあまりいい実験はないと指摘した後,このような現象は独立した個人の意見を集合した場合に見られるもので,群集が互いにコミュニケートして流される現象とはやや異なるものだとしている.そして群集心理のバブルに惑わされないのは,(2008年にサブプライムリスク債券の空売りで大もうけした人々に見られるように)周りとあまりコミュニケートしない偏屈ものが多いし,このような人々と交流することも大切かもしれないとコメントしている.
偏屈ものとつきあっていると本当に流されにくくなるのかどうかは微妙なところもあるが,常にいろいろな意見を聞いておくのは確かに重要そうに思われる.
なおエヴァンズはRQの高い偏屈ものの例としてNFLのニューイングランドペイトリオッツのヘッドコーチ,ビル・ベリチックの名もあげ,有名なコルツ戦での終盤のギャンブル*2について彼のRQの高さを示すものとして紹介している.もっとも多くのコーチがこのような(合理的だが,成否の結果の振れが大きい)ギャンブル戦略をとらない理由は,単にRQだけの問題ではないだろう.コーチの戦術決定の動機は,そのゲームの勝利確率の最大化だけではなく,自分の将来報酬の最大化にもあるというエージェンシー問題があって,(既に名声があるなど)伝統的でない作戦をとって失敗した場合の解任リスクが低いことが,ゲームの勝敗にとって合理的な判断が可能になる要因になっているという行動経済学的説明*3の方が合っているように思う.一見RQが低いための行動と見られても真のインセンティブから見ると極めて高いRQ的行動であることもあるだろう.
関連書籍
自己欺瞞に関するトリヴァースの鋭くかつ重厚な一冊.基本的には自己欺瞞は他人の操作に関するアームレースから生まれたものだという理解がなされている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20120526
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