「Animal Weapons」

Animal Weapons: The Evolution of Battle

Animal Weapons: The Evolution of Battle



本書は糞虫(食糞コガネムシ)のツノの研究で有名なダグラス・エムレンによる動物の武器についての一般向けの啓蒙書だ.序言には,子供の頃から大きな武器に取り憑かれていて,博物館ではマストドンの牙やトリケラトプスの角に魅入られていたという想い出が語られている.そしてリサーチキャリアが始まったときに,熱帯で研究できて,身体の大きさに比較して武器が大きく,さらに何のために一部の種に大きなツノがあるのかについて知られていなかったという理由で糞虫を対象とすることになる.糞虫のツノは著者を今も魅了し続けており,本書を書くにいたったようだ.また本書は一般向けの工夫として動物の武器と人間のそれを対比して書かれており,著者のミリオタ振りもそこはかとなく感じられて,そこもなかなか面白い.


導入部分で人々が動物の武器に取り憑かれる様々な例をあげていて面白い.貴族の館の壁の大きな角を持つ鹿の飾りからポルシェのエンブレム,NFLセントルイスラムズメリルリンチのマークまで,私達は角が好きなのだ.そしてそれは大きいだけでなくコスト高という意味で高価であることがポイントになる.そしてしばしばそこには軍拡競争の影が見えるのだ.


第1部は自然淘汰産物としての武器について.最初に自然淘汰によって様々な保護色や防御用の武器(装甲や棘など)が進化することを見る.ここでは有名なアメリカ南部のシロアシマウスの色彩進化のリサーチや内水系のトゲウオの棘の進化のリサーチが引かれている.そして自然淘汰の下では多くの形質は様々なトレードオフの中で決まることが強調される.
続いてこの議論を牙や爪などの攻撃用の武器に拡張する.ネコ科の動物は現生生物の中で最も狩猟による捕食に特化しているが,彼等の犬歯や爪はそれほど大きくなっているわけではない.エムレンはノウサギを狩るヤマネコにとって必要なものは武器だけではなく探索や追跡の能力が重要であることを指摘し,コストのトレードオフを考えると現在の彼等の牙の大きさが最適なのだと説明する.そしてさらに詳細を見るとオオカミ,ハイエナ,ネコの顎と歯の形状はそれぞれの捕食スタイルに最適化されているのだ*1エムレンはトレードオフの中できまる効率的な武器が巨大になりにくいことについては人間の武器にも見られると指摘し,先史時代の槍や矢のポイントの大きさの変化の歴史を説明している.
ではセイバートゥーストタイガー(剣歯虎)の巨大な犬歯はどう考えればいいのだろうか.エムレンは,剣歯虎は待ち伏せ型の捕食者で特に大型の動物に特化していたために(走力などとののトレードオフにおいて)一撃必殺の武器の重要性が高く,より大きくする方向に淘汰圧がかかったのだと説明している.だから北米大陸では,マンモスなどの大型動物が絶滅したときに犠牲にした形質の不利が表面化し,彼等も消えたのだ.この待ち伏せ型の捕食者に巨大な武器が有利になるという現象はかなり普遍的に生じており,アンコウ,オニキンメ,フウセンウナギの巨大な顎やシャコやカマキリの斧が紹介されている.もうひとつの自然淘汰による巨大な武器は分業制の下で生じる.社会性昆虫の兵隊カーストは特殊な仕事に特化できるのでトレードオフの影響をあまり受けずに大きな武器を持つのだ.


