「Sex Allocation」 第3章 血縁者間の相互作用1:協力と競争 その2

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


LRE,LRCの一般理論を解説した後,ウエストはLRE,LRCの個別の実証研究を紹介する.


3.3 局所資源強化 LRE


3.3.1 子育て協力を行う脊椎動物

3.3.1.1 種をまたがって観察される一般パターン

片方の性の子がよりヘルピングを行う脊椎動物は多い.初期のリサーチは全体性比に着目していた.しかしペンとウェイシングの仕事は全体性比の予測自体が大変難しいことを明らかにした.ウエストは「しかしこの点はなお見過ごされることが多い」と強調している.
本書を読んでいると,ある親にとってのESS戦略を解析する性比モデルが正しいとして,それがどのような全体性比を実現するかという議論が良く出てくる.これはすっきり解決されていない問題のようで,ウエストは各所でこの全体性比の予測問題を取り上げる.そして一旦それが気になってしまうと様々な議論やリサーチの粗が見えてしまうということなのだろう.

エストは全体性比が予測できないとしてどのようなリサーチがあり得るかを扱っている.
単一種の全体性比の予測が難しいとしても種間比較のリサーチは可能だ.まず(1)どのような場合に全体性比が予測可能で,データがそれを支持しているかを調べることができるし.また(2)種間に見られる性比の偏りが説明できるかどうか(ヘルピングの性差の大きい種の方がより性比がヘルパー制に歪んでいるかどうか)をリサーチすることもできる.

また特定ケースでの性比にかかる種間リサーチも可能だ.ヘルパーがいない巣の方が,ヘルパー性に偏るだろうという予測は多くの種の観察でテストされている.ウエストは表の形でリサーチを紹介している.観察が予測を支持しているリサーチもあればそうでないリサーチもある.
エストは,支持しないデータの理由について,性比調節にかかるコストとベネフィットが種によって異なる可能性を挙げている.例えばヘルパーが増えるとLRCが生じてしまうのかもしれない.Griffinet al. 2005をはじめとするいくつかのリサーチはその可能性を支持している.ウエストはこれにより「脊椎動物においてLREによる性比調節が一般則であるかどうか」という論争には決着がついたと評価している.

またこれ以外にも巣内ヘルパー数と性比調節の度合いが相関しない理由が考えられるが実証的なリサーチはなされていないとしている.例としては,ヘルパー効果の性差の大きさ,ヘルパーが増えると給餌効率が下がる可能性などが挙げられている.


3.3.1.2 驚くべきセイシェルムシクイ

これまでのところ最も有名なLREのリサーチはコモデールによるセイシェルムシクイに関するものだ.(Komodeur 1996ほか)ウエストはこのリサーチは重要ないくつかのポイントをカバーしているので,詳しく紹介したいとしている.

  • セイシェルムシクイはセイシェル諸島の固有種でなわばり制の鳥だ.配偶ペアは何年も同じテリトリーで子育てする.
  • 子は分散を遅らせて両親のヘルパーになる.そして娘の方が圧倒的によりとどまり,ヘルパーになりやすい.(これは鳥類の一般パターンの逆)
  • ヘルピングはなわばり防衛,巣作り,抱卵,巣の防衛,給餌と多岐にわたる.
  • 良いナワバリにはより餌が豊富でヘルパーがいることが有利になる.つまりより良いナワバリの方では,LREが強く,性比をメスに傾ける方が有利になる.逆に悪いナワバリでは希少な餌をヘルパーが食べることによるLRC状況となり,性比をオスに傾ける方が有利になる.
  • そしてデータはこの予想に衝撃的に良くフィットしている.
  • 良いテリトリーでも3羽以上のヘルパーがいるとLRC状況になる.そしてデータは良いテリトリーの配偶ペアはヘルパーが1羽以内なら大きく性比をメスに傾けるが,2羽になると大きくオスに傾けることを示している.
  • また悪いテリトリーから良いテリトリーにスイッチさせる実験では.配偶ペアは性比をオスからメスに大きく傾け直した.
  • 別の実験では,良いテリトリーの2羽のヘルパーのうち1羽を除いた.すると配偶ペアは性比を大きくオスからメスに変更した.

このリサーチの発表時には,染色体による性決定を行っている鳥類が,実際には性比調節可能だということで大きな話題になった.

  • コモデールはさらに,様々な状況下において,息子をつくることと娘をつくることの適応度への影響の差異も評価している.そして,悪いテリトリーでは適応度影響に差が無いこと,良いテリトリーでは娘の影響がはるかに大きいこと(LRE),メスの方がテリトリーの質の向上によって子孫の繁殖成功が大きく上昇すること(これは性比調節には環境条件による子の質への影響も効いている可能性を意味する)を示している.
  • さらに子の入れ替え実験も行っているが,サンプルサイズの小ささもあって統計的な有意差は得られていない.

エストはこのリサーチについてLREの存在を実証したことに加えて以下の点を評価している.

  • 脊椎動物による性比調節の最も明確な例を示している
  • 第1卵と第2卵にギャップがないので性調節のメカニズムは排卵前に効いていることを示している
  • 複数の淘汰圧(LRE,LRC,環境条件の子の質に与える影響)が同時に効いていることを示している
  • 自然状況の個体群における性比理論の前提条件を吟味した例外的なリサーチになっている.特に性比の分散についてそれが適応的であることを明瞭に示している.
  • 観察された性比の傾きが大きいのもこのリサーチの優れた点だ.


教科書で要点が引用されている有名なリサーチだが,詳細はさらに衝撃的だ.なおギャップと排卵前メカニズムのところは良く理解できなかった.ウエストは次に無脊椎動物のリサーチを紹介する.