「Sex Allocation」 第10章 コンフリクト2:性比歪曲者たち その12

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


性比歪曲者によるホストへの影響の3番目のトピックは,個体レベル,そして個体群レベルでの適応度だ.


10.4.3 個体レベル,個体群レベルでの適応度への帰結


性比歪曲者が個体群の成長や生存に影響するということはハミルトンの最初の論文から指摘されている.(Hamilton 1967)

  • メスへの歪比者がいると,オス(精子)供給がボトルネックになるまで個体群成長率を押し上げる.逆にオスへの歪比者は個体群成長率を下げる.
  • オス供給のボトルネックが生じた明瞭な例はタテハチョウのH. Bolinaだ.ここではオス殺しウィルバキアが精子供給を絞り,個別のオスは50回以上交尾しているにもかかわらず,メスの繁殖アウトプットは57%も減少している.
  • ハミルトンは極端なケースではメスへの歪比者も個体群を絶滅に導きうると指摘した.ただ実際にそのような絶滅は観測されていない.


エストは淡々と記述しているが,ハミルトンのこの論文はゲノム内の超利己的な遺伝子が一般に知られる遙か前の革新的なもので,あまりに時代を先取りしている.私が最初オリジナルのこの論文を読んだのは2000年頃だが,それでもかなり衝撃的な内容に感じたものだ.


これに対して性比歪曲者が個体群内の淘汰にどう影響を与えるかについてはあまり検討されていない.その理由の1つは性比歪曲者は高い伝達率を持つので,連鎖している遺伝子は少々有害であっても広まるからだ.

  • Xドライバーと一緒にいると組み替え率の減少メリットも受け,有害な遺伝子がさらに固定しやすくなる.
  • 利己的性比歪曲細胞質遺伝要素に関しては,歪比者のセレクティブスウィープが有害な細胞質要素も巻き込むだろう.これはミトコンドリアDNAを中立要素として系統分析や集団遺伝解析に用いる生物学者に問題を引き起こす.実際にオス殺しとそれに付随するミトコンドリアDNAは,生物種をこえて遺伝子侵入を引き起こしていることが知られている.
  • オス殺しのような細胞質遺伝要素は,感染個体と非感染個体間,異なる性比歪曲者の感染する個体群間の遺伝子フローを歪ませることにより,核の遺伝子プールの動態にも影響を与える.これらは実効個体群サイズを小さくし,遺伝的多様性を減少させ,適応を生じにくくさせる.
  • 単為生殖が生じるとオス機能にかかる遺伝子には急速に有害変異が蓄積する.その後単為生殖から逃れてもオスの配偶成功は下がっているだろう.


これらの知見は応用分野に生かせるだろう.

  • 性比歪曲者は,生物学的コントロールエージェントとして,ホスト生物個体群を減少,増加,コントロールすることに使えるだろう.適度のメスへの性比歪曲は個体群を増加させるし,CIバクテリアを持つオスを個体群に放出すれば不妊オスとして個体群の増殖率を低下させるだろう.
  • さらに細胞質遺伝要素を使って,人間にとって何らかのメリット(例えばマラリア原虫を伝染させない蚊の遺伝子など)のある遺伝子をホスト個体群に侵入させることもできるだろう.これはホストにとって少し有害な遺伝子でも歪曲者の強い適応度効果によって拡散させることが可能だからだ.


最後の応用はなかなか面白い発想だ.