「What If?」

What If?: Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions (English Edition)

What If?: Serious Scientific Answers to Absurd Hypothetical Questions (English Edition)


本書はウェッブコミックのxkcd(http://xkcd.com)で有名なランドール・マンローによる書き下ろし.読者から寄せられた「もし◯◯なら?」という問題について全力で科学的に考察して答えるという趣向で構成されている.おなじみの線画のコミックが挿絵として随所にはめ込まれていて,セレクトされた質問のナンセンスぶりとその回答のこだわりのオタクぶりが読みどころだ*1


本書はどこから読んでもいいQ&A集だ.ここでは私のお気に入りのいくつかを紹介しておこう.

  • 突然地球の自転がストップすれば?:極地以外はものすごい風になることが予想されるが,もちろんマンローは正確な風速を計算してくれる.風速は赤道で秒速470メートルになる.そしてほとんどの地域の建物は吹っ飛ぶ.マンローはたとえ耐風性のバンカーにいても別の(少し耐風性に劣る)バンカーが吹っ飛んでくるので無駄だと示唆していて笑わせてくれる.後は巻き上げられた塵芥による気温の低下,日周期が1年になることの影響,月の潮汐力の影響の変化などが詳細に説明されている.
  • 光速の90%で飛んでくる野球のボールを打とうとすれば?:マンローは量子物理学の量子衝突実験の結果を参照しながら何が生じるかを詳細に解説する.基本的に流体力学は関係なくなる.ボールの表面にある炭素,水素,酸素原子の原子核と空気中にある窒素,酸素原子の原子核が光速の90%で衝突し,核融合を起こし,ガンマ線と多様な素粒子が放出され,放出衝撃波の表面で大気分子の電子をはぎ取りプラズマ化する.70ナノ秒でボールはピッチャーズプレートからホームベースに到達するが,それまでにボールは大気の原子核に食われてデブリスの雲になっている.やや遠くから眺めるとそれはまさに核爆発が生じている様子になる.(なおマンローは,野球規則を厳密に適用するとボールの破片の一部(ボールを構成していた原子の原子核に含まれていた素粒子)がバッターに当たるので,バットがデブリスの雲を捕らえたかどうかとは関係なく「死球」になるだろうとコメントしている)
  • 地球の全人口が集まって全員でジャンプすれば?:全人口の重量は地球重量の10兆分の1程度なので地球の振動幅は1原子分以下になる.だからほとんど地震は感じられない.しかしいったん集まった人々はどうなるか.マンローは彼らがロードアイランドに集まったと仮定して,詳細にその後の混乱を予想する.
  • 1モル(mole:国際単位系における物質量の単位)のモグラ(moles)を集めたら?:単なるだじゃれだがマンローは手を抜かない.1モルは6.022×1023だ.それだけのモグラを集めるとその重量は小さめの惑星全体に匹敵する.地球上に置くとそれは全地球表面で(地殻より遙かに厚い)80キロの層になる.宇宙空間で集めるとそれは月ほどの大きさのモグラの球になる.マンローは,重力,温度,微生物生存限界や微生物の活性などの影響を考慮して,宇宙空間に浮かぶ肉の球に何が生じるをか詳細に解説する.
  • ヘアドライヤーを1メートル四方の箱に密閉してパワーオンし続けたら?:ヘアドライヤーの定格出力は通常1875ワット*2なので,だいたい箱の温度60度ぐらいで平衡になるだろう.マンローはここから「もし箱とドライヤーが絶対に壊れないとしてどんどんパワーを上げていけばどうなるか」という考察に入る*3.18750ワットで平衡温度は200度.187キロワットで600度.このあたりで箱は赤黒く光り始める.1.87メガワットで1300度.18.7メガワットで2400度.187メガワットで箱は白く光り輝き,どんな材料の床も突き抜けてしまう.そしてバックトゥーザフューチャーで出てきた出力に近い1.87ギガワットでは溶けた地殻の溶岩の上でまばゆく光り輝く.18.7ギガワットで箱は溶岩を瞬間蒸発させて空中に飛び上がる.マンローはこの記述を箱が新しい星に匹敵するようになるまで続けている.
