「国家はなぜ衰退するのか」

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(上):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源

国家はなぜ衰退するのか(下):権力・繁栄・貧困の起源


本書は政治経済学者のダロン・アセモグルとジェイムズ・ロビンソンによる,彼らの10年以上にわたるリサーチブログラムの成果を一般向けに書き下ろした「Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty」(2012)の邦訳だ.
基本的なテーマは「なぜある国は経済的に繁栄し,別のある国は失敗するのか」という問題だ.この問題はやや長期的にとらえれば「ヨーロッパの繁栄の究極因は何か」という問題になり,マックス・ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」やE. L. ジョーンズ「ヨーロッパの奇跡」などの名著もあるし,ジャレド・ダイアモンドは,さらにより長期にユーラシアの優越の問題としてとらえ,「銃・病原菌・鉄」において考察している.ウェーバープロテスタンティズム(勤労倫理など)に要因を求め,ジョーンズは地理的な問題を重視し,「気候風土から人的資源より物的資源が重要となり,人口増加を抑制し資本蓄積を可能にしたこと,及び様々な自然境界があったことにより区画された近隣地域間の競争が促されたこと」を要因としている.ダイアモンドは,利用可能生物資源と大陸の方向(東西に広いユーラシアでは文明の伝播が容易であった)を要因としてあげている.そして本書においてアセモグルとロビンソンは,これらの説明を退け,「繁栄の究極因は文化的要因や地理的要因では説明できず,それは政治経済的な制度にある」と主張している.


全体の構成としては,この究極的なテーマを巡る様々な問題について具体的歴史的事例を説明しながら解説し,最終章でまとめをおくというかたちになっている.そのまとめで語られる彼らの議論の概要は以下のようになる.

  • 経済的な繁栄の直接的で最も重要な要因は,広範囲の経済主体が投資や技術革新に対してインセンティブを持つかどうかだ.そしてそれはそのようなインセンティブを持つことを可能にする経済制度(私的財産の保護,平等な機会,技術革新を阻害する規制がないこと,自由市場など:著者たちはこれを「包括的経済制度(inclusive economic institutions) 」と呼んでいる)があることが重要だ.
  • そのような経済制度はそれを可能にする政治制度の元で可能になる.それはまず中央集権があり*1,権力が多元的で法の支配が可能になっている制度(著者たちはこれを「包括的政治制度(inclusive political institutions) 」と呼ぶ)だ.
  • これに対立する経済,政治制度は収奪的制度だ.収奪的経済制度(extractive economic institutions) は多くの人々の資源を特定少数のために搾り取るもので,収奪的政治制度(extractive political institutions) は権力が特定少数に集中し,牽制が無いものだ.
  • 包括的な経済制度と政治制度,収奪的な経済制度と政治制度はそれぞれ互いに強めあう傾向がある.(著者たちは包括的制度の強め合いを「好循環(virtuous circle)」,収奪的制度の強め合いを「悪循環(vicious circle)」と呼んでいる)権力が多元化していれば,それぞれの経済的利益の追求が可能になるような経済制度への方向が生まれ,また一旦包括的経済制度の元で経済が成長すると,権力を奪取して収奪的に変えるインセンティブが減少する.収奪的政治制度の元では権力者にとって短期的に最も合理的な経済制度は,「権力を利用して経済的に収奪し,権力基盤への脅威になりかねない創造的破壊は抑止する」ものになる.だから一旦この組み合わせが成立すると抜け出すのは容易ではない.
  • なお収奪的政治制度の元でも一定の経済成長は可能だ.現状が余りに非効率なら強制的により効率的な投資を行うことにより成長できる.また収奪的な政治制度の元で一部包括的な経済制度を作ることも可能だ.前者の例は1970年代までのソ連,後者の例は80年代以降の中国だ.しかし収奪的な政治制度の元では創造的破壊は抑えられるのでこのタイプの成長には限界がある.
  • しかし収奪的制度から包括的制度への移行は不可能ではない.それは歴史的に何度か生じた.異なる地域での制度は最初は似ていても,徐々に浮動し,小さな違いが生じる.そこに重大な岐路になる出来事が生じたときに,それとどう相互作用するかによって地域ごとの制度は大きく分かれる.そして浮動も相互作用も歴史的な偶然の要素が大きい.だから偶然小さな権力多元的傾向が生まれ,大きな歴史の岐路においてうまく相互作用できたときに収奪的制度から包括的制度への転換が生じることがある.この転換の要因として重要なのは多元的な権力の成立だ.そうでないとあるエリートから別のエリートへの権力移動にすぎず収奪的制度は維持される.うまく転換した例としては名誉革命フランス革命明治維新があげられる.


