「Sex Allocation」 第6章 条件付き性投資1:基本的なシナリオ その4

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


TWのオリジナル予測である母の質にかかる条件依存性投資調節.偶蹄目以外の生物でももちろん報告されている.


6.5 偶蹄目以外での母の質と関連要因


TW型の「母の質に依存する性比調節」は様々な生物で調べられている,ウエストは論文をずらずらっと並べているが,鳥類のものが非常に多く,その他昆虫類,ヒト,植物あたりのリサーチが多いようだ.
また母の質以外の要因も様々に調べられている.ウエストはこのエリアでは鳥類のリサーチが最近突出して多く,調べられている要因には,産卵順序,産卵日付,シーズンの中の何回目の繁殖か,卵サイズ,クラッチサイズ,降水量,年齢,ナワバリの質,餌の入手容易さ,ハレムでの地位,配偶状態(mating status),ペアボンドの期間,ホスト種,ヘルパー数,季節,年などがあると紹介している.


エストはこれらのリサーチを眺めた結果,基本的なポイントは「条件付き性比調節があるかどうか,あるとしたらどちらに傾くかについてのアプリオリな予測はできない」ということだとまとめている.またリサーチにおいてある動物種で条件と性比の相関を見るだけでは条件付き性比調節があるとは結論できず,きちんと条件と適応度の性差との関連を調べる必要があると強調している.ウエストはこのあたりは偶蹄目の場合と同じなので繰り返さず,その他の一般的な問題を取り上げるとしている.


<良いリサーチの例:卵の産卵順序>
エストは,ネイガーのカモメのリサーチはきちんと性比パターンと適応度を調べているとして紹介している.(Naiger et al. 1999)

  • ネイガーはカモメの巣から卵を取り去り続けることで母の質を実験的に操作した.卵を多く取り去られた母カモメは必要以上の産卵を強いられることでコストをかけられ,卵の質が下がる.また対照群は卵を取り去った上で追加的な餌を与えることで卵の質を下げないように工夫された.
  • 質を下げられた場合,卵の大きさは産卵順が下がるにつれて小さくなり,生まれたヒナの致死率はメスは同じだったがオスは上昇した.この結果質を下げられたカモメの巣立ちビナの性比はメスに傾いた.追加の餌を与えられた場合にはオスの致死率の上昇を生じず性比は不変だった.


エストはよいリサーチだと評価しているようだが,このリサーチはよくわからない.そもそも何故卵の質が下がったのにメスのヒナの致死率は上がらないのだろう?そしてこれは性比調節と呼べるのだろうか?息子の方が母の質が低いときに死にやすいので繁殖成功が低いという趣旨のようだが,それ自体が調整メカニズムになっているので,単に偶然のようにも思われるところだ.(あるいは息子のヒナを死にやすくすること自体が調節だというのだろうか.それはあまりにコストのかかる調整方法であり,到底適応的とは思えない)


エストはもうひとつバドエフのメキシコマシコ(ハウスフィンチ)のリサーチも紹介している.(Badyaevet al. 2001)

  • バドエフは2つの個体群のフィンチで産卵順序が幼鳥の生存に与える影響を調べた.
  • その結果個体群によりオスとメスの生存率の相対有利性が異なっている(別の性別の淘汰圧にさらされている)ことを見つけた.
  • そして母フィンチはその個別の淘汰圧に合わせて性比を調節していた.具体的にはモンタナの個体群では母は第1卵ではほとんどメスを産んでいたが,アラバマ個体群では第1卵はほとんどオスだった.
  • 淘汰圧の詳細はわかっていない.しかしこの2個体群はごく最近(20〜30年前)に分かれたものであることを踏まえるとこの違いは印象的だ.

エストはこのリサーチの結果は,同一種であってもアプリオリに性比の傾き方向を予測することができないし,種が違えばなおさらそうであることを示していると評している.


わからないとされている淘汰圧の違いには大変興味が持たれるところだ.モンタナとアラバマは緯度や気候が随分異なるが,何がどう効いているのだろう.


<繁殖価全体を調べることの重要性>
エストは,繁殖価の計測がこの問題のリサーチのキモであり,前述のリサーチですらその一部を計測したに過ぎないと警告する.ネイガーやバドエフは息子や娘の致死率を計測していて,それは繁殖価の大きな部分だが,それ以外の要因により繁殖価は複雑に影響を受ける.そしていくつかの要因を挙げている

  • 息子や娘の質
  • 母の質の遺伝以外による継承


<予測ができる場合>
交絡要因が同じ方向にそろえば性比調節の予測が可能になる.ウエストはそれが生じそうな例を3つあげている

  • クモザルやチンパンジーのようにメスが分散する哺乳類:この場合には母の地位の娘への遺伝外の継承は生じにくいだろう.すると質の高い母はオスをより産むと予測できる.
  • トウゾクカモメなど性的二型でメスが大きい鳥類:この場合には母の地位の継承がなくても質の高いメスがよりメスを産むことが予想されるので,継承があっても予測方向は同じになる.ニシセグロカモメのリサーチもこれに含まれると解釈できる.
  • ヒト:ヒト社会では財産が父から息子に受け継がれる傾向があるなら,富裕な家庭の母はより息子を産むと予測できる.ただし生まれ順による交絡はあり得る.


エストは最後にこうまとめている.

  • このエリアでの将来のリサーチの余地は大きい.
  • 繁殖成功を見たリサーチはあっても繁殖価まできちんと計測したリサーチはない.
  • メタアナリシスにも大きな余地がある.特に鳥類の豊富なリサーチのメタアナリシスがなされていない.有望な論点としては鳥類の母の質,鳥類の産卵順序,ヒトの地位などがある.
  • メタアナリシスでは,ある分類群について種間でどれほど結果がばらつくかという論点も加えることができる.例えば母の質が継承されかつ性的二型にばらつきがある分類群では性比方向がばらつくことが予想できる.


エストの説明は微に入り細に入り詳細を極めているが,要するに哺乳類や鳥類の母の質が問題になるTW効果については,母の質が高いときに息子が有利になる状況と娘が有利になる状況がそれぞれあって,どちらが繁殖価が高いのかが実測できなければTW効果の方向が予測できないということなのだろう.性比の実測はできるので,繁殖価の方を何とかすれば実りあるリサーチの余地は大変大きいということになるわけだ.

またここで興味深いのはヒトにかかるリサーチの状況だが,ウエストは既存のリサーチの結果についてのコメントを行ってくれていない.「アメリカの歴代大統領には息子が多い」とかいくつかのアネクドータルなイメージの歴史的なリサーチがあったり,現代社会におけるリサーチで多数のサンプルで極めて弱い相関をようやく有意にできたものがあると聞いたことはあるが,あまり教科書や(本書を含む)総説書で取り上げられないところを見ると,明確な方向性は出ていないのだろう.




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