第2部は性淘汰産物である巨大な武器について
冒頭で性役割逆転種のレンカクの話を振ってから,簡単に性淘汰の解説を行っている.子供に投資するリソースの小さい性は実効性比を通じて配偶者獲得のための同種同性個体間競争に巻き込まれるのだ.この部分はまず卵と精子の大きさの非対称,それがその数の不均衡に,そして投入リソース量,さらに二次的な投資量(特に時間)の偏りに結びつき,そして実効性比に効いてくることがうまく説明されている.これによる武器は,配偶機会の価値が大きくアームレースが生じるために巨大になりやすい.
エムレンが最初に登場させるのはゾウの牙だ.歴史的には様々な部分の歯がオスゾウの牙になっている.またカブトムシのオスの大きなツノもメスをめぐる競争でどのように使われるのかも含めて詳しく解説されている.エムレンはこのような武器を進化させた淘汰環境は中世騎士の騎乗槍試合を産んだ状況に似ていると指摘している.貴族の次男三男はまれにしかいない資産付きの娘と結婚するためには非常に厳しい競争を勝ち抜かなければならなかったのだ.
しかし性淘汰においてはメスの選り好み形質が発達することもある.武器になるか選り好み形質になるかはどのように決まるのだろうか.エムレンは,まずそれはメス(あるいはメスを惹き付ける資源)を防衛できるかどうかにかかるのだとする.メスを惹き付ける餌などの資源が限られたパッチになっていれば防衛しやすい.エムレンは樹脂を防衛するテナガカミキリとさらにその上に寄生するカニムシの魅力的な話を交えて解説している.資源が防衛可能かどうかは生態的詳細で決まる.糞虫において,フンコロガシの糞ボールは防衛が難しい.しかし糞の下にトンネルを掘る糞虫の場合にはトンネルの防衛が可能になりオスの武器が進化する.
エムレンはさらに武器の進化についてもうひとつ条件があるとする.それはオス同士の競争がスクランブル型ではなく1対1型になるということだ.なぜ1対1型が重要なのか.エムレンはこれを軍事戦略から生まれたランチェスターの法則を使って説明している.ランチェスターは戦闘の帰趨を決める法則は飛び道具があるかどうかで異なるとした.飛び道具がない場合には戦闘は1対1型が主体になり,戦闘の帰趨は戦力の比に対してリニアに定まる.飛び道具があると優勢になった方は1対多型の集中攻撃が可能になる.この場合戦闘の帰趨は戦力の二乗に基づいて決まるのだ.つまりスクランブル型の1対多あるいは多対多型のバトルが生じるのであれば戦闘の帰趨は武器だけでは決まらずにコストのある武器は非効率になるのだ.
では動物界ではどのような場合に戦闘が1対1型になるのだろうか.エムレンはそれも生態的詳細により決まるとする.穴の防衛のような形は1対1型になる.枝のような1次元の通路で生じる戦闘も同じだ.樹液を吸う甲虫の場合,樹液場所が虫の体長に対して十分に小さければ戦闘は1対1型になる.だからカブトムシやクワガタムシにはツノがあるのだ.エムレンはシュモクバエのオスの眼柄が異常に長くなったのは1次元の枝の上で1対1でハーレムの帰趨を争ったからだと説明している.*2
エムレンは古代地中海における海戦の歴史をたどって.攻撃が衝角の激突の形で1対1の形で行われるうちは大型衝角を持つ大型戦艦が発達したとし,楽しそうにゾウの牙,クワガタムシの大顎,シカの角,サイの角の多様性を解説し,一旦スクランブル型ではなく1対1型の戦いが交尾確率を決めるという条件が満たされると,素速く巨大な武器が進化することを説明している.


第3部はアームレースの結果生じた巨大の武器の特徴が語られる.
冒頭ではエムレン自身の糞虫のリサーチが詳しく説明されている.エムレンは小さな武器しか持たない糞虫に実験的に淘汰圧をかけてみた.するとわずか7世代で武器は巨大化した.つまりそれぞれの種の武器はそれぞれのコストとメリットのバランスの上に決まっていて局所条件に素速く反応できるのだ.
巨大な武器は極めてデリケートなトレードオフの上にあることが多い.シオマネキのオスの巨大なハサミは体重の半分を占める.そしてその筋肉の代謝コストもすさまじく,摂食用に片手しか使えないための機会コスト,捕食リスクの増大コストもある.このような武器のコストが長期的によく調べられている例としてダマジカのリサーチが詳しく紹介されている(シカ類のツノはエネルギーコストや捕食リスクのほかに化学的なカルシウムとリンのコストが大きいようだ).エムレンは有名なオオツノシカの絶滅は,ヤンガードリアス期の寒冷化が急速にカルシウムとリンの摂取を困難にしてトレードオフが崩れた結果なのではないかと示唆している.
またこのような巨大な武器は極めてコストが大きいためにすべてのオスがそれを作ることはできない.そしてその大きさはオスの質に対する正直な信号(いわゆるハンディキャップシグナル)*3としても機能する.ここでエムレンは人間の武器の例として中世騎士の武具セットを解説している.アーマープレート,ランス,騎乗用の軍馬,そして軍馬用のアーマー,これらは実践で効果的であるだけでなく非常に高価であり維持するにもコストがかかるのだ.そして武具セットは騎士の地位や力を誇示するシグナルになっている.
武器の大きさが正直な信号であればそれの誇示は相手への抑止として機能する.だからシオマネキのオスは巨大なハサミを(その名の通り)振り続けるのだ.これはその大きさのコストに振り続けることのエネルギーコストが加わり,よりはっきりした正直な信号になっている.だから性淘汰産物の武器を持つ動物のオスオス闘争においては,ほとんどの場合まず当事者は互いに武器の大きさを評価し,差があるとはっきり認識すると小さい方が引き下がり争いの決着がつく.そして差がはっきりしないとより正確なアセスメントのための儀式的な争いがあり,それでも決着がつかないときに初めてフルフォースでの戦いになる.だから実際には巨大な武器を持つ種のオス同士の本気の戦いの頻度は非常に小さい.エムレンはここで太い後肢を持つヘリカメムシ,アイベックス,カリブーなどの例を楽しそうに解説している.人間の武器における例としてエムレンはイギリスとアメリカの海軍の歴史を上げている.近代的な海軍を整備維持するのには巨額のコストがかかるために,多くの場合に大艦隊は抑止力として機能したのだと説明している*4
では大きな武器を作れないオスはあきらめるしかないのか.多くの場合にはそうだが,もし1対1型の闘争をすり抜ける方法があればそのような条件付きの代替戦略が進化する.エムレンは自分の専門の穴を掘る糞虫についても側道を掘って防衛オスを出し抜く戦略があることを紹介し,その他オオツノヒツジ,エリマキシギなどに見られる代替戦略を解説している.これらは大型オスよりも成功度が低い場合には条件付きの代替戦略として共存するが,すり抜けオスの方が成功するようになると巨大な武器システム自体が崩壊してしまう.人間の武器の場合にもこれは当てはまる.ゲリラ戦やサイバーアタックはすり抜けの例だ.
アームレースはどのように終わるのだろうか.エムレンは人間の戦争の場合から話を始める.戦争においては技術革新で新しい武器が古い武器システムを無効化することがある.エムレンは中世のフランスのアーマープレート騎士がイングランドのロングボウに無効化されたことをクレシーの戦いやアジンコートの戦いを詳細に紹介しながら解説する.武器のアームレースはその武器の有効性とコストがトレードオフになって,ある技術水準の元で一旦平衡状態になる.そして技術革新などの条件の変化でバランスが崩れると一旦古い武器システムは崩壊し新しいアームレースが始まるのだ.多くの糞虫を系統的に調べると,ツノが進化し,また無くなるということが繰り返されていることがわかる.ここからエムレンは海戦の歴史を楽しそうに語っている.古代のガレー船における衝角の発明と巨大化へのアームレース,大砲の発明でこれは一旦キャンセルされ新しいアームレースが始まる.そして鉄鋼船,蒸気機関とプロペラ推進,ドレッドノート型戦艦(ここまでが巨大化のアームレース),水雷艇駆逐艦,潜水艦(これはすり抜け戦略のアームレース)という流れだ.