著者たちは自分たちの議論の持つ政策的な意味についてもいくつかコメントしている.

  • 制度の成り行きには偶然の要素があるので予測は難しい.しかし政策についてのアドバイスはできる.特にうまく行かないだろう政策を指摘することができる.
  • 悪循環はきわめて根強い.だから「貧困は無知によるもので簡単な政策提言でうまく行く」あるいは「経済成長すれば不可避的に民主化が進む」と考えるのは甘い.貧困国への政策提言を行う際にはエリートたちの利益,動機に与える影響をよく考えるべきだ.
  • 中国のここまでの成功から,独裁政治などの収奪的政治制度下での成長の処方箋があるという考えが(特に独裁者にとって)魅力的に受け取られているが,それも甘い.中国の政治制度が包括的な方向に変化する可能性が無いとまではいわないが,なかなか難しいし,変わらない限りいずれ成長は鈍化するだろう.
  • 最貧国にはエリートたちの収奪的制度が張り巡らされているので,対外援助が実際に貧困者の手元に渡る割合は低い(通常1割程度とみた方がいい).しかしゼロではないのでやる意味はある.また行うなら学校建設など直接包括的な制度につながる形のものが効果が高いだろう.


そして著者たちの主張は様々な歴史的事例を豊富に紹介することによって裏付けられる.これが本書の大半を占めており,一つのテーマを持って歴史を読むことの面白さが十分に堪能できる.私的には以下のような記述は大変興味深く説得的に感じられた.

