「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その5

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


9.6.2 血縁度の非対称と分離性比:基礎理論

コロニーごとに性比が異なる分離性比は多くの社会性昆虫で観察され,特にアリで報告が多い.ブームズマとグラフェンは,これはワーカーが性比をコントロールし,そしてコロニーごとに血縁度の非対称の度合いが異なるときに生じうることを予測して(Boomsma and Grafen 1990, 1991),リサーチの新しい方向を示した.
エストは,この予測は,以下の特徴により,性比とワーカーコントロールの理論の強い検証を可能にしたと評している.

  • この予測は単一要因のみにより遺伝的構造が異なっているコロニー間での比較によって検証できる.これは交絡要因を排除できるので重要だ.
  • また,この検証は,正確な性比ではなくコロニー間の差が重要なので,オスとメスのコスト比較を正確に行う必要がない.
  • 多くの種で独立に実験的操作をもって検証できる.


ではコロニー間の遺伝的な構造の多様性は何によって生じるのだろうか.ブームズマとグラフェンは以下を指摘している.

  • 単一女王種では,女王の交尾回数が増えるほど血縁度の非対称は下がる.ワーカーにとって弟との血縁度は常に1/4だが妹との血縁度は交尾回数が増えるにつれて3/4から1/4に向けて下がっていく.
  • 多女王種で女王同士が血縁であれば,女王の数が多くなるとほど血縁度の非対称は下がる.それはワーカーから見た自分の母ではない女王の子に対する血縁度はオスでもメスでも変わらないからだ.
  • 単一女王種では,ワーカー産卵が多いほど血縁度の非対称は下がる.これはワーカーから見ると弟(1/4:一回交尾の場合)よりも甥(3/8:同前)の方が血縁度が高いからだ.
  • 単一女王種コロニーで,女王が創設メスから娘に受け継がれると血縁度の非対称は下がる.ワーカーから見た甥と姪の血縁度はいずれも3/8(同前)になるからだ.


ブームズマとグラフェンは,これらの状況が生じた場合にはワーカーは自分たちのコロニーの血縁度の非対称が,集団平均より高いか低いかに依存して性比を調整すると予測した.低ければよりオスに傾いた性比を,高ければよりメスに傾いた性比を選ぶ方が有利になるからだ.


ではどのぐらい性比は調整されるのだろうか.ウエストはブームズマとグラフェンの得た結果を次のように説明している.

  • 調整は極端なものになり得る.なぜなら別のコロニーが性比調整しているなら(そうでない場合に比べて)調整幅はより大きくする方が有利になるからだ.
  • 単一女王種で一回交尾コロニーと2回交尾コロニーがある場合を例にとって説明する:二回交尾コロニー頻度が極めて稀であれば,一回交尾コロニーワーカーは(二回交尾コロニーの存在にほとんど影響を受けず)古典的トリヴァースヘア性比である1/4を選ぶ.この場合稀な二回交尾コロニーワーカーはすべてオスを生産する方が有利になる.二回交尾コロニーが増えてくると全体性比は1/4より高くなる.すると一回交尾コロニーワーカーはより低い性比を選ぶ方が有利になる.二回交尾コロニーの頻度が1/3を越えると一回交尾コロニーワーカーはすべてメス生産になり,二回交尾コロニーワーカーが少数のメスを生産し始めるようになる.(これを見事に示すグラフが添付されている)
  • ブームズマとグラフェンは「ワーカーから見たESS性比はコロニーの生産性に依存する』ことを示した.あるコロニーの生産性が(集団平均より)高い場合にはバイアスは小さくなり,そのコロニーの血縁度の非対称が集団全体で共通の場合のESS性比に近づく.それはそのコロニーの生産性が高いと全体性比をそのコロニーのESS性比に近づける方向に動かすので,より極端な性比を持つことによる限界リターンが減るからだ.もっともこの効果が検出できるほど現れるためにはそのコロニーの生産力が集団全体の生産力のかなり大きな割合(少なくとも5%以上)を占めなければならないだろう.
  • では全体性比はどうなるか.ブームズマとグラフェンは「分離性比が実現する場合の全体性比は,すべてのコロニーが同じ性比を実現させる場合からあまり乖離しない」ことを見いだした.(上記2タイプコロニーの場合でいうと,すべてのコロニーが同じ性比を実現させる場合には,二回交尾コロニー頻度が上昇するにつれて1/4から1/3へなだらかに上昇するのに対して,分離性比の場合には一部階段状になって上昇する.乖離幅はどこをとっても小さい)

エストは最後の状況についてLMCの様々なモデルがいろいろな挙動を示すが,最終的に古典的なLMC性比から大きく乖離しないのに似ていると評している.


9.6.3 血縁度の非対称と分離性比:基礎理論の検証


このブームズマとグラフェンの血縁度の非対称と分離性比の予測に対してそれを支持する多くのリサーチがなされている.ワーカーコントロール下では血縁度の非対称が大きいコロニーほどメスに傾いた性比になっているのだ.これは血縁度の非対称の原因が,女王の交尾回数によるもの,コロニー内の女王の数によるもの,女王の世代交代によるものそれぞれについてリサーチされている.
これらのデータは,真社会性の昆虫では多くの場合にワーカーが性比をコントロールしているという強い証拠にもなっている.さらにウエストはこれらの結果を総合して何点か強調している.

  • 性比のシフトはしばしば非常に大きく驚きに値する.最も印象的なのはサンドストロムによるケズネアカヤマアリ (Formica truncorum)のリサーチだ(Sandstrom 1994).一回交尾女王コロニーでは圧倒的にメスに性比が傾き,多回交尾女王コロニーでは圧倒的にオスに傾いている.さらにこのリサーチではコロニーの高い生産性がよりメスに性比を傾けることも示されている.この種ではコロニー間の性比の分散の57%が交尾回数のみで説明できる.社会性昆虫のリサーチ全体のメタアナリシスでも性比の分散のうち20.8%が血縁度の非対称で説明できるという結果になっている.
  • 理論への支持は観察データ,実験データの双方から得られている.両者を最初に総合したのはミューラーだ(Mueller 1991).ミューラーは一回交尾種のハチであるAugochlorella striataのリサーチを行った.コロニーの20〜40%で女王は世代交代し,予測通り世代交代すると性比は大きくオスに傾く.ミューラーは観察の後,女王除去の実験操作も行ってこの結果を確認している.
  • 分離性比を説明できる要因は他にもある.血縁女王の間でLRCが生じれば,より生産性の高いコロニーでLRCが強くなり性比はオスに傾きうる.アリの4種を用いた詳しいリサーチがなされ,血縁度の非対称とLRC両要因ともに分離性比の要因となっていることが報告されている.


なかなか分離性比の問題は面白い.ウエストは本書において最初から分離性比にこだわっている印象だったが,それはこれらの面白いエリアがあるからなのだということがよくわかる.