進化学会2015 参加日誌 その1 


2015年の日本進化学会は東京文京区,中央大学の後楽園キャンパスで開かれた.丸ノ内線後楽園駅から歩いて5分というところだろうか.植栽が美しく,いい感じだ.


大会初日 8月20日


初日の天候は,大気が不安定で湿度は高いものの,暑さはそれほどでもなくややしのぎやすい.学会は午後1番のプレナリーミーティングからスタート.なんといっても中国の恐竜学の第一人者で羽毛恐竜の発見に深く関わっている徐星の登場で,直前に「恐竜学入門」を読破している私にとって期待は高い.

恐竜学入門の監修にあたった科博の真鍋真から「本当に重要な恐竜化石を自分の眼で見ている,ここが並みの恐竜学者とは違うところだ」と紹介を受けて登壇だ.


The Evolution of Feathers: Insights from Recent Paleontological and Neontological Data  徐星(Xing Xu)


羽毛は非常に完成された構造を持つ.そして多彩な形態と機能(飛翔,断熱,防水,ディスプレー)を持っている.この羽毛の起源の問題には以下のようなものがある.

  1. 最初の羽毛はどういうものだったのか
  2. 複雑な構造はどう進化したのか
  3. どの動物が最初に羽毛を進化させたのか
  4. 羽毛の最初の機能は何だったのか

それらを考えるには現生鳥類の羽毛をまず理解しなければならない.ここでプラムのBarb-Rachis-Vane仮説が解説される.これは羽根が単純な突起から,分岐を持ち,さらにそれが複雑に絡み合っていくという発生および進化傾向を示したものだ.

そこからは素晴らしい羽毛化石の写真が次々に紹介される.

  • 始祖鳥(ジュラ紀)の羽毛は飛翔用の風切り羽になっている.プロトプテリクス(白亜紀)にはウロコのような羽毛,ロンギスクアマ(Longisquama)(三畳紀前期)には羽毛のようなウロコがある.これらはプラム説ですっきり説明できない.
  • いくつかの恐竜にはウロコのような皮膚化石が見つかっている.しかしそれらは皮膚のごく一部の断片にしか過ぎない.現生鳥類だって後肢だけ見ればウロコ的だ.
  • そして1996年から一連の羽毛恐竜の化石が次々に発見された.シノサウロプテリクス(初期白亜紀のコンプトグナトス類),アンキオルニス(ジュラ紀中期),ユーティラヌス(強大なティラノサウルスの一種)などの9種の獣脚類恐竜に続いて,プシッタコサウルス,ヘテロドントサウルスなど,現在では鳥盤類恐竜にも3種で羽毛化石が見つかっている.
  • 要するに多くのグループの恐竜で羽毛が見つかり,その構造や形態も多様なのだ.単純な繊維状のもの,分岐のあるもの,軸を持つもの,風切り,さらに現生鳥類に見られないようなもの(リボン状,扁平な軸を持つもの)などもある.
  • さらに初期鳥類に繊細な(飛翔に適さないような)羽毛も見つかっている.風切りについても始祖鳥と現生鳥類では翼の構造(多層か一層か)が異なる.これらが現生鳥類との共有形質なのか収斂形質なのかもよくわかっていない.
  • もうひとつ面白い問題はミクロラプトルで初めて見つかった後肢にある羽毛だ.これは今ではユーティラヌスを含むいくつかの恐竜類で見つかっている.現生鳥類はそこの部分はウロコになっていて,どのような進化過程があったのか様々な推測の余地がある.
  • ミクロの構造や色についてもいろいろとわかってきている.メラノソームから色の再現ができる例もいくつかあり,その多様性もわかりつつある.
  • 全体としてはプラム仮説のモデルを支持しているように見える.
  • 今後の方向としては,まず現生鳥類との比較,ミクロの構造,機能,遺伝子がポイントになる.また古生物学的な視点からも詰めることが残っている.まずなおサンプルが足りない.どこまでさかのぼれるかもなお不明だ.鳥盤類に羽毛が見つかり,翼竜にもモノフィラメントな構造があったのだとするとすべての共通祖先にまで羽毛起源はさかのぼるのかもしれない.そして起源的にはほとんど棘のようなものだったのかもしれない.