そしてそのまま進化生物学の知識を人間の戦争に当てはめて考察してみようという第4部につながる.
最初は要塞.シロアリ塚の防衛機能にふれた後,要塞の歴史が解説される.都市を囲って防衛すれば攻め落とすのには防衛側の数倍の軍勢が必要になる.これは最初期の文明から見られる.そして紀元前1500年には中東において二重城壁が現れる.アッシリアは様々な大がかりな攻城機を創り出し,攻城戦における攻城機具と城壁とのアームレースが始まる.文化的な多様性と文化進化の話題*5に簡単に触れた後,ヘレニズムにおける巨大カタパルト,それに対応した城壁システム,中世のトリビュシット,対抗する円筒形の塔のつながりで構成される城壁,大砲,星形要塞,より強力な大砲,空爆,地下要塞という流れを説明する.
次は船と飛行機.このような移動攻撃手段の巨大化あるいは高性能化に進むアームレースが生じるためには1対1型の戦闘が条件になるのは動物のアームレースと同じになる.古代のガレー船から潜水艦までの歴史がさらに詳しく解説され,飛行機のマシンガン積み込みとドッグファイトの開始,片方で1対1のドッグファイトはF22につながる戦闘機のアームレースになり,今やドローンに取って代わられつつある.爆撃機は一旦空の要塞になりかけ,ステルスを試み,最終的にミサイルに取って代わられる.
最後に国同士のアームレースが取り扱われる.これは高コスト,正直な信号,抑止力が主要なテーマになる.これは冷戦における核抑止まではうまく当てはまった.ソ連はそのコストの重みに耐えかねて崩壊し,冷戦は終わる.そして現在の状況についてエムレンはいくつか重い指摘をしている.まず動物のアームレースが教えてくれることは武器のアームレースによる抑止はほとんどの場合戦いを避けるが,稀には本気の戦いになることが避けられない.実際に米ソは核戦争へ至る崖の縁を2回(1962年のキューバ危機と1983年のソ連アメリカの行動を誤解したとき)覗き見た.また大量破壊兵器がコストをかけずに作ることができるようになるとこのシステムは崩壊するはずだ.そして世界の技術はその方向に動いているのではないかということだ.確かに安価な大量破壊兵器が実用化するとリスクは大きいだろう.


本書は進化生物学と軍事史が3:1ぐらいでブレンドされた読んでいて大変面白い本に仕上がっている.生物学についてはもちろん専門家であるうえに軍事史にも力がはいっていてエムレンが両分野とも大好きだということがよくわかる.美しいイラストやカラー写真も添付されていて楽しい.最後の警句もぴりっと効いていて構成的にも締まっている.両分野ともに興味のある人には特にお勧めである.



 

*1:ネコ類は食肉目の中でも捕食用の武器に特殊な適応を持っており,前肢の手首が内側にひねれるように特殊化している.これにより獲物に飛びついて爪で獲物を攻撃できる.

*2:もっともこの長い眼柄は武器として役に立つのだろうか.むしろ能力のアセスメント要素としてのハンディキャップであるような気がしないでもない.

*3:エムレンはここで金持ちのAzimut 40sヨットを例に出して説明している.

*4:エムレンは大艦隊は国力の正直なシグナルとして機能したのだと説明している.ただ大艦隊は国力のシグナルというより前に戦力としてかなり客観的に評価できるだろうから,インデックス型の戦力シグナルであった可能性もあるのではないだろうか

*5:自動小銃の歴史をその例として取り上げている