第7回日本人間行動進化学会参加日誌 大会二日目 午後 


大会二日目 11月30日 午後

午後は総会から.来年は葉山の総研大で開かれることになる.総会後は口頭セッション4にはいる.ここでは新学術領域研究「共感性の進化・神経基盤」にかかるものが集められているので最初に長谷川寿一より全体説明がある.




口頭セッション4


全体説明 長谷川寿一


平成25年から29年の新学術研究領域として「共感性の進化・神経基盤」が認められた.「共感」については「共感とは何か」という定義を決めようとすると神学論争にすぐ巻き込まれるという厄介な概念ではあるが,ヒトの進化にとっては重要な部分であり,どのように取り組んでいくかの方法論も含めて進めていきたい.

http://www.empatheticsystems.jpにある上図を示しながら)現象面では情動伝染から共感そして同情ということがあり,それが系統的にどう進化してきたのか,神経的な至近メカニズムとしてはどうなっているのか,社会や共同体との関連はどうかなどの問題を総合的に取り組んでいくつもりだ.


野生ボノボにおける「儀礼的食物分配」の検討 山本真也

実行委員なのに大会直前に風邪を引いてしまい申し訳ないとマスクを着用して登場.(病院に行って発熱を伝えて診断を受けたが,最近コンゴに行ってきたことがわかったとたんに,緊張が走り対応が急変して血液検査等大変なことになったそうだ)
さて,ボノボはチンパンジーとはまた異なった行動特性を見せる.コンゴのワンバには1974年以来個体識別された群れがあって血縁関係もみなわかっている.そこで2010年以降食物の分配行動を観察してきた.
食物分配についてのチンパンジーの観察,ヒトの行動からあらかじめ立てた機能仮説は「互恵性の期待」「優位個体の圧力に屈した要因(トラブルを避ける方がメリットが大きい)」の2つだった.
では実際の観察例はどのようなものだったか.2010年から2014年までの5年間の観察での食物分配事例は30個体,17種の食物について178回観察された.このうち150回が周囲に普通にあるボリンゴの実.片方がねだり,片方がとっていくのを許すという形が多い.どのような個体間で行われたかを見ると,優位メス個体から劣位メス個体への分配が多く,異集団と遭遇時には集団間の個体でも分配が見られる.
要するに自分でも簡単にとれるような食物で分配が起こる.そして互恵性は見られない.劣位個体(印象では若くて他集団から移ってきたばかりのメスの場合が多い)があえて優位個体から食物をもらうという行為には,何か社会的な関係が関連しているということが示唆される.


Interactional synchrony in chimpanzees: Test under a face-to-face setup ユ リラ

「ツイッター等で言及して欲しくない」マークがついているので詳細は控えるが,ヒト間での動きの模倣や同期が情愛や共感という社会的機能につながることに関連した発表.4つあるボタンをある順序で繰り返し押すという課題を設定し,2頭のチンパンジー,2匹のサル,2人のヒトに並んでやってもらってどの程度タイミングが同期するかを調べる.サルには全く同期現象は見られないが,チンパンジーとヒトには見られる(同期の形状はやや異なる)というもの.


相互作用場面における情動伝染―自律神経反応の同期現象からの検討 村田藍子

共感の基盤にかかるドゥ・ヴァールの仮説によると,コアに情動伝染があり,それが他者への気遣いにつながり,さらに視点取得が加わって共感の基盤を作ると整理されている.このコアとされる情動伝染についてのリサーチはこれまで被験者が誰かを観察して伝染を受けるかどうかを測定するという方式でなされている.しかし被験者と被観察者間には情動伝染の結果さらに何らかの影響を与え合う可能性もある.そこで被験者2人が互いに観察できる場で実験してみた.
まず2人に相互に観察できるように向かい合って座ってもらい,被験者に40℃から65℃の棒を段階的に当てていき,双方の指先の血管の収縮を測定する.対照としては2人の間にパネルを設置して互いに見えないようにする条件も設定する.(なお65℃だとそれなりに痛みがあるが,大半の被験者にとっては「大丈夫です」と余裕で我慢できる程度だそうだ)
その結果互いに見える条件でのみ情動伝染,痛みの増幅が観察された.アンケートによっても相互に見える方が痛みがより感じられるとの回答だった.(なおストレスは逆に軽減するとの回答で,これについての解釈は難しく謎とのこと)これにより双方が観察できる場合にはこの情動伝染は双方向に影響を与えることが確認できたというもの.
相手が見えている,そしてそれを理解した相手からも見られていることがわかっているといろいろ影響があるということだろう