  • アメリカ合衆国とメキシコの違いはなぜ生じたのか.最初に新大陸が植民地化されたときに,当時の強大国だったスペインは,人口密度の高い地域に進出し,まず現地の黄金を奪ったのち現地住民を強制的に労働させそれを搾取することによって利益を得ようとした.そしてすでにそこにあったインカやアステカの収奪的制度を利用し,さらにエンコミエンダなどの徹底的な収奪的制度を作り上げた.独立に際しても少数エリートの支配という点では何も変わらず収奪的な制度が継続された.一方当時弱小国だった英国は原住民があまり住んでいない残り物の地域(北アメリカ)にしか進出できなかった.植民会社は原住民強制徴用に失敗し,ヨーロッパ系の人々を植民させて搾取しようとしたが,植民者はそこから逃げ出すオプションがあったので彼らにインセンティブ(土地の所有権)と政治的権利を与えざるを得なかった.これが米国の(そしてカナダやオーストラリアの)包括的制度の起源である.
  • 西欧と東欧の違いはなぜ生じたのか.中世初期はこの二つの世界にはほとんど違いがなかった.その後浮動により西欧の方が領主に対して農民や都市の力がごくわずかに強くなった.そこにペスト禍が襲い,人口が大きく減ったときに,西欧では耕作放棄などを武器に領主に対して農民と都市の力がさらに上がったが.東欧では領主側がより徹底的に収奪する方向に動いた.この差が大西洋貿易の機会などの状況に対して,西欧では議会と国王の対決を経由して名誉革命フランス革命につながったが,東欧では収奪的制度が続くという結果につながった.
  • 英国では議会に課税決定権限があったことから,増税したい王と交渉の余地が生まれ,少しづつ議会側が政治的権利を獲得していった.また片方で王と対立する貴族,ジェントリー,都市商人など多元的な利益関係者がいたために,名誉革命後の政権は多元的なものになった.これが単に支配者の交代になるのを防ぎ,より経済制度を包括的にさせた.それが新技術への投資インセンティブをもたらし産業革命を可能にした.
  • 名誉革命による包括的制度への転換は必然だったのか.そうではない.スペインの無敵艦隊は壊滅しなかったかもしれない.ジェイムズ2世が勝つこともあり得た.いずれもその後の世界は大きく異なったものになっただろう.偶然の要素は排除できない.
  • フランス革命は英国と異なり急進的で大混乱をもたらしたが,いくつかの偶然の結果包括的な制度に向かって動き始めた.ナポレオンは意図的に革命の理念を周辺諸外国に輸出しようとした.そして実際に西欧の広範囲な接収地域で封建制やギルドを破壊し,スペイン,イタリア,ドイツなどの包括的制度の創設のきっかけを作っている.
  • 収奪的政治制度の元では創造的破壊は権力の移動を招きかねないので忌避される.オスマン帝国は印刷を厳しく制限し,ハプスブルグオーストリア帝国は鉄道敷設に消極的だった.ソマリアではエリートが好き勝手に収奪する裁量が減るという理由で文字利用まで忌避された可能性がある.
  • 奴隷貿易がアフリカに与えた影響は計り知れない.人的資源を奪われただけにとどまらず,様々な地域において現地王国がその利益に目がくらみ絶対主義的な収奪的制度を作り,その利益が権力争いを呼び込み,最終的に法と秩序すべてが破壊された.アフリカはその後ヨーロッパの植民地となり収奪的制度の元に長い年月を過ごし,さらに独立後も権力者によるその制度の利用により収奪が続いている地域が多い.ボツワナは幸運な例外で,資源がないことから英国の収奪を受けず,逆に首長たちの選択として自ら英国の庇護下に入り,セシル・ローズによる収奪を防いだ.独立後も従前からあった包括的制度をうまく発展させた.現在最貧国から脱出し中進国となっている.
  • 米国南部は奴隷制を採り収奪的だったので北部に比べて経済成長は低く平均して貧しかった.南北戦争奴隷制は廃止されたが,南部のエリートは巧妙に換骨奪胎した差別制度を作り上げ収奪的制度を維持した.これは労働集約的なプランテーションが経済的意味を無くした後1960年代の公民権運動でようやく終わり,南部の経済成長が北部と同じになるのには90年代頃までかかる.悪循環がいかにしぶといかの例でもあるし,これが可能だったのは南部もアメリカ合衆国という大きな包括的制度の中にあったことが大きい.


というわけで本書は制度が地域の経済成長に大きな影響を与えることを説得的に説明する事に成功している.しかしそこにはいくつか疑問がないわけではない.さらにこの充実した内容からより発展的な問題意識も生じる.私の疑問や感想もまとめておこう.

