「Risk Intelligence」 第8章 賭博に勝つにはどうすればいいか その1 

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)

Risk Intelligence: How to Live with Uncertainty (English Edition)


冒頭でエヴァンズはガリレオによる斜面に球を転がす実験に触れ,それは(摩擦などを無視できるようにして)本質を上手く取り出したところがいいのだと指摘し,不確実性下の意思決定におけるこのような単純モデルとしてはギャンブルが適しているとコメントしている.ギャンブルにおいては意思決定は単純化され,利得や確率は数理的に分析できるように定量化されている.実際に意思決定の科学そのものの起源はギャンブルの手の最適化問題にある.パスカルガリレオもこれを考察したし,ノイマンとモルゲンシュタインの「ゲームと経済的行動の理論」もゲーム理論の解説にポーカーを題材に使っている.


エヴァンズは,ノイマンゲーム理論の業績について合理的選択における厳密な数理理論であると位置づけ,それがギャンブルの分析に基礎をおいていることについて一部の人には受け入れがたいかもしれないとコメントしている,多くの人はギャンブルについて軽薄で罪深いと考えているからだ*1エヴァンズはしかしながらそれは意思決定理論を勉強するのにはもっとも有用な科学的ツールなのだと強調している.


その意思決定理論の核心は「期待効用」「期待値」という概念にある.ある賭けのあるベットについて,ベットのすべての結果(勝つ場合と負ける場合両方)の「利得値とその実現確率を掛け合わせたもの」を足し合わせると,そのベットを行うことについての「期待効用」が得られる.ギャンブルに勝つにはそれが正の値であるときのみ賭けを行えばいい.
(もちろん利得を賭け金と賞金だけに限定するのは,ギャンブラーにとって金額のみが問題で,リスクニュートラルであることが前提になる.どきどきしたいリスク選好的なギャンブラーにとってはマイナスの期待値がその気分を感じるコストとして見合えば,賭けることは合理的になる)


エヴァンズは期待値を常に考えることにより,ギャンブラーはより長期的な視点に立つことができ,熱くなって負けを取り戻そうとリスキーな手を打つという陥りやすい罠にはまることを防ぐことができると指摘している.これは理論の心理的効用というわけで本筋からは外れるがちょっと面白い指摘だ.
とはいえ本筋からいえば,普通の商業的なギャンブルはほとんど期待値がマイナスなので,(リスク選好的でない場合には)合理的選択はそもそも賭けには参加しないということになるだろう.*2


エヴァンズはこの手法の有効性を以下のようにまとめている.

日常生活における意思決定は,通常勝ち負けの形で規定されてはいない.しかしノイマンの理論の背景には非常に単純だが力強いアイデアがある.それは「すべての不確実性をともなう状況下での意思決定はギャンブルの形で表すことができる」というアイデアだ.結局ある局面での行動の選択肢が限られていて,そのうちいくつかの結果には不確実性があるとすれば,それはすべてギャンブルの形に定式化できる.もちろんそのためにはすべての結果に値段をつけなければならない.このことについて心理的な抵抗がある人も多いが,実際には多くの人は多くの局面で何らかの選択を行うたびに(無意識的に暗黙のうちに)予想される結果に値段を(通常は何らかの相対的な「効用」単位で)つけている.そしてその計算の出力は感情(あるいは価値観,好み)という形で現れる.問題をそれを量的に明示するかどうかだけなのだ.


エヴァンズはここではあまり深く説明せずに次節以降のケーススタディに入っている.
これに関して「命は金には換えられない」と主張する人も実は暗黙のうちに計算していることを示す有名な設例は,「自動車事故が生じた場合に死亡確率を5%下げる安全装置がいくらならそれを設置しますか」というものだ.これに無限の価格をつける人はいない.その人にとって命の価格は「上限価格/(想定する使用期間中の事故確率×5%)」と計算していることになる.


関連書籍


カードカウンティングの本

カードカウンティング入門 (カジノブックシリーズ)

カードカウンティング入門 (カジノブックシリーズ)

  • 作者: オラフ・ヴァンクラ博士,ケン・フクス,ライアン・モリス,田崎涼子
  • 出版社/メーカー: パンローリング
  • 発売日: 2011/12/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • 購入: 1人 クリック: 1回
  • この商品を含むブログ (2件) を見る


カードカウンティングを題材にした映画

*1:このあたりはキリスト教的な文化にかかる価値観だろう.日本では「罪深い」というよりも「下品」「堕落した」というイメージだろうか

*2:カジノにおける有名な例外がブラックジャックだ.これは既に場に出たカードの情報をすべて計算に入れ込むと時にプラスの期待値が生じる.これを利用した戦術が「カードカウンティング」で,カジノ側はカウンティングしているギャンブラーを見つけ次第つまみ出す.これを題材にした小説や映画もある.私としてはなぜカジノがブラックジャックを続けているのかに興味がある.大変人気があるギャンブルなので,検出およびつまみ出しコストを入れてもカジノ来場者数への効果などを加味すると続けた方が利益が大きいということなのだろう.