第7回日本人間行動進化学会参加日誌 大会二日目 午前 


神戸は二日目の朝もいい天気である.少し早めにホテルを出て阪急六甲駅から散歩がてら歩いて行くことにする.晩秋の六甲の雰囲気は素晴らしい.さて会場ではビゴの店のパンとコーヒーが用意されていて,囓りながら昨日のポスターをもう一度眺めたりできる.




大会二日目 11月30日 午前


口頭セッション3


初期人類の社会進化:連合形成と犬歯の縮小に関する計算機実験 井原泰雄

犬歯の縮小が初期人類に生じたことについてのシミュレーション.「ツイッター等で言及して欲しくないマーク」がついているので詳しくは触れないが,「犬歯の維持にコストがかかり,オスオス競争における連合形成の有効性が高くなるなら,犬歯を小さくして連合に励む方が有利になる」ことをモデルをうまく組み立てて示していた.


評価型間接互恵性ルールの理解と利用が5・6歳齢児の仲間関係に与える影響 大西賢治

評価型間接互恵性にかかる巌佐ルール「1. 利他者をGoodと評価する(利他関係を維持する),2. 非利他者をBadと評価する(排除する),3. Bad者への罰を行うことをGoodと評価する(罰の正当化),4. Bad者が利他行動するとGood評価に変える(利他行動を伴う謝罪の受け入れ)」が幼児の行動に見られるかを調査したもの.
まず幼児に様々なシナリオの人形劇を見せて,おもちゃを人形に分配してもらい,その理由を尋ねる.すると利他的行為をした人形により多くおもちゃを分配する行動がかなり多く見られる.(理解している子が80%以上,実際に分配に差をつける子が50%程度.片方で常に平等分配する子も存在する)また5,6歳児になるとやや複雑な3. 4. のルールにより分配する子が20〜40%程度現れる.(謝罪の受け入れだけを質問すると90%以上が肯定する)
さらに日常的な遊び状況の中での近接性を観察すると3. 4. のルールを理解,実行している子がネットワークの中心にいる確率が優位に高いことが示されたというもの.
なかなか面白いリサーチだった.また片方で幼児が「平等」「謝罪の受け入れ」について親から強く教示されている様子もうかがえる.


夜尿を呈する前思春期児童における心理行動の問題 金田涉

東京ティーンコホート*1によるリサーチの一環.
これはおねしょについての調査.おねしょは10歳ぐらいでは結構ありふれていて(5歳で15%,10歳でも10%程度),しかし本人にとっては非常にストレスフルな現象になる.(特に友人と一緒の宿泊をともなう行事への参加が心理的にきつくなり,社交問題となる)
今回は東京ティーンコホートにより3000を越えるサンプル調査が可能になった.まずおねしょの問題を持つ子は圧倒的に男児に多い(男子が12%,女子は3%).相関を持つ要因としては情緒不安定(落ち着きがある子かどうか),多動傾向がみとめられる.これは何らかの心身制御にかかる発達に関連している可能性を示唆している.また心理行動問題としてのアプローチも有効である可能性があるというもの.
確かにおねしょがあると修学旅行とかつらいよね.


人間行動進化学研究と社会の関係:社会生物学論争を踏まえて 森田理仁

かなり風化してしまった社会生物学論争の今日的な意味をもう一度整理しておこうという発表.森田の整理では当時のルウォンティンは「生物学へのヒトへの応用は政治的な現状の肯定化につながる」点を批判し,グールドは「リサーチャーの政治的な偏った価値観がリサーチに反映されるリスクがある」点を批判したということになる.そしてこの2点は互いに関連する.
オルコックは(2001年の著作)「社会生物学の勝利」において「社会生物学は,より検証を厳密に行い,道徳や政治と科学の違いを区別することにより健全な学問になり,この批判を乗り越えて勝利した」と宣言した.しかし実は議論はかみ合っていないように思われる.結局「ヒトに関する科学的知見は実際の政治に影響を与える可能性がある」「本人も気づかないバイアスによりヒトに関するリサーチは歪む可能性がある」という問題が消えたわけではない.
では私達ヒトに関するリサーチャーはリサーチをどう進めていけばいいのだろうか.ここから森田は自分の「少子化に関するリサーチ」を例にとり説明する.