  • 本書における説明はすべてアネクドータルなものだ.うまい例をチェリーピッキングしているのではないかという印象を受けてしまう読者もいるだろう.しかし元となった著者たちのリサーチではきちんと比較対照しているはずだ*2.そのような説明も入れ込んだ方がより説得力は増しただろう.
  • 著者は地域的成長の差について制度要因の重要さを強調し,文化説や地理説では説明できないと主張している.確かに制度は重要だろう.そして文化説や地理説「だけ」では説明できないのも確かだ.しかしあたかもこれらが排他的な要因であるかのような書きぶりには疑問がある.文化や地理要因による経済成長への直接的な影響,制度を通じて与える間接的影響など一定程度の影響がある例もあるのではないだろうか.
  • たとえば著者たちはイスラム教は経済不振の説明にはならない(それはオスマン帝国の収奪的制度遺産だ)と書いているが,しかしイスラム教地域で成功した国が少ないことも事実だ.「政教分離が難しい」という問題が影響している可能性があるのではないだろうか.
  • また14世紀以降の中国とヨーロッパの違いには地理的要因が効いているというジョーンズの考え方はなお魅力的に感じる.地理的境界の少ない中国ではより強大な中央集権が成立しやすく,アルプスやピレネー英国海峡のあるヨーロッパはより国家間競争が生じやすかったということはあるのではないだろうか.それが中国では制度により強い収奪的傾向を与え,ヨーロッパでは他国との軍事バランスをより考えてより全体の成長重視に傾きやすいということはありうるのではないだろうか.基本的に本書では国家間競争が制度に与える影響について解説がない.しかしこれは重要な問題のように感じられる.
  • ダイアモンド説についても否定的な書きぶりだが,利用可能生物資源と大陸の軸が(中国とヨーロッパの差については説明できなくても)ユーラシアとアフリカ・両アメリカ大陸との最初の差に効いていることは否定できないだろう.
  • ウェーバーのいうプロテスタンティズムは怪しいとしても,「(おそらくギリシアのポリスに端を発する)より権力抑制的,民主的な文化伝統また自力救済容認的文化傾向が西欧文化に色濃くあった」という文化的要因が多元的な政治制度の創設と関係する可能性はあるのではないだろうか.
  • ローマについては共和制から帝政に移行したことが(包括的政治制度から収奪的政治制度への移行であり)経済的衰退の原因になったと整理している.しかしローマの絶頂はそれより200年近く後のことだ.物事を決めきれなくなった古い共和政から帝政に移行したことがその後の興隆へ道を開いたという理解が普通だろう.ローマの衰退をもたらした制度的原因があるとするなら「カラカラ勅令によりローマ市民権の価値がなくなり,エリート層には帝国への貢献のインセンティブが,非エリート層については社会的上昇のインセンティブが減衰させられたこと」に求める方がよいのではないだろうか.ヴェネツィアの衰退についての説明にも同じような牽強付会の臭いが感じられる.
  • 農業の開始についても制度が先で,それが定住,農業を生んだという説明になっている.確かにナトゥフ遺跡においては定住が先に生じたのかもしれないが,制度との後先についての根拠は曖昧だし,ほかの地域ではどうなのかについても議論がない.またそもそも本書の基本的テーマとどうつながるのかがよくわからないところがある.控えめにいっても説明不足の感が否めない.
  • (おそらく日本人読者はみな同じ感想を持つと思うが)明治維新の分析は物足りない.著者たちは徳川幕府が中国に比べてより分権的だったこと,植民地化される恐怖が制度変更の必要性の認識につながったことを成功要因としてあげている.分権的で,ラディカルな制度変更が必要と考えた雄藩があったから戊辰戦争が生じたというのはそうだろう.しかしなぜその後薩摩と長州の間で内乱になり島津幕府あるいは毛利幕府の設立へと向かわなかったのだろうか.確かに植民地化の恐怖はあっただろう.それが内乱を西南戦争程度に止めた理由かもしれない.しかし明治政府の実力者たちにとって収奪的なまま富国強兵をはかろうとする道(そしておそらく失敗する成り行き)もあったはずだ.また著者たちは明治維新で包括的な制度への移行に成功したと書いているが,明治政府は(彼等が移行の鍵としている)多元的な権力構造を持つものと評価できるのだろうか*3.私たちは幕末の志士の志の高さと歴史の僥倖にそれぞれどの程度感謝すべきなのだろうか.
  • 欧米による植民地化がアフリカ,南アジア,ラテンアメリカに与えた負の影響の大きさ,そしてそれが現在も続いていることには改めて戦慄を覚える.アフリカについては奴隷貿易の影響にさらに上乗せになっていてとりわけ悲惨だ.日本人読者としては日本がかつて植民地化した地域のうち韓国と台湾が包括的制度に転換できて本当によかったと思うばかりだ.
  • 著者たちは収奪的制度から包括的制度への転換はナイーブな学者が考えるほど簡単ではないと強調している.それはそのような試みの失敗を何度も何度も見てきているからであり,世界の真実の一部なのだろう*4 *5.そして現在の最貧国援助という視点から考えた場合のポイントは為政者のインセンティブへの考察と制度に直接インパクトを与える援助方法だという彼等の議論は説得的だ.
  • また著者たちは包括的制度から収奪的制度への転換も生じ得ないわけではないと警告している.ここのメカニズムについてはあまり説明がないが,先進国の政治過程にとっては重要な問題だろう.著者たちの主張が正しいなら,私たちは創造的破壊を阻害するような政策にはとりわけ注意深く対処すべきだということになるだろう.


