日本進化学会2014 参加日誌 その1 


2014年の日本進化学会は,大阪高槻市の高槻現代劇場で8月21日から24日までの4日間開催された.直前の西日本の大量降雨の波は収まり,やや蒸し暑い中での開催.会場となった高槻現代劇場というのは昔風でいう市民ホールのような場所で,大ホール,中ホールでコンサートが開催可能で,その他多数のホールが併設されている.また高槻にはJT生命誌研究館があり,今回は同館の全面的な協力の下に開催されているようだ.高槻にはあまり地理感もなく,梅田からも四条烏丸からもちょうど20分ぐらいということで,今回は少し前入りして京都に宿を取って参加することととした.




なおいつもの通り発表者のみ示し敬称は略させていただく.


大会初日 8月21日


初日は午後からスタート.最初は「適応進化の視点から高次の生態学的動態を再考する」というワークショップに参加


適応進化の視点から高次の生態学的動態を再考する


はじめに 高橋佑磨

最初にオーガナイザーの高橋より趣旨説明.進化の研究は基本的に遺伝子頻度の増減を取り扱うものだが,生態系の中では個体群が集団規模を増減させている.この個体群の増殖率や生存確率を「集団適応度」として捉えると,適応の中には,個体適応度と集団適応度の方向が一致するものだけでなく,性淘汰やアームレースやコンフリクトなどで相反することがある.すると,小進化が個体群の動態に影響を与え,それが種間相互作用にはね,種間競争や群集動態を通じて大進化に影響を与えるという重層的なとらえ方をすることができるのではないかと考えている.そういう視点からのワークショップにしたいということだった.


個体群内での遺伝子頻度の増減と,個体群のポピュレーションの増減を同時に取り扱おうとしたのは,私が知る限りでは,ハミルトンの有性生殖の短期的有利性をパラサイト耐性から説明しようとしたものが嚆矢で,一般的にはカオス系になりやすいモデルになるが,どんな講演が聴けるかはなかなか楽しみだ.




「裏切り・絶滅・種分化:社会進化のeco-evolutionary feedback研究に向けて」 土畑重人


社会性昆虫のコロニー内の対立について,裏切り集団と協力集団の拮抗的な共進化と捉えて,個体群動態と遺伝子頻度が相互に影響をあたえあうeco-evolutionary feedbackとして記述するという試み.
具体的にはアミメアリ(メスのみですべてワーカー,ワーカーが単為生殖を行って増えていく)の複数コロニー間の競争とコロニー内の通常型(協力型)と女王型(裏切り型)の拮抗を考える.女王型はより繁殖するのでコロニー内では有利になるが,増えると産卵に特化して働かないので,コロニーとしては生産力が減少してコロニー間競争で不利になることが予想される.実際に実験して調べると,女王型が増えるとコロニーは生存率も産仔数も減少する.ここで数理モデルを組んで動態を見る.実験で見られた数値に近くなるようにパラメータをおくと実際に集団レベルでの淘汰圧の方が大きくなって,女王型が侵入したコロニーは速やかに絶滅し,それ以外のコロニーがそこを埋めていくようになる.
しかし野外観察では女王型は死滅しない.これは一部コロニー間の識別バリアをかいくぐって少数の女王型個体がコロニー間の水平移動に成功しているからだと考えられる.これは一種の対抗進化で集団淘汰圧を弱めているとも解釈できる.
さらにコロニー分裂速度と個体のコロニー間移動頻度をパラメータにして集団動態の結果を図示すると,分裂測度が高いと分裂しすぎにより絶滅するが,それ以下だと共存エリアと裏切りにより絶滅エリアが現れる.

土畑は最後にこれは種内マルチレベル淘汰的モデルだが,ホストパラサイト系としても解釈できるとコメントしていた.アミメアリは無性生殖種で通常型と女王型が同じ遺伝子プールに属さないのだから,ホストが競争するコロニーに区画されたホストパラサイト系と考える方がわかりやすいような気がする.



「性的対立の人口学的帰結:雌雄交尾器の不均衡が集団サイズを低下させる」 高見泰興


最初に性的コンフリクトについて簡単な解説があり,進化的には,コンフリクトが強度を増すかどうか,オスメスのどちらが勝つかは予測できないことを説明.では集団サイズと性的コンフリクトはどういう関係にあるかというのが今回の講演内容.
サイズは因果的には双方向に効きうる.サイズが大きいとより交配頻度が上がりコンフリクトは強化されるとも考えられる.またコンフリクトはメスにコストをかけるので,コンフリクトの強度が増すとサイズが小さくなるとも考えられる.
ここでオサムシはオス,メスの交尾器のサイズでコンフリクトの強度を計測することができる.そして実際に仙台とその近辺の島嶼群のアオオサムシについてサイズと交尾器の大きさを計測してみた.結果の分布図はやや微妙だが,メスへのコストがサイズを小さくする方向の影響が少しあるように見えるというもの.