さすがに第一人者の講演だけあって充実していた.美しい羽毛化石スライドも見事だった.


ランチタイムを挟んで文化進化のワークショップへ 日本進化学会の中尾や三中による文化進化のセッションは私としては5年ぶりに聴くもので,5年間のリサーチの進捗が楽しみだ.

ワークショップ 日本の考古物遺物を中心とした文化進化的考察


日本先史時代の文化進化 中尾央


ワークショップの趣旨説明とここで用いられる具体例(遠賀川土器の系統推定)についての事前知識の解説.

これまで文化進化はボイドとリチャーソンの先駆的な研究以来いろいろと取り上げられてきた.しかし問題点もある.まず理論が先行していてデータに乏しいということがある.また分野的に分断化されていて連携がないという問題もある.ここでは歴史科学諸分野の連携・統合による分化進化学の構築を目指していく取り組みの一環を紹介したい.

欧州の石器形態の測定については先行事例がある.今回は日本の土器について取り上げたい.日本の土器の文化進化的な問題としては初期弥生式土器の遠賀川土器の起源と系統の問題がある.これが縄文土器からの自然な継承ではなく,朝鮮文化の影響が大きいことは広く認められているが,起源朝鮮様式が松菊里様式か先松菊里様式か,日本においては瀬戸内(岡山)起源か北九州起源か,多元的かという論争がある.(これらを土器の形状や出土地の地図を示しながら解説)

これらの問題を土器の形態を定量的に測定して分析するという形で取り組んでいる.それについて次の講演者に説明してもらう.


考古遺物への幾何学的形態測定学の応用 田村光平


まず用語の定義から.ここでは文化進化は生物進化の定義に習い「集団中の文化的構造の時間変化」と位置づける.そして系統的に近いものは定量的に似ているはずだという前提を置く.そして形態データから,起源や類縁について推定したい.

では何故ここで土器を扱うのか.歴史データにはいろいろあるが,考古物はまず高い空間時間的解像度を持つ.人骨もいいデータを与えてくれるがいかんせん出土数が少ない.また過去データを直接扱えるのも魅力の1つになる.

ここで遠賀川土器の問題について(1)瀬戸内説と(2)北九州説と(3)多元説を並べると,それぞれ類似度が,(1)朝鮮>瀬戸内>北九州(2)朝鮮>北九州>瀬戸内,(3)朝鮮>北九州,朝鮮>瀬戸内の類似度があまり異ならない,ということになるはずだ.これによって検証を試みる.

形態データの定量化には楕円フーリエ変換と主成分分析を用いる.楕円フーリエ解析とは形状データを輪郭として捉え,その輪郭を点が等速度で動いた場合の経時座標を関数と見立ててフーリエ変換するものだ.そしてそのデータを人の認知で見やすくするために主成分分析にかける.今回朝鮮,北九州,瀬戸内の150あまりの甕のデータをとってみたところ,第1主成分は甕の太さ,第2主成分は左右への傾き,第3主成分は口が内外どちらに傾いているか,第4主成分は丸いか角張っているかのような成分になった.左右の傾きは適当でない(どちらに傾いたデータなのかはある意味恣意的で,傾きも文化的な意匠と言うより作成以降のゆがみである可能性が高い)ので外して1,3,4成分を3つの産地でプロットすると瀬戸内の甕が(データ数も多く)最も広くばらつき,その中に分離して朝鮮と北九州が含まれるという形になった.

解釈としては北九州説は否定され,瀬戸内と多元説はそれぞれ棄却されないということになる.

また古墳の形態を測定する試みも行っている.この場合3次元の形を測定したい.そこで楕円フーリエではなく,それぞれの前方後円墳の相同な点を決めて,その3次元座標データをとり,それを主成分分析にかける.第1主成分は前方と後円の相対的な大きさ,第2主成分で後円の高さが現れる.

現地でレーザー測定していけばよりいいデータを集められると考えている.