というわけで本書は膨大なリサーチと考察の成果である説得的な仮説に基づいて世界各地の歴史物語が次から次に語られるという,きわめて魅力的で読みやすく,かつ充実した本に仕上がっている.名誉革命フランス革命以外の歴史物語は日本ではあまりなじみのないものが多く読んでいて楽しいし,中心となる制度仮説は大変説得的で啓発的だ.一部疑問に思う記述もあるが,それ自体この本に大いに触発されているためであり,また発展的な疑問を感じることができるのは本書のような本を読む醍醐味の1つだろう.



関連書籍


原書

Why Nations Fail: The Origins of Power, Prosperity, and Poverty

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アセモグルも寄稿している歴史比較研究に関するアンソロジー.アセモグルはフランス革命の影響について書いている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101228

Natural Experiments of History

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (岩波文庫)

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ヨーロッパの奇跡―環境・経済・地政の比較史

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ダイアモンドのこの邦訳本は「文明崩壊」「人間の性はなぜ奇妙に進化したのか」と一緒に昨日よりKindle版が出されている.しかしなぜ電子書籍なのに上下巻を分けるのだろう?価格維持の都合だろうが,検索の便宜などを考えると是非改めて欲しいやり方だと思う.

銃・病原菌・鉄 上巻

銃・病原菌・鉄 上巻

銃・病原菌・鉄 下巻

銃・病原菌・鉄 下巻



西欧の自力救済容認的文化傾向についてはこの本が面白い.

決闘裁判―ヨーロッパ法精神の原風景 (講談社現代新書)

決闘裁判―ヨーロッパ法精神の原風景 (講談社現代新書)



 

*1:中央集権の有無についてはそれがなければ混乱してしまうというリバイアサンの議論が断片的に行われている.そして無い状態も収奪的制度としているようだ.しかしこれはわかりにくい.中央集権が無い無政府混乱状態と,中央集権的でかつ収奪的な制度を区別しておいた方がすっきりしただろう

*2:ダイアモンドとロビンソンの編集による「Natural Experiments of History」における寄稿では非常に丁寧に比較対照している.おそらく他の論文でも同じだろう.

*3:確かに薩摩閥,長州閥などに分かれていただろうが,それはたぶんちょっと異なるという印象だ.また後に第二次世界大戦前の日本については全体主義的で収奪的だったという記述もある.明治維新以降どこかで変わったという認識なのだろうか.おそらく元々この包括・収奪は相対的な概念だということだろうが,そのあたりもきちんと説明がないのがわかりにくいところだ.

*4:著者たちは本書の中でエジプトの今後には予断を許さないと書いているが,事態の推移は著者たちの懸念を裏付けているようだ

*5:とはいえ転換があり得ないほどの僥倖に恵まれないと生じないと読まれかねない書きぶりはややいきすぎの感もある.名誉革命フランス革命明治維新以外でも,すくなくともヴェネツィアで,韓国で,台湾で生じているのだから