Sex Allocation (Monographs in Population Biology)
- 作者: Stuart West
- 出版社/メーカー: Princeton University Press
- 発売日: 2009/10/18
- メディア: Kindle版
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6.4 偶蹄類の母の質
TW仮説の実証,寄生バチの次はTWのオリジナルな洞察対象である哺乳類の一群,偶蹄類だ.TW仮説が偶蹄目生物の性比を説明できるかどうかについては論争がある.ウエストはTWのオリジナルモデル,その実証,より一般化されたモデル,観察されるパターン,その多様性の説明という順で解説する.
6.4.1 基礎的なアイデアと初期のテスト
ウエストはまずトリヴァースとウィラードのオリジナルなアイデア(Trivers and Willard 1973)を確認する.これは哺乳類においてはオス間の配偶を巡る競争がより激しいために,リソースの限界効用はオスにおける方が高いという前提に基づく.
- メスの哺乳類は自分の状態に合わせて性比を調節すべきだ.
- 自分が良い状態ならオスを,悪い状態ならメスをより産む方が有利になる,
オリジナルの論文では偶蹄類がモデル(カリブー)や実証データ(ウシ,シカ,ブタ,ヒツジ)として登場している.またデータにはこのほかイヌ,ミンク,アザラシ,ヒトのものも添えられていた.
これらのデータはすぐに批判に晒された.そしてより詳細な分析を行うと,データはむしろ「性のランダム決定」と整合的だと主張された.(Myers 1978, Wiiliams 1979)ウエストは,トリヴァースさえも一時期「すべては幻であったのか」と疑ったというエピソードを紹介している.
ここはなかなか面白いところなので,ウエストの引くトリヴァースの反応の原文を読んでみた.これはトリヴァースの自撰論文集の各章にポストスクリプトとして採録されているエッセイだ.
最初の数年間に1〜2の支持論文,2〜3の反論論文が出た.この反論の1つはジョージ・ウィリアムズのものだ.ウィリアムズの議論は,「もし条件付き性比調節が行われているなら,性比分布は二項分布から外れるはずだが,検証してみると外れているとは言えない」というものだった.私は適応とそうでないものを厳格に峻別するウィリアムズを非常に尊敬していたので,もし間違いがあったとするなら,私は適応のないところに適応をみる「自然の過解釈」をしてしまっただろうと考え,居心地の悪い思いをすることになった.しかし一方でジョージの議論は弱いとも感じていた.全体では二項分布だが,条件と性比に相関がある性比の分布を想像することは難しくない.さらに彼の手法は小さな逸脱を見るためには非常に大きなサンプルサイズを必要とする弱い検定方法だった.またこのウィリアムズの論文のようにある現象を前もって囲い込んでおくようなやり方は,あまりいいやり方ではないとも感じていた.
とはいえウィリアムズの論文は私を立ち止まり考えさせた.そしてすべては幻であったのかと疑うときもあった.このような考えは1984年のクラットン=ブロックの論文によって良い方に打ち払われた.・・・
トリヴァースのような人でも尊敬する人からの批判には動揺することがわかって面白い.
そしてウエストはこのトリヴァースのエッセイにもあるようにクラットン=ブロックのアカシカのリサーチ紹介に進む.ウエストはこれを最初のTW仮説に対する強い支持証拠だと位置づけている.(Clutton-Brock et al. 1984, 1986)クラットン=ブロックは,アカシカのメスの条件は順位によって示されるとした場合に,性比はTW仮説が予測する方向に傾いていることを示したのだ.さらに彼等はTW仮説の3つの前提を検証している.
- 高順位のメスはよりしばしば繁殖し,より重い子を産む
- より良い条件の子はより良い条件の成獣に成長する.
- オスはメスよりも成長したときのサイズの大きさによって大きな利益を受ける.なぜならアカシカはポリジニーであり,大きなオスは非常に大きな繁殖成功が期待できるからだ.
ウエストは全般的にこのクラットン=ブロックの仕事はTW仮説をうまく検証したものだと評価している.
6.4.2 一般理論とトレンド
それ以降それ以外の偶蹄類について多くの追試がなされた.結果は分かれた.TW仮説を支持するもの,順位と性比に相関はないとするもの,TW仮説と逆の相関を示したものがそれぞれある.同じ種の動物を用いたリサーチでも異なる結果が報告された.ここでは一覧表が添付されている.
ウエストは重要なポイントとして「TW仮説は両方の方向の傾きを説明できる」ことだとしている.それは母の質が次世代に引き継がれるときに複数のルートがあるからだ.子供の質経由以外にも,地位やナワバリ経由で引き継がれる場合がある.そしてルートによって性比の傾き予測方向が異なる場合があるのだ.*1結果的に性比の傾き方向はルートの重要性に依存することになる.さらにLRCが同時に効くという複雑性もある(なおLRCは3.4.2で扱ったのでここでは繰り返さないとしている)
ライマーはこれらの要因間を比較するときには繁殖成功ではなく繁殖価を見なければならないことを示した.(Leimar 1996)ここで繁殖成功というのは実測された子孫の数で計測されるものを指し,繁殖価というのはその子孫の質まで考慮したもの(孫の数で計測されることが多い.正式には将来の遺伝子プールに対する寄与度で定義される)をいう.これは母から子に質が受け渡されるときに異なってくる.例えば質の高い母は娘の質を高めるが,息子は平均レベルだとすると,娘を産む方が孫数が多くなる.結局この要因間の強弱は性淘汰の強さと母の質の伝達強度の性差で決まることになる.
