「Sex Allocation」 第3章 血縁者間の相互作用1:協力と競争 その1

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


血縁個体が競争したり協力したりすると,性比は歪む.これまでこの効果があると示唆されている動物群は広く,鳥類,哺乳類,爬虫類,昆虫類,カイガラムシ,植物などが含まれる.
エストは,これまでのリサーチは,繁殖集団全体の性比にのみ着目し,かつ性比の歪みのみ示しその背後の適応度利益を明示していない(競争や協力は仮定されているだけで実証されていない)とコメントしている.また一部の特殊なシステムにおいては,いいモデルが得られていないそうだ.


3.1 導入

エストは,フィッシャーの前提の1つは血縁個体が競争も協力もしないことだとし,これが満たされない状況を競争と協力として大きく2つに分けている.血縁個体間で競争が生じるものは LRC : Local Resource Competetion(局所資源競争),協力が生じるものはLRE : Local Resource Enhancement(局所資源強化)と呼ぶ

LRCでは血縁間でより競争を行う性の子を減らす方向で性比が調整される.これはハミルトンによって最初に議論された.LMC(局所配偶競争)はLRCの一形態ということになる.なおLMCについては多数の深いリサーチがあるので第4章と第5章で独立して扱う.
LREは逆に血縁個体間で協力が生じる場合には,より協力する性の子を増やす方向で性比が調整されるものだ.これを最初に議論したのはトリヴァースだとされている.


3.2 基本理論


3.2.1 一般的モデル

LRCとLREを統一した1つのモデルに組み込んだのはテイラー(Taylor 1981)だ.

  • 世代重複のない二倍体生物を考える
  • 母親の適応度は,娘の個体数とその平均繁殖価を乗じたものと息子の個体数とその平均繁殖価を乗じたものの合計として計算できる.
  • 繁殖価は将来世代への遺伝的貢献として計算できる.
  • すると子孫間の協力や競争はその遺伝的貢献に影響を与え,その与え方は性比により変わる.
  • 例えば娘同士で競争があるなら娘の平均繁殖成功は娘数と逆相関になる.これにより淘汰圧は競争緩和のために息子への投資を増やす方向に働く.
  • ESSはこのような相互作用とフィッシャー的な頻度依存淘汰の影響を受けて決まる.
  • 以上のモデルは世代重複の場合(霊長類の娘が母に助けられる,あるいは鳥のオスの子がよりヘルパーになりやすいなど)に拡張できる.また半倍数体生物(血縁度が息子と娘で非対称になる)にも拡張できる.
  • またLRE, LRCによる性比の歪みは,繁殖集団内での構造(サブ集団やデーム)に依存しない.この結果についてはクリアーなモデルがあり,マルチ次元のジオグラフィック構造の中で分散距離に応じて協力の程度が変わるとするとグループなしに性比が歪むことが示されている(Bulmer and Taylor 1980).この結果を一般化すると,分散に性比があり,競争が分散距離が大きいほど減る場合には,より分散する方の性へ投資が歪むことになる.


最後の部分はマルチレベル淘汰主義者との論争にかかるものだろう.もっとも強固なマルチレベル淘汰主義者は血縁の2個体の相互作用についてその2個体をグループとして扱うだろうから,論争の火種はこれによってなくなるわけではないのだろう.


3.2.1 分離性比

エストはここからちょっと面白い問題を取り上げている.それはLREやLRCが,集団内で分離性比を成立させるかどうかという問題だ.なお分離性比(split sex ratio)とは,集団内で,一部個体はメスのみ,一部個体はオスのみに投資するという状態のことを指す.最初にこれを理論的に考察したのはトロだ.(Toro 1982)
トロの議論は以下のようなものだ.

  • ある性の子が兄弟姉妹(以下兄弟と略す)を助けるとする.するとそれには,兄弟の性にかかわらず助ける.自分と同じ性の兄弟を助ける,自分と異なる性の兄弟を助けるなどの可能性がある.
  • 両方の性の兄弟を助けたり,自分と異なる性の子を助ける場合には,すべての個体がそのような助ける性の子により投資するようにLREが働くだろう.
  • しかし同じ性に投資する場合(ここでは娘が自分の姉妹のみを助けるとする),娘の一匹あたりの適応度は兄弟の性比がメスに偏れば偏る方が高くなる.すると親は一旦娘に投資するなら,自分の子はすべて娘にする方が有利になる.そして息子を作る親は全部息子にした方が有利になるだろう.これは娘のみ持つ親,息子のみ持つ親による分離性比を進化させるだろう.

エストは,この場合さらに「同じ個体がbroodごとに全部オスにしたりメスにしたりする」か「一部の個体は常にメス,一部の個体は常にオスを作るようになる」かを議論している.ウエストは自分の予想として,安定化淘汰が働いて前者になるのではないかとしている.面白そうなところだが,なぜ,どのような安定化淘汰がかかるのかについてウエストは詳細を説明してくれていない.

またLRCのときには異なる性の兄弟とのみ競争する場合に分離性比が可能になる.これはあまり生じそうもない気もするが,ウエストは局所的資源について片方の性が資源獲得において常に有利であるような場合に可能だろうとしている.(なおこれは,血縁度の非対称と合わせて第8章で扱われる)


3.2.3 特定の例への当てはめ:LREと協力的子育て

一般的な理論は簡単だが,実際の例に当てはめるのは難しいとウエストはコメントしている.特に,しばしば全体性比を予測するよりも,個別の家族の性比が多様であることを予測する方が簡単だったりするそうだ.ここではそれを最もよく理解された例(子供による営巣へのヘルパー行為)を用いて示す.


多くの子育て投資を行う脊椎動物で,ヘルパーには性の偏りがあることが知られている.鳥類では通常オスの子がヘルパーになりやすい.哺乳類では傾向は逆だ.(そして多くの場合分散距離はヘルパーにならない性の方が大きい)
このような場合の全体性比,そして個別のbroodでの性比がどうなるかについてはペンとウェイシングによる一般モデルがある.(Pen and Weissing 2000)

  • ESS性比の予測は,すべてのメスが同じ性比で子を産むか(固定的な性比がプログラミングされているか),そうでないか(条件付きで可変になっているか)により異なる.
  • 前者であれば,ESS性比 s* はヘルパーになりやすい性の方に偏る.この場合のs*は以下のようになる.(ただしヘルパーの親対比の子育て効果をb, 巣内での平均ヘルパー数をh(上線付き)とする.添えつけ文字m, fはオス,メスを表す)


  • 後者の場合にはどうなるか.ここでヘルパーによる効果が個体により異なり(例えば良いテリトリーではヘルパーの生産性が上がる,巣内ヘルパー数が増えると1ヘルパーあたりの生産性が下がるなど),親はそれにより性比を調整できるとする.すると良いテリトリーあるいはヘルパー数が少ない親はよりヘルパー性に多く投資するだろう.
  • このケースでは,繁殖集団全体での性比の予測は難しい.そもそも全体でヘルパー性に偏るかどうかすら予測できない場合がある.たとえばさらにクラッチサイズに合わせて性比を調整できるような場合には,(双方の性の生活史に応じて)どちら方向にも全体性比は偏りうる.このような条件の詳細を量的に評価することは難しい.またさらにヘルピングが血縁度に応じて可変かどうかなどの複雑性を増やす状況も考え得る.

最後のところはなかなか難しい.数理モデルの面白いところでもあるだろう.