「遺伝的多型の進化と人口学的動態へのインパクト」 高橋佑磨


遺伝的多様性は個体群にどういう影響を与えるのか.まずリスク分散により集団の安定性を上げたり絶滅率を下げたりして集団適応度を上げるかもしれない.また採餌の最適性などの効率が下がるかもしれない.またその他繁殖率を上げたり,新奇環境で有利になったり,環境収容力が上がったりするかもしれない.このように多型はひとつ上の階層に影響を与える.
ここでアオモンイトトンボを見るとメスのみ二型になっている.これはオスからのハラスメントを避けるための進化的応答だと考えられている.オスは最初はこの二型に対して特に好みはないが,一度交尾すると同じタイプを好むようになる.このためメスは少数派の方がハラスメントを受けにくくコストが小さいので負の頻度依存淘汰になる.
この状況を生態的に考えると,二型になっている方が,全体のでのハラスメント量は減って集団適応度が高いと考えられる.数理モデルを組んでみると実際にメスの多様度が上がるほど集団の安定性が下がるモデルが得られた.またこのアオモンイトトンボのメスの二型性は地理的変異があることが知られているので,多様度とハラスメント頻度,個体密度,産仔数,有効集団サイズ(遺伝的安定性)の関係を調べると,多様性とハラスメントは負の相関を示し,個体群密度,有効集団サイズとは正の相関を示した.これは仮説と整合的になる.以上のことから集団の多様性は生態的な動態に影響を与えると結論づけられる.


また高橋は最後に,一般的に頻度依存型の淘汰があると少数派が有利になるので,集団全体の効率を上げる傾向があるのではないかと展開していた.やや微妙な気もするところだ.



「外来種との遭遇で浮かび上がる種内の性的対立−繁殖干渉・局所絶滅・生息地転換−」 高倉耕一


まず繁殖干渉についての解説.2種以上の種が同所的に分布し,種間配偶が繁殖成功度を下げると繁殖干渉と呼ばれ,正の頻度依存効果が働く.ではこれは生態動態にはどう影響を与えるだろうか.
イヌノフグリは絶滅危惧の在来種で,外来種のオオイヌノフグリの繁殖干渉を受ける.現在本土では絶滅寸前だが,島嶼地域ではかろうじて残っている.そこで,オオイヌノフグリが侵入している島としていない島におけるイヌノフグリの状況を調べた.
するとオオイヌノフグリが侵入していない島では,(明治期の記録にあるように)ごく普通に地面にはえているが,侵入している島では(最近の図鑑にあるように)石垣に特化して分布し,さらに,種子が地面に落ちにくいような花の構造を持つようになっている.これはオオイヌノフグリの繁殖干渉を回避する戦略であると考えられる.
次にカンサイタンポポを考える.カンサイタンポポはセイヨウタンポポの繁殖干渉を受けるとされ,京阪神ではほぼ駆逐されている.しかし中国四国地方では健全に残っている.種間人工授粉して結実率を調べると京阪神に残るカンサイタンポポでは繁殖干渉を如実に受けるのに対し,中国四国のカンサイタンポポは繁殖干渉をあまり受けない.これは,集団ごとに繁殖干渉に対して異なる反応を示したためと考えられる.実際に四国集団では花粉管伸長のブロックについて2戦略,中国ではほぼ1戦略を採っているのに対し,関西集団ではそのような戦略が見られない.


確かに遺伝子頻度の動態は,その上のレベルの生態動態に影響を与えるだろう.ただ個体群の増殖率への影響はどこにボトルネックがあるかによって異なる(採餌効率に差があっても最終的には餌の総量で個体群の増殖率が決まってしまうのであれば,これは影響を与えないだろう)はずなので,あまり直線的でもないだろうという気もするところだ.



次は進化精神医学のシンポジウムに参加.


Evolutionary Psychiatry: Reconsideration of biological mechanisms of psychiatric disorders with evolutionary perspective 進化精神医学の幕開け:進化論的視点による精神疾患・発達障害の生物学的基盤の再考と理解


"Consideration of Psychiatric Disorders with Evolutionary Perspective" Yukiori Goto


精神疾患の患者数は先進国では増加傾向だ.米国では生涯に一度でも精神疾患になる人の割合が47%にまでなっている.
たとえば統合失調症は遙か昔から歴史の記録に残っている.(エジプトではBC1500,中国ではBC1000に統合失調症と思われる記述がある)統合失調症患者の繁殖率は低いことが予想され,このような精神疾患に関連する遺伝要因が何故淘汰されてしまわないかは進化的には謎になる.
ひとつの有力な考え方は「何らかの環境依存的な有利性がある仮説」だ.たとえばADHDは現代の学校環境では不利だが,EEAでは周囲の探索に秀でて有利性があった可能性がある.またある精神疾患の症状が正規分布のような釣り鐘型の分布を持つとすると,戦争のような事態が頻発するEEAにおいて有利な分布の中心は現代環境における有利なものよりずれており,その端の分布で精神疾患が生じると考えることもできる.
精神疾患のリサーチのアプローチも変化してきている.これまでは行動的に記述する方法が主流だったが,ドーパミンレセプターの影響を調べるなどの手法や,環境条件との関連を探る手法,さらにその環境条件に配偶や子育てなどの進化的な意味を考察する手法,遺伝的要因,エピジェネティックな要因を調べる手法などが始まっている.