  • 機関銃を下に向けて撃つことでジェットパックのように空中浮揚は可能か?:驚くべきことにマシンガンによっては可能だ.AK-47カラシニコフは推力重量比が2程度であり,1台の銃で,銃自体とそれと同じ程度の重量物(この場合リス1匹程度)を空中浮揚させられる.そしてロシア製の大型航空機搭載用のGsh-6-30なら推力重量比は40であり,人を乗せた適切に設計された機体を十分に空中浮揚させ,山を越えることもできるだろう.
  • 非常に緻密な物質を使えば「星の王子様」のような小惑星上に住むことが可能か?:最初は潮汐力によって身体が引き裂かれてしまうようにも思うが,マンローがきちんと計算すると小惑星表面上ので通常重力が発生する程度では潮汐力はそれほど強くはならないらしい.マンローは正確な重力分布,潮汐力,脱出速度などを解説している.(なお似たようなQ&Aには中性子星の構成物質で銃の弾丸を作ればどうなるかというものがあって詳しく考察されている.これも傑作だ)
  • ステーキが(大気への突入時に熱せられて)着地までに調理されるためにはどんな高度から落とせばいいか?:どこまで高くしても不可能.マンローは大気の抵抗を考慮した正確なステーキの速度計算を行っている.宇宙空間でどんなに速度を上げてもいったん大気圏内に入ると急速に減速して地上にぶつかる.ステーキは外部が焦げて炭化し,内部が生という状況にしかならない.
  • もしガラスコップの中の水の半分が本当に*4なくなったら?:マンローはコップの上半分が突然真空になる場合と下半分が突然真空になる場合の両方を考察している.下半分が突然真空になる場合には,水が下へ,コップが上に加速し,ぶつかった瞬間にコップの底が抜けて,側のガラスが天井にぶつかって粉々に砕け,机は水浸しになる可能性が高い.
  • 不死の人間2人が地球ぐらいの大きさですべて陸地の惑星の反対側に置かれたとしたら,出会えるまでに何年かかるか?:マンローは2人がランダムウォークして1キロ以内に来たら出会えるとして3000年と計算し,それから実は答えは2人が採る戦略次第であることに気づき,様々な戦略を考察する.マンローの勧める最適戦略は,「自分の経路に方向を示す目印をつける.1日ランダムに歩き,3日休む.相手の目印を見つけたら毎日後を追う」というものだ.ゲーム理論の有名な解では「最も目立つ目標物で待つ」ということになるが,マンローはたとえば北極と南極で食い違うと永遠に会えないことになるのが気に入らないようだ.このあたりはルールの詳細次第だが,私としてはまず北極に行き,そこで相手が北極戦略を採っていないこと明白になるまで待ってから南極にも行ってみて,さらに最も高い山などのいくつかの目立ちそうな場所を訪れてみて(それぞれ今後の方針についてのメッセージを残しておく),それからマンロー戦略を採るのがいいのではないかと思う.
  • チャレンジャー海淵に10メートル口径の排水溝があるとすれば,海水が完全に排水されるまでどのぐらいかかり,その後地球はどうなるか?:(排水溝にフィルターをつけてクジラが引っかかっても取り除けるとして)水たまりが各所でできる(大西洋やインド洋はかなり残る)ので完全に排水されない.マンローはどのように排水されていくかの予想図を詳細に作成している.また排水された水が火星に流れ込んだらどうなるかも図示している.
  • 大英帝国のすべての領地で日没が生じたのはいつか?:驚くべきことに19世紀初頭以降なお大英帝国は(皆既日食を含めて)完全に日没状態になったことがない.ただしそれは南太平洋にある人口数十人のピトケイン諸島の領有によって可能になっている.領有地がこのままだとすると,皆既日食をカウントしてもあと1000年は完全に日没状態にならないことが予想される.


というような感じの本で,とにかく読んでいて面白い.理系オタク読者には必読文献だと言っておこう.



 

*1:なお表紙にある恐竜がサルラックの穴に下ろされていく図については本文中に説明がない,何となく気になるところだ.

*2:日本だと1200ワットが普通だから,さすがアメリカというべきか

*3:これは要するに黒体放射実験ということになるのだろう

*4:これはもちろんコップの水が半分になったときに楽観論者と悲観論者で考え方が異なるという有名な話を念頭に置いたジョークだ