ここでウエストは一般的な結論はあるのかを議論する.ウエスト自身の2004年のメタアナリシスによると偶蹄目全体では質の高いメスはより息子を産む傾向がある.また全体で見るとその傾向は弱いが,データがしっかりしたものほど強くでている.ウエストは,これらの結果は,「偶蹄目のTW効果は,平均的に見ると『性淘汰の影響』の方が『母の質の娘への伝達影響』より強い」ことを示唆しており,TWのオリジナルな予測は偶蹄目については当てはまっていると言えるが,それは順位の継承などの母の質の娘への影響がそれほど強くなかったという偶然によるものでもあるとコメントしている.
カリバチではスクランブル交尾で性淘汰の影響がないから娘の大きさのみが繁殖価に効いたということだが,偶蹄目では性淘汰は質の高い息子を大きく有利にし,母の質の継承は順位制やナワバリの質などにより娘を選択的に有利にしてしまうために,性投資調節にかかる力学は複雑になるだということなのだろう.ウエストはこの後実証分析の具体例に進む.
6.4.3 種間の多様性:データの質なのか,それとも興味深い生物学的実態か
ここでウエストは先ほどほのめかした,メタアナリシスに現れるデータの質と性比調節強度の相関の問題を取り上げる.(Sheldon and West 2004)順位行動や母の質についての観察をきちんとベースにおいているリサーチの方が(単に身体の大きさで質を測っているようなリサーチに比べて)質の高い母がより息子を産む傾向を示している.また母の質を妊娠前に測っているかどうかも重要だ.
ウエストは,身体の大きさで質を測ること,妊娠後の計測の問題点を挙げている.
- 結局重要なのは将来的なリソースへのアクセスであり,それは身体の大きさより順位行動の方がより正確に示すだろう
- 将来的なリソースへのアクセスと身体の大きさは逆相関しうる.例えば脂肪の蓄積にコストがかかる場合など
- 身体の大きさの計測は1回限りになりがちだが,順位行動の観測はある程度継続的に行われる
- 身体の大きさを用いるリサーチはしばしば複数の個体群の個体をデータに入れ込んでいるが,様々なパラメータが個体群ごとに異なっている可能性が大きい.
- 妊娠期間に入ると,どちらの性の子を妊娠しているかによって順位や体調に変化が生じる可能性がある.実際に多くの偶蹄目動物は息子を妊娠している方がよりリソースを必要とする.
このあたりはフィールドの詳細と実証のあり方が問題になってくるところで興味深い.
ウエストはまた実際の淘汰圧によって種間の多様性が生じることも説明している.メタアナリシスは性的二型の大きさと性比調節の傾きに相関があることを示している.性的二型が大きいとより性淘汰圧が高くTW効果はより質の高いメスが息子を産むことを予想するが,それと整合的だ.これは哺乳類や鳥類でも見られる傾向だ.
別の要因は母の質の娘への継承強度だ.アカシカでも母娘間の順位に相関はあるが弱いのであまり性比調節に影響を与えてなく,性比調節はオリジナルのTWの予想通りになっている.しかしケープヤマシマウマでは順位継承が非常に強固で娘のみが恩恵を受ける.そして実際に理論予測通りに(より良い観察ベースのリサーチでも)質の高い母の性比はメスに傾いているのだ.おそらくアカシカとケープヤマシマウマは連続するスペクトラムの両極端で,中間には多くの種がそれぞれの要因強度比を持っているのだろう.これらの2要因の比較を種間で行えば面白いリサーチになるだろう.
別の可能な要因は,妊娠期間中の栄養状態によって性決定が影響される可能性だ.クルークは,アカシカでも個体密度が高くなると母の質と性比の相関はなくなるということを報告している.クラークは妊娠期間中にストレスが高いとより息子を流産しやすくなるのではないかと推測している.
しかし何故「単に全体の性比が下がり,母の質と性比の相関が残る』ということにならずに,すべてのメスが同じような性比になってしまうのかは説明できない.これは例えば母の質が高いほど流産率が高いなどの状況がないと生じないはずで,ウエストはあまり生じそうもないとコメントしている.
ウエストは将来のリサーチは単に性比調節のパターンを見るだけでなく,その前提条件,特に繁殖価をよく調べるべきだとしている.
- 例えば質の高い母の子は質が高くなることはよく調べられているが,その子が成熟した後も本当に質が高いのかについてのデータは乏しい.
- また孫の質についてもアセスすべきだ.そしてそれがより将来の良い比較リサーチの基礎になる.
- もうひとつ調べるべきものに着床前の胎児の致死率がある.これで種間多様性の一部を説明できる可能性がある.(至近メカニズム的な制約ということだろうか,ちょっとよくわからないところだ)
実証リサーチの結果がまちまちなので,これをどう解釈するかというのは大変興味深い問題になるということなのだろう.ウエストは自身でメタアナリシスをしていることもあって,熱っぽく語っている.
関連書籍
トリヴァースの自撰論文集,本人によるエッセイ付き.このTW論文のエッセイでは他にも面白いところがある.学生であったウィラードがこのオリジナルなアイデアを思いついて,それに触発されたトリヴァースが論文にまとめる.ウィラードに「自分を共著者にして欲しい」と主張されたときのトリヴァースの正直な述懐が面白い.
- 作者: Robert L. Trivers
- 出版社/メーカー: Oxford University Press
- 発売日: 2002/09/05
- メディア: ペーパーバック
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