形態測定学の進化生物学における活用:細胞から個体,人工物まで 野下浩


これまでは巻き貝の3次元的形態や小麦の穂の形態を扱ってきて.今回土器の測定にも参加している.生物学の世界で広く用いられている形態測定手法を様々な分野に応用していくという趣旨で話したい

その前に用語の定義.「かたち:morph」は視覚や触覚により認知される形質を指す.この中で移動や回転によっても不変な性質を「形態:form」と呼ぶ.さらに形態の中で拡大縮小が必要かどうかで「サイズ:size」「形状:shape」を区別する.

ではどのようにこのような形態を定量化するのか.先ほどの発表にもあったが,大きく分けて標識点ベース法と輪郭ベース法がある.(このほかに理論的な形態作成関数を作ってパラメータを解析するものがある)

標識点ベース法は,相同な点を見つけてその座標をベクトルデータとして処理するもの.この際に回転,移動,拡大縮小でどううまく標準化できるかがポイントになる.輪郭ベース法は形を関数として捉え,そのスペクトラムをフーリエ解析するものだ.いずれも直感的にわかりやすくするために主成分分析が用いられる.

これまでの応用例

  • 種子の形態とゲノムデータの対応:ゲノムデータから種子の形を予測する
  • ソープボトルの印象評価:フーリエ解析データとアンケート調査を対応させる.

今後の方向

  • 球面調和関数を用いて3次元物体の表面の形を解析する数理手法
  • 点の位置がある範囲に確率分布するとしてモデル化する.この分布域がつながれば輪郭法に近くなり上記両方法の間の結ぶ解析となる.

ハードな解説でなかなかな面白かった.フーリエ解析とはなかなか面白い着想だ.


農耕文化拡散過程における人口動態と分化伝播 松本直子


初期弥生文化が北九州から西日本全体に広まっていく過程についてのシミュレーション.ポイントはそれが朝鮮からの渡来人の人口増大分散によるものか(デーミックディフュージョン),縄文人だった人達への文化伝播によるものか(カルチュラルデフュージョン)というところ.

これまでの考古学データから見ると,初期弥生の伝来は紀元前10世紀頃それから弥生前期の終わりになる紀元前5世紀までに西日本に広く弥生文化が広まったようだ.最初に北九州に文化ともに渡来人が入ってきたのは確実.しかし渡来人だけ固まって住んでいた様子はなく縄文由来の現地人と共住していたようだ.文化要素の中には北九州のみに止まったものもあるがほとんどは斉一的に西日本に広まった.また人骨的には九州から離れると縄文由来人の比率が高く,デーミックだけでなく文化伝播があったことも確実.

そこで5地域の連続集団分散+文化伝播モデルを作ってシミュレートしてみた.

(大まかに結果を要約すると)
学習が同地域からランダム,血縁(一緒に分散)集団からランダムという条件では急速に文化が広まることはない.より優れた文化を持っている血縁者がいれば必ず学習するという条件では急速に文化が広まる.そして最後のシミュレーションは弥生文化の伝播の様子に似ているようだ.


最後の条件は一方向のみに学習が生じるということだから当然ランダム条件より広まりやすくなるだろう.だからまずシミュレーションとしてはある意味当然.現実にもそういう形でのみ学習が起こったと言うことも十分あり得るだろう.そういう意味では面白い.


全体コメント:新しい考古学の系譜 三中信宏

歴史を扱う諸分野で同じ動きになっていることについてコメント.

  • 具体的には体系学のハルの本(1988)と,考古学のオブライエンの本(2005)が,今後の学問のあり方として科学的プロセスを取り入れようということで,ほとんど相似形になっている.
  • 考古学の少し前のムーブメントもやはり体系学と似ている.古い考古学から脱皮しようとする新しいプロセス考古学の流れが1960年代.これはどのように数学を取り込むかという視点で始められた動きだ.単位の定量か,推測統計の利用などが議論されている.なお考古学の場合にはさらに1970年代に反動的にポストプロセス考古学の流れが来たようだ.


同じ歴史を扱う学問に時間的なずれをともなって同じ動きがあるというのは宿命のような気もするが,興味深くもあるということだろう.「進化」と言うより文化伝達の計量測定のような話だったが,私の知らないことが多く面白かった.