  • 少子化は一見進化的なパラドクスに見えるので注目度が高く,さら政策的にもインパクトがある.
  • リサーチに対するよくある短絡的な批判は「みなが多くの子を持つべきだ」「少子化は不可避で対策は無意味だということか」などだ*2
  • オルコックは対策として「仮説検証をしっかり行う」「誤解されないように注意して発表する」「誤解があれば,それを指摘する」を上げている.
  • これらによりリスクを下げることは可能だが,結局はトレードオフということになるだろう.
  • EOウィルソンが当初ぶち上げたような,社会科学が生物学の一分野になるということはおこらないだろう.しかしヒトの研究には学際的な取り組みが必要だ.ヒト行動のリサーチを行う際には新しい視点や他分野の知見の取り込みを積極的に行っていく方がよいのだろう.

結局,「ヒトのリサーチには,誤解,さらにそれを自説に有利に利用しようとする政治的な試みが常にまとわりつくので,より仮説検証は厳密に,発表には細心の注意を払って」という当時からの教訓の再確認という内容だったように思う.



特別講演 2


好き嫌いからみた行動発達・進化:六本足動物をモデルとして 尾崎まみこ

昆虫の感覚の至近メカニズム研究の話.ハエの話とアリの話の2パート構成.

<ハエの味の好み編>
若い頃から30年以降ショ糖のみを与えて継代飼育した(もともと花の蜜を吸う種類の)ハエの系統を使った実験.まずハエに餌を与えると,それを問題なく飲む場合と,体外から排出しようとする場合が観察される.前者をうまい反応,後者をまずい反応とし,分析すると,ヒトと少し異なる4種類の味を分別していることが明らかになった.栄養としての甘味,毒としての苦味,時に必要になる塩味,そして水を示す味だ.そして味分別に使う触覚の先の毛から4種類の味覚細胞(1細胞ずつだそうだ)を取り出し,神経パルスの形の違いを示すことに成功する.
では野生時の食糧だった花の臭いを嗅がせるとこの好みが変化するだろうか.どの濃度でどのぐらいの頻度で反応するかのグラフを書いて条件付け前後で比較すると,匂いの種類による様々な変化が現れる(強化される,逆に反応しなくなる,変化なしなど).絶食時の後に感度が高くなるという現象もある.
また脳内の物質,伝達経路なども調べていて,詳しく解説があった.

<アリの仲間認識編>
アリはコロニーの仲間かどうかを匂いで認識する.現在神戸には侵入外来種で有名になったアルゼンチンアリのスーパーコロニーが4つあることが確認されており,それも研究対象にしている.
識別できるかどうかはシャーレにAコロニーのアリ4匹とBコロニーのアリ1匹を入れて仲間はずれにされるかどうかを見る(これを「転校生テスト」と呼ぶ).基本的にやはり触角で匂いを感知しており,その識別物質は炭化水素臭であることがわかっている.そして感覚細胞はやはり触角の先端の毛の中にある.ハエとは異なり130本以上の神経繊維(1本1本が感覚細胞になっている)が寄り合わされている.そしてパルスを計測するとコロニー仲間とそうでないアリについて全く異なる信号を送っている.なお識別するのはすべてメスのワーカーで,オスにはセンサーがなく,他コロニーのアリを全く攻撃しようとはしない.

Q&A
ハチではどうなっているのか.:少なくとも炭化水素臭だけで識別しているということではないようだ.飛行できる種の場合にはそのような識別方式はあまり向かないのかもしれない.
冒頭でアルゼンチンアリの話が出たが,スーパーコロニーを作るアリの場合には普通のアリと感覚システムに差があるのか:まさにそれを調べているところ.どうも感覚器自体が少ないようだ.


普段あまり聞くことのない至近メカニズムの話がいろいろと聞けて大変面白かった.
ここで昼食休憩となる.事務局手配のお弁当をいただいたあと少しキャンパスを散歩してみる.山の上の方に上がるとはるかに神戸の町が見渡せていい感じだ.


 

*1:東京ティーンコホートについてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130614参照

*2:さらにQ&Aでは「女性の社会進出が,少ない子供の数を望む女性の意思がより子供の数の意思決定に反映することにつながり,結果出生率を下げた」という仮説に対して「女性の態度に原因がある」とか「(出生率を上げるためには)男性の意思が尊重されるべきだ」とかいうずれた反応に結びついたり,長谷川三千子の「ヒトは哺乳類としての性的役割分担が自然」等のような誤解が何重にもねじれた反応に結びついたりすることが紹介された.少子化研究者の苦境がしのばれる.