「イマドキの動物ジャコウネコ」

イマドキの動物ジャコウネコ: 真夜中の調査記 (フィールドの生物学)

イマドキの動物ジャコウネコ: 真夜中の調査記 (フィールドの生物学)


東海大学出版部の「フィールドの生態学」シリーズの一冊.東南アジアの二次林の種子散布にかかる物語だ.私も本書を読むまであまりはっきりした知識がなかったが,ジャコウネコというのは典型的なネコ科の動物とは異なりハイエナ科やマングース科などと並んでネコ亜目を構成するジャコウネコ科の動物なのだそうだ.旧世界の熱帯に広く分布し,私達がよく知る動物の中ではハクビシンがこれに属する.そして本書の主役であるパームシベットは何と基本的に果実食なのだ.

生物好きだった著者は好きな勉強がしたいと考えて京都大学に入学するが,そこで文学,歴史,社会,哲学,現代思想などの本にはまって目的を見失う.しかし空き教室だと思って読書をしていた部屋で植物生態学の授業が始まってしまい,教室を出て行くきっかけを失ってそのまま聴講していたらそのスケールの大きな研究に圧倒され,大学院に進学し修士課程で熱帯林の調査をすることになる.
最初に取り組んだのはボルネオの原生林でのドリアンの種子散布だった.(著者は動物がやりたかったのだが研究室が植物生態学だったのでそうもいかず,ドリアンに手を着ければオランウータンに行き着くだろうというもくろみだったと書いている)調べてみると*1オランウータンは確かにドリアンが大好きだったが,未熟な果実を種子を壊しながら大量に食べるという最悪の種子捕食者*2であることがわかる.この結果は当初の予想に反してかなり意外なものだ.著者は種子散布における果実と散布者の関係は送粉共生系におけるような緊密な共進化関係ではなく,かなりルーズで緩いものであることを理解する.送粉系では植物は送粉者に同種別個体の花をすぐに再び訪れてもらわなくてはならず,送粉者にはある特定種の植物に依存してもらう方向に淘汰がかかりやすい.しかし種子散布では多くの散布者にそれぞれ散布してもらえばいいので,緊密な2種間の共生系にはなりにくい.すると環境が変わると散布者はどんどん変わっていくのかもしれない.そこで著者は原生林でなく人工的に創られた二次林でどうなっているのかを調べようと思い立つ.
そして次のフィールドは同じボルネオでもオイルパームプランテーションとわずかに残った原生林に隣接する二次林,タビンの森になる.そこでの主要な種子散布者はパームシベットなのだ.森の結実果実量と分布の推定,パームシベットを捕獲して発信器をつけて個体追跡(完全な夜行性なので行動を直接観察するのは不可能になるので位置のみ追い,後は糞を集める)という地道,かつ時にゾウに襲われるという苦労の多いリサーチが始まる.集めたデータによってパームシベットは開けた場所に糞をすると行う性質(おそらく同種個体に対する臭いによるシグナル)から重要な種子散布者になっている姿が浮かび上がるのだ.著者は生態系が移りゆく中で,たまたま持っていた性質が大きく種子散布者としての性格を左右し,それによって生態系も影響を受けるという複雑な相互作用があるという種子散布研究の魅力を語って本書を終えている.

淡々とした語り口でリサーチの苦労と浮かび上がる真実を示していて楽しく読める一冊だ.私にとっては食肉目の果実種子分布者というジャコウネコの真実を少し知ることができたのが収穫だった.



 

*1:ただひたすら果樹を見張るリサーチはなかなか大変だ

*2:一部完熟した果実の場合種子を落としてそれをネズミが運ぶというルートはある.