「Sex Allocation」 第11章 一般的な問題 その6

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


11.3.3 適応の制約


これはグールドによる的外れで声高の主張が思い浮かぶ昔懐かしい進化をめぐる議論だ.ウエストは適応の制約の議論をこう始めている.

  • 今や,十分な時間と遺伝的変異があれば自然淘汰が生物個体に周りの環境に対する驚くべき正確な適応を生じさせることができることについてほとんど疑問はない.
  • 片方で環境の不均一性,複雑な遺伝システム,歴史的偶然が適応の最適ピークへの到達を制約するということもおおむね正しい.
  • この2つのプロセスの相対的な重要性を見極めることは今でも進化生物学が直面している大きな課題だ.


つづいてウエストは本当に重要な制約は声高に主張されているものと少し異なることを指摘する.

  • 発生的,系統的制約は比較的よく知られているが,実はその相対的な重要性は大きくない.例としてはパンダの「親指」がある.(ウエストは明示的に触れていないがこれがグールドを意識しているのは明白だ)
  • かなり一般的で相対的に重要な制約はあまり知られていない.それには突然変異,多面発現,環境の予測可能性の制限が含まれる.


そしてグールドが無視している(あるいは気づいてもいない)後者の制約について性比リサーチがいかに光を当てるかを解説していく.

<突然変異,多面発現>

  • 性比リサーチが適応制約について最初に用いられたのはヘーレによるイチジクコバチのリサーチだ.(Herre 1987)
  • イチジクコバチの観察される性比はLMC理論の予測と整合的だが,観察と理論の一致状況にはある傾向がある.パッチあたりのメス数がよく観察されるケースについて,より性比の観察と理論予測が一致するのだ.またよりよく観察されるメス数の元では性比の分散も小さい.
  • この表現型の分散のパターンは,遺伝的データと合わせて考えると興味深いものだ.
  • 知られている生活史形質についての遺伝的分散はほとんど同じ程度であり,突然変異と淘汰の平衡水準より大幅に小さい.有害な遺伝的変異が有害な多面発現をしているというのが,この現象について示唆されている1つの説明だ.例えば最適性比から外れる表現型効果を持つ突然変異はそれ以外の有害表現型効果を持つということだ.
  • イチジクコバチの種間で観測されている性比の分散と安定化淘汰効果の相関は,より強い淘汰圧にさらされている種の環境の分散が低いことを示しているのかも知れない.そしてそれはより強いカナライゼーションへの淘汰に由来するのかもしれない.

より観察されるパラメータ下でより適応が完全になる現象は理解しやすい.しかし遺伝的データを合わせた考察の部分は難解だ.確かに多面的有害効果は1つの説明になるが,なぜそのようなことが生じるのだろうか.なお今後のリサーチが待たれる部分ということかもしれない.
エストの説明はさらに続く.


<環境の予測可能性>

  • 最近「完全な適応に対する制約」を調べるために性比が使われるリサーチがいくつかなされている.そして性比は,関連する環境パラメータ値がより予測しやすいときに,より調節しやすいということが示されてきた.
  • (1)孤独性カリバチは,ホストサイズに対して性比を調整する.そしてホストを完全に麻痺させたり殺したりする種の方が,産卵後もホストの成長が生じる(つまりホストサイズの予測が難しい)種よりも大きく性比を調整する.
  • (2)子供の成長に必要なリソース量が予測しやすい(偶蹄類の中で妊娠期間の短い種,霊長類の中で子供の成熟期間の短い種)方がより大きく性比を調整する.
  • (3)パッチの中で同時産卵する(つまり社会的な手がかりによりパッチあたりメス数の予測が容易な)種の方が逐次産卵する種より大きく性比調節を行う.


<評価メカニズム>

  • さらにメカニズムが適応を制限することを調べるためにも性比は使われている.
  • 最もエレガントな例は,ワーカーが(女王アリが似たような炭化水素特質を持つ複数のオスと交尾したために)女王アリの交尾回数を推測することが難しい場合に性比調節を間違うことを示したものだ.(9.6.5,Boomsma et al. 2003)この場合完全な適応は炭化水素の多様性によって制限されることになる.
  • これは血縁淘汰における血縁認識の進化可能性問題の1つの例だと考えることができる.オスがより稀なアレルを持ち,稀な炭化水素プロフィアルを持っているなら,ワーカーはより正確な交尾回数を推測できる.オスは息子には何の遺伝的な貢献もできないので,(交尾回数が多いと認識するとワーカーはより性比を下げるために)稀なアレルを持つオスは不利になる.この結果,正の頻度依存効果が生じ,手がかりになる炭化水素の多様性は失われていくだろう.もし,これに対抗するような利点が稀な炭化水素プロファイルを持つ個体に生じる様な負の頻度依存淘汰圧(例えばコロニー認識による他コロニー個体の排除など)があるなら遺伝的多様性は保たれうる.
  • このような対抗する利点がないということが,LMCにおいて血縁認識による性比調整が観察されない理由なのかもしれない.

この部分のウエストの考察は興味深い.血縁認識手がかりは,それによる血縁淘汰についてコンフリクトがあれば,それにより影響を受けるのだ.