「Sex Allocation」 第5章 血縁者間の相互作用3:拡張局所配偶競争(LMC)理論 その10

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


ここからは性比が狙い通りに実現するとは限らず確率的に分布する場合の拡張になる.


5.10 分散と正確性


もしある性質が最適値を持っているとすると,そこから外れると適応度が下がる.だから自然淘汰はその値を安定させるように働く.これはLMCにおいても当てはまる.ここでウエストは産卵数10でN=1の場合を考察している.

  • この場合最適性比は0.1で,オス1匹,メス9匹を産むことになる.
  • ここで1個の卵ごとに確率的に性比0.1で産卵することしかできないとすると,全ブラッドの性比は二項分布をする.この場合そのブラッドは確率35%でオス0匹となる.
  • 受精保険を行って最適戦略を求めると,最適な性比確率は0.23程度になり,全ブラッドの平均交尾メスは7.0匹程度になる.
  • すると正確に性比を実現できるメス(確実に産み分けられるメス)は二項分布確率メスよりも29%も適応度が上がることになる.

グリーンはこの考察をさらに進め,N=1,産卵数は10から20,オスの致死率を0から75%で組み入れたモデルを構築した.(Green et al. 1982)その結果,確実産み分けメスの二項分布確率メスに対する有利性は5〜30%だった.ウエストはこの有利性のばらつき要因をさらに説明している.

  • 産卵数が小さい方が確実産み分けメスが有利になる
  • オスの致死率が低い方が確実産み分けメスが有利になる
  • Nが小さい方が確実産み分けメスが有利になる
  • 基本的にN=1であることが多い場合も,実際にN=1である頻度が高いほど確実産み分けメスの有利性は高い.


Nが小さくLMCが強い多くの生物種で実際に正確性比(定義:二項分布より有意に分散が小さい)が観察されている,寄生バチ,イチジクコバチ,ダニ,アブラムシ,社会性クモなどだ.N=1であることが通常で,産卵数も小さなアリガタバチの仲間は特に注目を集めており,正確性比の報告例が多い.

種間における正確性比の強度(二項分布に比べての分散の少なさ)は,16種のイチジクコバチで調べられた.そしてそれはN=1になる頻度と相関していた.産卵数とも予想通りに相関していた.(ただし産卵数はかなり大きかったのであまり違いがなく,有意性はぎりぎりだった)致死率とは相関がえられなかった.
エストはこの分野についてはなおリサーチの余地が大きく,種内でNが異なる場合のリサーチは有望だろうとコメントしている.
一部の種ではこのような相関が得られていない.特に一部のイチジクコバチでは分散が二項分布より大きくなっていて,その理由はわかっていない.ウエストは,(1)何らかの別の要因に反応して調節している,(2)データに隠蔽種のものが混入している,(3)致死率によるノイズ,などの可能性を指摘している.


半倍数体であれば,確実産み分けによるな正確な性比調節は簡単であるかのように思っていたので,この節の記述はやや意外なものだった.何らかの至近的なメカニズムによる制約があるのだろうか.


5.11 それ以外の集団構造要因


多くの集団構造や,配偶構造が調べられている.これらはそもそものLMCの理解のため,また特定の生物の理解のためになされていることが多い.

  • LMCには兄弟姉妹間交尾がなくとも生じること,パッチ間の生産性の差が無くても生じることを説明するためのモデルがある.
  • ウィーレンは娘が交尾前にパッチ間に均一に分散するケースをモデル化し,ESS性比 s* が (N-1)/(2N-1) になることを示した.(Werren 1983)これは兄弟姉妹間交尾やパッチ間の生産性の差がメスに傾く性比にとって不要であることを示している.ただしハミルトン性比(N-1)/2Nよりはメスへの傾きが小さい.これは息子がより交尾機会を得られるメリットが含まれないためだ.
  • シャノフは交尾前の分散がなく,しかし兄弟交尾が排除されるケースをモデル化した.(Charnov 1982)その結果のESS性比は(N-2)/(2N-3)となった.これはハミルトン性比とウィーレン性比の中間値になる.これは息子にとって姉妹との交尾のメリットを除いたと同時に,姉妹を巡っての息子同士の競争コストも除いているからだと解釈できる.
  • スタブルフィールドとシーガーは兄弟姉妹間交尾が避けられる場合をモデル化した.(Stubblefield and Seger 1990)近親交配忌避があると性比はメスへの傾きが低くなる.

エストは実際に近親交配忌避が見られる寄生バチのリサーチを行ってみるのは面白いだろうとコメントしている.


5.12 確率性


パラメータに確率性があり,メスがそれについてアセスできない場合についてのモデルの拡張がいくつかなされている.

  • ハミルトンモデルが,パッチ内メスの数に確率性があるように拡張された場合,メス数の平均がNならばハミルトン性比(s*=(N-1)/2N)は維持される.

エストは,「これは実際にパッチあたりのメス数にばらつきがあって,それをメスがアセスしにくそうな送粉しないイチジクコバチには当てはまるだろう」とコメントしている.ウエストは特に解説していないが,確率性によって性比が影響を受けないという結論は半倍数体にも当てはまるのだろう.これがどんな分布であっても成り立つのかについても興味が持たれるが,特に触れられていない.

  • クラッチサイズに確率性がある場合,メスが周りの性比に対して性比調整をせずにすべてのメスが同じ性比を採るなら,ESS性比はハミルトン性比よりメスに傾く.これはクラッチサイズの分散は,それが大きな一部のメスの次世代への貢献を大きくし,それによるLMC強度が上がるからだと説明できる.シャノフはμとσ2クラッチサイズの平均と分散として以下の式を提示している.

上記の式をよく見るとσ2がゼロになるとハミルトン性比になることがわかる.同様な拡張は同時雌雄同体生物でもなされていて同様な結論が得られている.ウエストはこれらについて実証されたリサーチはないとコメントしている.


パッチ内メス数の確率性とクラッチサイズの確率性で性比に与える影響が異なるというのは,直感的にはなかなか得にくい結果であって興味深い.数理モデルの面白いところだろう.