男性戦士としてのサイコパス:衆目下での集団間葛藤状況における協力行動の検討 横田晋大

サイコパスは共感性が低く操作的で,犯罪者になったり有能なり―ダーになっていたりするといわれている.サイコパスの協力行動は「合理的」であるとされ,繰り返し囚人ジレンマではCC状態になると裏切りやすい.なぜサイコパス傾向は低頻度で存在するのか,それは何らかの条件下で有利であったためかもしれない.
では彼等はどのような条件下で協力的になるのか.考えられるのは(1)集団間葛藤の際に勝利するために(意識的計算の上で)協力する(2)男性には集団間葛藤の際に戦士モードになって協力的になる心理メカニズムがある(3)誰かに見られているときには社会的利得が期待できるので協力する,という3つだ.
これを調べるために,まずアンケート調査でサイコパス特性のある被験者を選び出し,特性のある人,ない人(対照)に,誰かに見られているかどうか(公表の有無)を変化させたシナリオを与えたうえで,独裁者ゲーム,囚人ジレンマゲーム,第三者罰ゲーム(独裁者ゲームの参加者に罰を与えるオプションを与える),集団コンフリクトゲームをやってもらう.
その結果集団コンフリクトゲームにおいて,男性サイコパス特性者は公表があるときに協力的で公表のない時にはフリーライダーになるが,特性のない人は逆になる(公表があるとびびる).また女性については特性のあるなし,公表のあるなしで差が無かった.
男性サイコパスは,公表がないときには非協力になってただ乗りするが,公表がある集団コンフリクトでは手っ取り早くヒーローになれるので協力的になると解釈できる.これは男性戦士仮説と関連するのではないかと議論していた.
性差の存在はなかなか興味深いところだ.



口頭セッション5


情動伝染の進化条件 大槻久

最初の先ほどもでたドゥ・ヴァールの共感性の基盤化説が紹介され,情動伝染は基本的に他者の情動のコピーだとされているが,リサーチにおいてよく取り扱われるのは痛みやつらさが多いと説明される.(他人が痛がっているところを見せて被験者の脳の活動領域を見るもの,マウスによる実験など)
ではこのような負の情動伝染は進化的にどのような機能があったのだろうか.負の情動が伝染してもいいことはなさそうな気もする.親近性効果についてもなぜ親しい個体の負の情動のみに情動伝染が生じるのだろうか.
ここでは「他者の情動を経験することを通じて外界の情報を入手する(例:恐怖を感じて逃げている人の恐怖を感じれば,何か脅威になるものが迫っていることへの対処がしやすくなる)」という社会学習仮説について考察する.この仮説では親近性効果は「自分とバックグラウンドの外界情報を共有しているプロクシー」だから存在するという説明になる.
ここで生じる疑問はなぜ「行動」ではなく「情動」かということだ.情動は行動の至近要因であるが,直接観察は難しい.これをより理論的に詰めると,適応度が「情動伝染>行動模倣」になる条件は何だろうかということになる.
ここからは数理モデルになる.情動と行動についてある関数型(情動が大きくなると行動確率の傾きがより大きくなる形)を仮定し,最適行動が被観察者と観察者でどの程度相関するかをパラメーターとして,(1)独立行動戦略(帰無仮説)(2)行動模倣戦略(3)情動伝染戦略の優劣を比較する.(なおここでは「直接環境を認知して対応するのは認知コストが高すぎる,あるいは遅すぎて有用でない」という前提がある)すると最適行動相関が一定値を下回ると情動伝染が有利になる.さらにモデルに認知コストを組み込み,コストを,情動伝染>行動模倣>独立行動と置いても情動伝染が有利になる範囲が生じる.
これにより,環境的にある程度最適行動が相関し(群れで共同生活をしているとそうなるだろう),一定以上の認知能力があれば情動伝染が進化することを社会学習仮説で説明できると主張できるとする.さらに情動伝染から共感に進むには環境情報のなかの「他者に関する情報」が重要になってくることがキーになるのかもしれないと議論していた.
数理モデルの部分はなかなか面白いアイデアで,エレガントな発表だった.


コモンマーモセットの示す向社会行動と脳内セロトニン神経伝達との関連性 横山ちひろ

「ツイッター等で言及して欲しくない」マークつき.コモンマーモセットの脳の陽電子断層撮影法(PET)を用いて,利他行動発現時セロトニンの神経伝達の様子を観察したもの.特定の神経ネットワークの存在が示唆されるとしている.


自他がまざるシステムとしての共感の可能性:一人称複数形"We"使用の発達を手掛かりとして 橋彌和秀

同じく「ツイッター等で言及して欲しくない」マークつき.
「私達」「We」という1人称複数の代名詞使用は「自他を混ぜるシステム」ではないかということについて,その発達過程に注目していろいろと考察したもの.
着眼点は興味深いが,リサーチとしてはまだこれからという印象だった.


以上で2014年のHBESJは終了だ.いつも通り大変アットホームないい雰囲気の学会だった.事務局の皆様には改めてここで感謝申し上げたい.


帰りには三宮でぼっかけそばめしをいただいた.神戸下町の味である.


<完>