日本進化学会2014 参加日誌 その2 


今日も京都から高槻に.会場となった高槻現代劇場は阪急高槻市駅から5分ほど南に下ったところにあり,会場の隣にカトリック教会が並んでいる.もしやと思って覗いてみるとやはりそこにはもと高槻城主高山右近の像があるのであった.会場をさらに南に下ったところには高槻城跡もあるらしいのだが,この暑さで探訪は断念.



大会第二日 8月22日 午前


二日目の午前中はウィルスとホストの共進化のワークショップに参加


ウイルスと宿主の共進化のダイナミクス


「胎盤と胚発生における内在性レトロウイルスの役割」 宮沢孝幸


内在性レトロウィルスとはもともと外在性のウィルスだったものが,ホストのジャームラインに入り込んだものをいう.実際にヒトゲノムの中にも多くの内在性レトロウィルス起源の配列がある.現在このような内在性レトロウィルスによるホストにおける機能発現について最もよく知られているのは胎盤形成における役割だ.
有胎盤類における胎盤の形状は,ヒトにおけるような盤状の形だけではなく,イヌやネコなどの帯状になる形,ウマやブタなどの点在する形,ウシなどの何カ所かに分かれる形がある.ここでウシの胎盤形成をよく調べると,2核から3核になる途中で内在性レトロウィルス起源の配列が発現している.この配列はヒツジやヤギの系統にはなく,スイギュウとウシの系統にのみあり,水平転移の起源は20百万年前ごろだと思われる.そして機能的には3核になることでターンオーバーしやすく妊娠期間の長期間化に資することにより,大型化が可能になったと考えられる.


「RNAを介した遺伝子の重複と進化に関わるレトロトランスポゾン」 大島一彦


(全ゲノム重複ではなく)RNAを介した遺伝子重複は哺乳類でよく観察されており,様々な進化を説明できる.これはどのように形成されるのかあまり良く理解されていない.このなかでLINEに属するL1と呼ばれるレトロトランスポゾンによる遺伝子重複は哺乳類と植物で特によく見られ,哺乳類の進化に大きな影響があったと考えられる.またこの仕組みはある程度限定的な仕組みが緩んだものとして理解でき,系統的に見ると,植物と哺乳類で独立に進化したと考えられる.


「レトロウイルス様配列による哺乳類皮膚表皮角質層機能の進化」 松井毅


両生類が陸上に進出し,その後爬虫類として角質化した皮膚を進化させ,乾燥した陸地に適応した,さらに哺乳類は柔らかな保湿された角質層を進化させた.この形成の仕組みをよく調べると,レトロトランスポゾン由来のDNA配列が発現していることが明らかになった.


「レンチウイルスと宿主の進化的軍拡競争の分子メカニズム」 佐藤佳


レンチウィルスとはレトロウィルスの一種でヒトのHIVなどが含まれるグループの総称だ.HIVはもともと他の霊長類に感染するSIVがヒトに感染するようになったものだと考えられている.これらのウィルスは宿主特異性を示すことからホストとの間で様々な軍拡競争があったと考えられる.これらについて実験と分子的系統分析の両面から調べていくと,レンチウィルスの戦略的手法としてはVpnとNefに大別でき,(HIVの直接的な祖先と考えられる)チンパンジーやマンガベイのSIVではNefが用いられているが,HIVではVpnになっており,過去のアームレースの跡と思われる.



「内在性ボルナ病ウイルス様エレメントと宿主の進化」 小林由紀


レトロウィルス以外のウィルスでもホストのゲノム内に内在化することがある.2010年にRNAウィルスの1グループであるボルナウィルスがヒトゲノムに内在化していることが明らかになった.調べてみると広範囲な動物にこの内在化が見られ,系統分析を行うと,ウィルス配列の分岐がその動物群の分岐よりはるかに新しいことが繰り返し観測され,過去から繰り返し内在化が生じていることがわかった.発現しているものもあり,何らかの機能を持つこともあるようだ.


「Packaging mechanisms in viruses with segmented genomes」 鈴木善幸


ウィルスは通常1本鎖だが,中にはセグメント化されているものもある.ロタウィルスは8区画にセグメント化(事実上8本の染色体があるのと同じ)されており,増殖の際にどのようにこのセットを持つのかを調べてみると,何らかのシグナルがあって組み換えもしているようだということがわかってきた.


「哺乳類のゲノムに内在化したウイルス由来の配列データベース」 中川草


ヒトゲノムにある,内在化ウィルス由来配列のデータベース化に取り組んでいるという報告.



ワークショップはここまで.内在化ウィルス配列についてはあまり知識がなかったので面白かった.今後胎盤形成や皮膚の角質化以外にもいろいろな機能がわかってきそうだ.
昼休みまで少し時間が余り,一般口頭発表を覗いてみた.


一般口頭発表(一部)


性転換の進化に関する体長有利性説と個体群密度の影響:魚類の場合 桑村哲生


魚類の性転換についてはギーシュリンとワーナーによって,配偶の雌雄の体長差によって説明されている(オスの方が大きい場合にはメス→オス転換,体長差がなければ転換なし,メスの方が大きければオス→メス転換).しかし90年代以降,この予測に合わない事例や双方向への転換が見つかってきている.ここでは密度要因を組み込んで説明できることを示す.(密度が低いと出会いを求めてパッチ移動することが大きなリスクにつながり,それが転換のパターンを変えるという趣旨)
ホンソメワケベラは通常オスの方が大きく,メス→オス転換とされるが,低密度でオスオスペアが生じると小さい方のオスはオス→メス転換を起こす.これはメスを求めて他のパッチに移動すると危険なので転換を選択するとすれば理解できる.
ダルマハゼでは配偶する雌雄で体長差が無いので転換しないはずだが,オスが死亡してメスと若者が残されるとメスはオスに転換し,若者はメスになる.何らかの事情でオスオス,メスメスペアが残されると片方が性転換して配偶ペアを作る.これも同様に説明できる.

もっともな説明だが,なんだか要因が多くて説明としてはすっきりしていない印象だ.「より繁殖価の高い性に転換する」のが大原則だと説明し,移動による死亡リスクも繁殖価の計算に入れ込む方がすっきりするのではないだろうか.


ノソブランキウス属の視覚の多様化と性選択による婚姻色の多様化 寺井洋平


ノソブランキウス属には57種が属し,東アフリカの季節性の池に住む魚だ(雨期のみに存在し乾期は乾燥に耐える卵で越すために最も寿命の短い脊椎動物となっている).このグループのオスは種によって様々な婚姻色を持つ.これがどのような要因で決まっているのかを調べてみた.透明度の低い環境が通常なので,予想通りオプシンの発現は黄色から赤の領域のLWSが多かった.またこのLWS領域のオプシンは非常に多様化しており,婚姻色が多様化している理由であると思われる.なお同様の現象はシクリッドでも見つかっており,大規模な平行進化の例だと思われる.


以上で第二日の午前の部が終了だ.お昼は近くの釜揚げうどん屋で肉ぶっかけうどんを.関西風の牛肉がなかなかうまい.