「Sex Allocation」 第9章 コンフリクト1:個体間のコンフリクト その7

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


さすがに大物トピックだけあって社会性昆虫の性比コンフリクトの解説はさらに続く.


9.6.6 性比コンフリクトの解決


ここまで見たデータで性比をめぐるコンフリクトが女王とワーカー間に生じうることははっきりしている.これまでは,女王視点,あるいはワーカー視点からのESS性比を理論的に導出することが可能で,そして実際の解決はその間のどこかになることしかわからなかった.理論的な課題はこのコンフリクトの解決モデル(生物学的な詳細を条件に最終的な性比を予測するモデル)の創出だとウエストは指摘する.いくつかの進展はあるがなお課題は多く残っているそうだ.

  • これまでの解決モデルは,生物学的詳細およびコントロールカニズムについては単純な前提(例えばすべてのコロニーが単女王単一交尾で,コロニー間の血縁の非対称に多様性がない;女王が最初の卵の性比を決め,その後はワーカーがメス卵のカーストについて完全にコントロールするなど)を置いているものに限られている.
  • これらのモデルは以下のことを示している.
  1. 性比は女王ESSとワーカーESSの中間で決まる.
  2. コロニー全体にとってはコストが発生する.なぜなら女王は(コロニー生産力から見て)無駄なオス卵を生産し,ワーカーは(同じくコロニー生産力から見て)過剰な繁殖メスの発達を促すからだ.
  3. まず女王が卵の性比を決め,ワーカーがその後でカーストを決めるという順序であるなら,結果はより女王視点のESSに近くなる
  4. より大きくコントロールするにつれてコストが下がるなら個体群全体では分離性比が進化する


3番目の点は興味深い.直感的には後手の方が有利になりそうなものだが,モデルでは逆になるらしい.残念ながらウエストは何故そうなのかを解説してくれていない.


エストはこれらのことは,どちらが勝つか,分離性比になるかを予測するに当たってコントロールのコストを知ることが極めて重要であることを示唆しているとコメントしている.

  • 単純シナリオでは,ワーカーにとってのコストは,どの程度早期から性比についてアセスできるか,排除した幼虫や蛹からどのぐらいリソースを回収再利用できるかに大きく依存する.しかしながらワーカーのコストは女王の卵性比戦略に依存し,どの程度依存するかはコロニーの生産の律速要因が卵なのかリソースなのかに関連するので物事は複雑になる.
  • 同様に女王にとってのコストは,ワーカーの戦略に依存する(ワーカーの戦略によって女王の戦略が変わり,コストが変わる)そしてここでも卵がコロニー生産力の律速要因になっているかがコストに関連する.そしてフィールドのデータはコロニーの性比パターンがリソースのレベルに影響を受けることを示している.
  • 分析のためには多くの要因を区別できなければならない.このためには実験的操作が有用だろう.

エストはさらに問題が複雑になり得ることも示唆している.

  • 同種のコロニー間でコンフリクトの解決が異なることはあり得る.オオズアリの一種Pheidole pallidulaでは一回交尾コロニーではオスバイアス,多回交尾コロニーではメスバイアスという分離性比が観測されており,血縁度の非対称から導かれる理論的予測とは逆になっている.考えられる説明は,単女王コロニーでは性比を女王がコントロールしており,多女王コロニーではワーカーがコントロールしているというものだ.単女王コロニーでは女王はメス卵の数を制限することにより主導権を持てるが,多女王コロニーでは女王同士の競争により卵数を制限する女王が不利になるとすればこれはあり得る(多女王コロニーでは女王同士の間で共有地の悲劇が生じていることになる).
  • さらなる複雑化要因もある.多女王コロニーでは異なる女王が異なる性比を選好するかもしれない.またどの女王が勝つかがワーカーの戦略(例えば血縁度の非対称に条件依存的な分離性比をとっているかどうか)に依存しているかもしれない.
  • また季節によって女王とワーカーの有利不利が循環しているという複雑化要因もあり得る.社会性であるコハナバチの一種Halictus ligatusでは繁殖期の初期には女王が,後期にはワーカーが有利になっていることが示唆されている.またコロニーにとっては前期にオスを作った方が(オスの交尾成功が高まるので)有利であるとも示唆されている.そのためこの種では初期に女王がもっぱらオス卵を産み,後期にワーカーが繁殖メスとなる卵を生産するパターンをとっているのかもしれない.(なぜワーカーがメス卵を作れるのかについての解説がなく,この記述は謎だ)またマルハナバチBombus terrestrisの分離性比にもこの繁殖期初期のオス有利性が関連していることが示唆されている.

最後にウエストはこうコメントしている.

  • これらのコンフリクトの重要な結果は個体群全体の予測性比を変える効果があることだ.女王が勝てば性比は0.5,ワーカーが勝てば0.25が予測される.
  • しかしこれが厳密に成り立つにはオス生産コストとメス生産コストが同じでなければならない.そしてコンフリクト自体がこの前提を変えうる.例えばヒアリのようにメス卵を制限することにより女王が勝っているとしよう.その場合オス生産には(機会費用という意味で)多大なコストがかかっていることになる.
  • その上で分離性比がある場合の個体群全体の性比予測のためには,以上の要因にコロニー生産性も加味した数理モデルの構築が望まれる.

コンフリクトの解決は生物学的詳細に大きく依存することがよくわかる考察だ.まさに悪魔は細部に宿るといったところだ.