「Sex Allocation」 第3章 血縁者間の相互作用1:協力と競争 その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


LRCの解説,いよいよ社会性昆虫だ.


3.4.5 社会性昆虫におけるLRC


社会性昆虫で,血縁女王同士,あるいはコロニー同士が競争するとLRCが生じる.これは分封(colony fission)や巣分かれ(budding)が生じる場合に最も起こりやすい.分封は,一回交尾女王由来のコロニーが二つに分裂し,それぞれのコロニーを姉妹女王,あるいは新旧女王が率いる形で生じるもので,ミツバチ,グンタイアリ,ハリナシバチなどで見られる.巣分かれは既に交尾したメスが少数のワーカーを連れて独立するもので,通常は元コロニーの近くに居着く.巣分かれには,それぞれ独立したコロニーになる場合(monodomy)と分かれた後もワーカーが相互に出入りする場合(polydomy)があるそうだ.


3.4.5.1 分封


分封は,女王同士の間に強いLRCをもたらすので,極端にオスに傾いた性配分になると考えられる.分かれる群れにはそれを率いるに足るだけ,つまり1匹の女王がいれば良く,それ以上の女王はリソースの無駄になるからだ.実際に分封のあるミツバチ,ハリナシバチ,グンタイアリ,一部のハリアリではオスに傾いた性比が観察されている.あるグンタイアリの観察された性比は0.998だそうだ.

ハミルトンは最初このようなオスに傾いた性比は,ワーカーのメス生産をカウントしてフィッシャーの等投資で説明できるのではないかと考えた.しかしバルマーはそれはLRCで説明すべきだと主張した.(Bulmer 1983)

エストは以下コメントしている.

  • このような観察された性比はLRC理論と整合的だが,実際に量的な予測をするのは,多くの要因に依存していて難しい
  • リソースのワーカーと繁殖虫への配分,分封した際にどのようにワーカーが分かれるか(年齢差があるかなど),ワーカーと女王のコンフリクトがどのように解決されているか,コロニーサイズと生存率の関係,オスの適応度,元コロニーへの投資をどこまで繁殖投資と捉えるかなどの要因は量的な把握が難しい.
  • 実証する一つの方法は比較法だろう.


3.4.5.2 巣分かれ,ポリドミー,そしてコンスタントメス仮説


巣分かれによる娘コロニーは通常元コロニーのそばにとどまる.ワーカーの配分を巡る競争と周辺地域のリソースを巡る競争がLRCを引き起こすと考えられる.実際に巣分かれを起こす社会性昆虫でもオスに傾いた性比が観察されている.

エストは,このような巣分かれは局所条件に合わせた性比調節も引き起こすだろうと指摘している.もしあるコロニーが巣分かれし,別の近隣コロニーが巣分かれしないとすると,巣分かれしたコロニーは性比をよりオスに傾け,そうでないコロニーはメスに傾ける方が有利になる.そして実際にそれが報告されているアリが2種あるそうだ.ウエストはしかしどちらの観察例もほかの仮説(交尾回数によるコロニー内血縁度の違いなど)を排除できていないとコメントしている.

またコロニー内に複数女王が存在する種(polygyny)において,その女王の地位が娘に引き継がれやすければ,やはりLRCによってオスに傾いた性配分が有利になるだろうとも指摘している.これはコロニーにネストが1つしかない場合(monodomy)でも多数あってワーカーが相互に行き来できる場合(polydomy)でも生じる.

エストはこのようなLRCの強さがコロニー間で異なれば,これは分離性比をもたらすはずだと説明している.例えばコロニー内の女王数が異なれば,それは異なるLRC強度をもたらす.ブラウンとケラーは,女王数に応じてLRCが生じ性比が調整されるという仮説を「女王補充仮説」と名づけてFormica exsectaというアリでリサーチしている(Brown and Keller 2000, 2002, 2006).

  • 女王数の多いコロニーの方が性比はオスに傾いていた
  • この差は,血縁度の非対称だけでは説明できない
  • 同じ女王数のコロニー間比較では,より女王一匹あたりの繁殖率が低いコロニーの方が性比はよりオスに傾いていた
  • (他の条件が同じなら)主要な餌場に近いコロニーの方がより性比はメスに傾いていた
  • 実験的に女王数を操作すると,仮説の予測通りの性比影響が生じた

なかなか徹底的なリサーチだ.


フランクはLRCが局所条件に合わせた性比調節を生みだす別の方法を指摘した(Frank 1987, 1998).

  • もしメス間にLRCがあって,コロニー生産量に違いがあれば,より生産量の大きなコロニーではより性比をオスに傾ける戦略がESSとなる.
  • そしてすべてのコロニーがある一定の最低限量以上の生産量を持つなら,ESSはある一定量をメスに投資し,残りをオスに投資するというものになる.(これはコンスタントメス仮説と呼ばれる.これは第5章で扱うLMC下でのコンスタントオス仮説に似たものだ)

エストは,前者の支持データはいくつか報告されているが,後者のコンスタントメス仮設については定性的支持データはあるが,定量的支持データは得られていないと紹介し,後者はコロニー間の血縁度が非対称なためかもしれないとコメントしている.

エストはこれらの巣分かれやポリドミーなどのケースでは,いくつかの要因によってLRCによる定量的な性比予測が難しいと指摘している.

  • 定量的な予測はLRC効果の個別の強度や,生物学的な詳細に依存する.
  • 巣分かれ,ポリドミーなどにおいてはLMCも生じる
  • 巣分かれ,ポリドミーなどの態様がコロニー間で一様ではない.
  • 女王とワーカーに性配分を巡るコンフリクトがある
  • データは個体群や年度によって性配分が異なっていることがあることを示しており,それがLRC効果の差だけで説明できない可能性がある.
  • 多くの仮説が排他的でなく,同じ現象を予測する.


膜翅目の社会性昆虫は半倍数体であって性調節が容易なので面白いテストケースになるが,様々な要因が絡むのでクリアーな予測が難しいことがわかる.なかなかこのあたりの記述は深い.