日本進化学会2013 TSUKUBA 参加日誌  その8 


大会第4日 午後


筑波には国立科学博物館の付属施設である筑波実験植物園があり,単に植物園があるだけでなく標本収蔵施設が併設されている.ということでその紹介を兼ねた公開講演会の企画となったようだ.


公開講演会 「自然史標本がつなぐ歴史と未来」


植物多様性を生かして活かす植物園の研究 奥山雄大


トップバッターは植物研究部の奥山雄大.
植物園における植物の多様性,それを生かした研究の様子などについて紹介したい.この植物園の特色を一言でいえば「多様性を知る,守る,伝える」ということ.研究し,保全に役立ち,そして教育啓蒙を行うものだ.そして研究と展示運営は一体となって行われている.


次にこの植物園の魅力

  1. ここでしかみられない植物がある:全コレクションは8000種,うち3000種を公開.レッドブック記載種の1/3が含まれ,絶滅危惧種も500種がある.ここで発見され記載された種もある.<例>世界最大の花序を持つショクダイオオコンニャク,ダーウィンが口吻の長い送粉者の存在を予言した長い距を持つラン,最古の被子植物,最小のランなど
  2. 植物以外の生物も観察できる:虫,鳥,キノコなど
  3. 1種1種の物語を展示している:開花動画,自然史の展示
  4. リアルタイムで新しいことがわかってくる興奮を企画展にできる


ここからはいくつかのトピックを紹介していた.

  • 奥山自身のリサーチであるチャルメルソウとキノコバエとコケの関係
  • 植物園内のキノコの多様性
  • 過去のキノコ標本を使った過去からの放射能物質の濃度推移のリサーチ
  • 新種の発見:アマミマツバボタン,過去オキナワマツバボタンと同一種とされていたものを同じ環境で育てて違いが出ることから別種と認定した例
  • 絶滅種の再導入:コシガヤホシクサは自生地で絶滅したが,絶滅原因を除去できた(水位の管理を地元と確認)ことから植物園の株を再導入.

自然史標本からわかること:標本を利用した研究例の紹介 佐藤崇


博物館は,自然史標本を集め,見せる施設というだけではなく研究機関でもある.

  • 標本とは生物などを保存可能にしたもの(再現性が重要)で,採集,購入,寄贈をうける,交換という方法で収集される.そして多く集めると変異・変化を調べることができる.これには採集データが付いていることが極めて重要になる.
  • 標本の役割:研究結果の保存,タイプ標本,研究材料,展示教育
  • 標本の種類:乾燥,液浸,毛皮,剥製,骨格,プレパレートなど多様
  • 収蔵施設には現在全部で410万点,階ごとに様々なものが収蔵されている.


研究例の紹介

  • ガゼルの剥製の毛皮から分子系統樹
  • 90年前のハクビシン,タイワンリスの毛皮からもDNA採取に成功
  • 別種とされていた深海魚3種(クジラウオ,ソコクジラウオ,トクビレイワシ)が実は同一種のメス,オス,幼体であったことを解明


標本・観察データのデータベース化:意義と利用 福田知子


自然史研究を進める上で標本は大変重要だ.そしてこれは多くの施設に様々なものが保管されている,これを横断的に使用できるようにするにはデータベース化が欠かせない.
現状では実際にある収蔵施設に何があるかは行ってみないとわからないことも多い.そこで現在デジタル化してデータベースを作る試みが進行中だ.


これにはいろいろな障害もある.かつて分類学者に必要なこととして「よい目と足を持つ,標本を多くみる,ある地方についてよく知る,ラテン語に堪能」に加えて「長寿である」があげられていた.そのような経歴を持つ分類学者はデータベース化について否定から入る人もいる.しかし標本は分類学者のためだけのものではない.そして実は分類学者にとっても便利なのだ.
具体的にどう行っているか.各館の公開データを利用するが,まずそれは自分で作ってもらわなければならない.現場では人手不足,資金不足で未整理の標本が大量にある場合もある.採集してきたら同定し,標本化し,配架し,ラベルに記入して,最後にデータベースに入力する.この過程のどこででも中断が生じうる.
またラベルまでできていても,形式はばらばらであることが多い.データベース化には形式の統一が欠かせない.そこで統一形式(ダーウィンコア形式)を決め,この支援ツールを作っている.データベース化できたものはサイエンスミュージーアムネット(S-Net)で検索できる.
さらに維持管理も必要だ.スペルミス,シノニムのチェックも重要になる.また絶滅危惧種の場合には(乱獲を避けるために)地名データを伏せるなどの作業も必要になる.


この後実際に検索を応用したリサーチ例などが紹介されていた.なかなか人手不足,資金不足の問題は重そうだ.


この後夕刻から植物園へのバックヤードツアーが企画されていた.是非参加したかったのだが,時間の都合が付かず断念した.今考えても残念だ.


というわけで本年の日本進化学会は終了だ.毎年のことだが,関連するいろいろな分野の発表を聞いていると頭がリフレッシュされるようで楽しい.事務局の皆様にはここで感謝の意を表したい.