導入的な総説的講演だった.


"Evolutionary understanding of schizophrenia and other psychosis" Hanson Park


統合失調症などに関する伝統的なDSMの定義にはいろいろな問題点がある.単なる症状のカタログに過ぎなく,疾患かどうかの判断があいまいだし,原因についても注意が払われていない.過去にはある症状が(偏見に基づいて)黒人特有とされたり,同性愛が疾患とされた歴史もある.
本来,疾患の定義は危険性や不快性に基づいて決められるべきで,概念的には多元主義をとるべきだ.ここで多元主義というのは,まず「危険性,不快性」のフェーズ,そして「精神分析」のフェーズ,「行動,治療」のフェーズ,最後に「進化」のフェーズをいう.進化のフェーズというのは適応度的な効果を考え,それがEEAと現代環境においてどうかで分類することなどを指す.
一見不利に見える精神疾患を進化的に考えるとすると,変異の存在,防衛である可能性,適応的反応の性質(結果が重大ならリスクに過敏に反応するなど),モジュール的性質,分散とそのテール,現代環境とのミスマッチ,トレードオフあたりがポイントになる.
各論としてはまずconversion disorder(転換性障害)を取り上げる.これはソマティックマーカー仮説が有力で,EEAにおける部族戦争時の女性の巨大にリスクに対する過敏な反応として理解できる.
鬱についてはEEAにおける社会内での地位競争における敗者の戦略(一旦服従して現状維持を図る)として理解できる.
では統合失調症はどうか.ひとつにはグループが分割する際のリーダー的役割に創造性,カリスマ性,シャーマン性が役立ったのではないかという考え方がある.実際に統合失調症患者には物事の新しい見方ができる,芸術分野の才能,錯視を受けないなどの特徴がある.しかし幻覚や言語能力の不足など不利性も大きい.グループ淘汰や包括適応度的に説明しようという試みもあるが,難しそうだ.現在有力なのは閾値モデルで,様々な統合失調症要因がある程度までにとどまるうちは,リーダー性や創造性において有利だが,それを越えてしまうと統合失調症が発症してしまうというモデルだ.また地域的な頻度分布から何が言えるかをリサーチする試みもある.

この講演もよく知られていることの整理という内容に止まっていたように思う.


"Rethinking drug addiction from an evolutionary psychiatric perspective: the Novel Psychoactive Substances and the new sub-culture of the e-Psychonauts" Laura Orsolini


ヒトはなぜ薬物中毒になるのか.古代からアルコールや阿片中毒の症状が知られている.これは不利に思えるので進化的な謎になる.これまで多いのは進化的副産物という説だが,ここでは文化と遺伝子の共進化的視点から適応的に考えてみる.
まず文化的にシャーマンがよく薬物を使用していたことが知られている.ここで文化的なものを含む有利性を整理すると,感情マネージメント,メディカルなメリット,コストリーシグナル,スピリチュアリティなどにまとめられる.感情マネージメントとは薬を使用することにより自分自身の感情をコントロールしてより有利になりうることを指す.メディカルな有利性としては病原体との共進化を含めて様々な議論がある.コストリーシグナルは危険なものに手を出すことが特に男性の魅力を高めるシグナルとして機能するという考え方だ.最後のスピリチュアリティはシャーマン的なメリットを含む.これは周囲にパワーがあると誤解させる効果を持ち,そのような効果をより出すシャーマニック表現型は遺伝的な基礎を持ちうることになる.最近の新しいドラッグ(危険ドラッグ)もこの観点から見ると理解できるかもしれない.
この点で面白いのは最近のサイコノーツの流行だ.サイコノーツ(psychonauts)とは,最近アメリカなどで増えているデザイナードラッグなどの薬物を使って自分自身をシャーマン化して周囲に影響を与えようとする人達のことを指す.彼等は薬物を使って通常の意識を越えること,コミュニティの感覚を強調し,時に自分自身が実験対象として薬物の危険性をリサーチしていることや心の限界をリサーチしていることをアピールする.これにより信奉者たちのグループ内で協力,シェアの意識が高まっており,昔のシャーマン的な有利性の現代バージョンとも解釈できる.


文化と遺伝子の共進化の扱いは特に深いものではなく,やや浅い内容だったが,サイコノーツの実態の話は興味深かった.


ここまでで大会初日は終了だ.終了後は京都に戻り京料理を味わった.これは鱧のはさみ揚げ.