「Sex Allocation」

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)

Sex Allocation (Monographs in Population Biology)


本書は行動生態学者であり,数理生物学者でもあるウエストの手になる性比理論の総説書だ.この分野の歴史は古く,ダーウィンその人が(多少混乱しながら)なぜ多くの生物の性比が1:1になっているのかを考察している.そしてフィッシャーによる(ESSの考え方を大きく先駆けた)エレガントな説明があり,1967年のハミルトンのLMC(局所配偶競争)を論じた革新的な論文につながる.このハミルトン論文以降,性比問題は多くの生態学者,理論家の注目を集め膨大なリサーチが積み重ねられてきた.その結果行動生態学の金字塔ともいわれる美しい理論とその実証が得られている.この分野については早くも1982年のシャノフによる総説書が書かれているが,本書はその後の進展を合わせて2009年にウエストが総説しているものだ.


本書ではまずなぜ多くの生物で性比が1:1に近いのか*1の説明をめぐる学説史から描かれる.ここでESS的に親による等投資が基本原則であることが明確に解説され,いくつかの実証リサーチを扱ったあとその後の例外に進む.


最初は親子などの血縁者間に相互作用があり,片方の性の子を持つと,血縁者間でより競争関係になったり,より協力的な関係になったりする場合に性比が歪むことが扱われる(局所リソース競争および局所リソースエンハンスメント(LRC,LRE)).これは局所配偶競争(LMC)の一般的なケースになる.そしてウエストは理論の解説のあと様々な魅力的な実証リサーチを紹介している.セイシェルムシクイの見事なリサーチや,半倍数体の血縁度が絡む膜翅目のリサーチはいずれも興味深い.そして数多くのリサーチを読むと実際には多くの要因が絡んでいて明確な実証が難しいことがよくわかる.
この一般論のあと,最も美しい性比理論であるLMCが扱われる.まずハミルトンに始まる性比の理論式が様々な場合に応じて解説され,膨大な実証リサーチが生物群ごとに紹介される.イチジクコバチマラリア原虫のリサーチは印象的だ.そして様々な拡張がある.部分的なLMC,パッチ内で逐次的に産卵が生じる場合,クラッチサイズがメスごとに異なる場合,メスが交尾相手が兄弟なのかそうでないのかを感知できる場合,分散に制限がある場合,世代重複がある場合,(オスの受精能力に制限があり)受精保険が重要である場合,確率的に性比調整がなされる場合,パラメータのアセスメントが確率的にしか得られない場合などだ.ここは本書の中でも最も理論的に細部まで磨き上げられた分野であり,まさに行動生態学の宝石と呼ぶにふさわしい.見事な総説,めくるめくようなリサーチと得られた知見の数々,まさに読みどころであり,実際読んでいて飽きないところだ.


次に条件付き性比戦略が扱われる.古典的トリヴァース=ウィラード(TW)戦略,環境依存性決定,性転換などがそれに当たる.最初はTW戦略.理論がまず紹介され,実証に進む.実証はなかなかクリアーな結果が少ない.複雑な要因に晒されているからだろう.環境による性決定については面白いリサーチがあって興味深い.続いて環境依存性決定,性転換も理論と実証が解説される.
条件付き戦略もその拡張理論が扱われている.最初はTW効果があるときに集団全体の性比はどうなるかという問題だ.ウエストは集団全体でフィッシャー性比になるという誤解があることを嘆き,それは「安い」方の性に偏るのだと明晰に解説している.また性転換にかかる複雑性もなかなか興味深い問題を多く生じさせるようだ.このあたりも読んでいて楽しいところだ.なお爬虫類の温度依存性決定についてはその進化的な説明はなお謎にとどまっているようだ.確かに不思議なところだ.


次に集団の性比が世代間で変動する場合が扱われている.なかなかトリビアルな問題なようでもあるが,詳細は面白い.そしてこれは実は「半倍数体の膜翅目で一時的に性比がメスに偏るということがあるなら,協力行動の進化をより包括適応度的に説明しやすい」というポイントに絡むもので,かなり白熱した論争があったことも解説されている.実際には,なお理論と観測が一致しない現象が多く,理論的にまだ探索の余地が大きいようだ.


ここからコンフリクトが扱われる.性比とコンフリクトといえば,トリヴァースとヘアによる膜翅目社会性昆虫によるクイーンとワーカー間の性比コンフリクトが有名だが,(特に半倍数体生物では)実は性を決められる子供の立場も考慮すると,親子間,兄弟間,父母間の利害は一致しないことがあり,コンフリクトがありとあらゆる場所に生じる可能性があることがわかる.ここでは多胚発生の寄生バチの議論が印象的だ.1卵あるいは2卵からクローンの多胚が生じるために息子視点,娘視点からの性比実現の可能性が開ける.そしてメスクローンからは性比を調節するための兄弟殺しの兵隊カーストが生じるのだ.古典的なトリヴァース=ヘアのクイーンワーカー間コンフリクトも調節の至近メカニズムを含めた詳細は実に興味深い.クイーンが卵数を制限しオス卵の比率を非常に高めることで,ワーカーによる調節に対抗している場合もあるのだ.そしてここでも理論が予測する分離性比が観察されないという問題が大きな謎として残っていることがわかる.

そして遺伝要素間コンフリクト,性比歪曲者に進む.本章を読むと遺伝要素間コンフリクトの大きな部分が性決定に絡むコンフリクトであり性比歪曲者であることに改めて驚かされる.そしてその詳細は「理論的に生じうることが本当に生じている」という衝撃にあふれている.マイオティックドライブ,B染色体,フェミナイザー,MSR,オス殺し,CMS,単為発生誘導,細胞質不和合性,ゲノミックインプリンティングと続け様に解説され,さらにそれがどのように解決されていくのかの動態的な説明,そしてそれが繁殖システム,個体群,種分化に与える影響への議論がある.まさに息もつかせぬ面白さだ.


そしてウエストは最後にこの性比理論の持つ意味をまとめている.それは理論と実証が相互に好影響を与え合って進んだために圧倒的に成功した理論*2であり,包括適応度とESSアプローチの豊穣さをよく示している.そして理論が非常に成功しているために,至近的メカニズムの問題が相対的により重要になっている.ここではこれまでのグールドたちによる適応主義批判や,DSウィルソンによる頭でっかちのマルチレベル淘汰理論に対するウエストのスタンスがコメントされていてちょっとクスっとさせられる部分でもある.また保全や農業.医療面での応用も示唆されていて興味深い.


全体としてともかくも重厚な総説だ.そのまとめに要した労力を考えるとひたすら敬服せざるを得ない.その理論の精妙さ,この分野の多くの実証リサーチの積み重ねの重み,細部の複雑性は圧倒的だ.行動生態学に興味を持つ人にとってどこまでも深い各事例の詳細を味わいながら学問体系の精華を味わうのに最高の書物だろう.



 

*1:これは(オス親による子の世話がない場合には)メスに傾ける方が種のためにはいいはずなので,ナイーブグループ淘汰的な「種のための」進化観からすると大きな謎になる

*2:その正反対が「協力の進化」分野だとウエストはコメントしている.そこではヒトのモラルに絡むがために理論家は地に足がついていない壮大な理論構築に励み,実証と有機的に連結していないがために停滞しているとウエストは強調している.