日本進化学会2016 参加日誌 その4


大会二日目 8月26日 その2


午後は利己的遺伝因子のワークショップへ


ワークショップ 利己的な遺伝因子の進化学

イントロダクション 小島健司

ワークショップの趣向説明.基本は様々な利己的遺伝因子があることを紹介したいというもの.
まずホストゲノムへの寄生型があり,この中にもいろいろなタイプがある.またより広く,ウィルス,プラスミド,転移遺伝子,ホーミングエンドヌクレアーゼのようなもの,さらにホストに自己の複製を共用するようなタイプもある.


Repbase に見る真核転移因子の多様性 小島健司
  • RepBaseとは反復配列で,ゲノム配列が読まれるようになって報告件数が増加しており,ヒトでは583種類が知られている.このヒトの583種類はほぼ出尽くしていると考えられるが,それ以外の生物ではなおどんどん報告され続けている.ゼブラフィッシュの1900個とか蚊の一種で2100個とかヒトよりはるかに多い生物も多い.
  • これは基本的には転移因子(transposable element)で,この中にはDNA転移因子,LTR(long terminal repeat)レトロ転移因子,NonLTRレトロ転移因子(LINEとSINE)などがある.(ここでLTRとNonLTRの転移メカニズムの詳細を説明.LTR型はCut & PasteでNonLTR型はCopy & Pasteと考えることができる)
  • 転移因子のスーパーファミリー間の関係:系統樹を示していろいろな解説がある.DNA転移因子によるもの,LTR型転移因子によるものが入れ子になっていて,一部はウィルス起源である様子が示される.また一部には配列に収斂がみられるそうだ.
転移因子SINEが持つ起源の古い共通配列の進化的意義を探る 西原秀典

続いてSINEについての講演.

  • SINE(short interspersed nuclear element)はNonLTRレトロ転移因子の短い配列でゲノム中に散在している. 自分で転写メカニズムをすべて持っているわけではなく,一部の機能をLINEの配列による酵素に依存している.いわばLINEに寄生しているといってもいい. 
  • ヒトにおいて最も偏在しているSINEはAlu配列と呼ばれるもので,全ゲノムの10%を占めている.(ヒトの全ゲノムにおける転移因子の割合も示されていた.ヒトではLINEが20%強,SINEが13%強,さらにLTRとDNA転移因子を加えると全ゲノムの約半分が転移因子ということになる.)
  • 脊椎動物間で比較すると,SINEの配列には科レベルで特異的に分布している.例えばAlu配列は霊長類に特有だ.ネコ科の動物とイヌ科の動物では異なっている.おそらく数千万年単位で起源して広がるのだろう.
  • しかしこれには例外がひとつある.コアの共通配列から派生したスーパーファミリーがあることが知られている.これまでは4タイプとされていたが,さらにもう一つ発見できた.
  • ではなぜこのような古い共通のSINEが存在するのか.何らかの(利己的因子にとっての)機能があるのかもしれない.いわれているのは,転写活性,RNA安定性,逆転写酵素の認識,配列の多様化,ホストへのよい影響などだ.このあたりは今後調べていきたいと考えている.

SINEの系統間の差異と例外としてのスーパーファミリーの話は興味深い.

レトロン 〜細菌のレトロエレメントの構造と機能〜 島本整

バクテリアに見られる逆転写酵素遺伝子を含むレトロエレメントをレトロンと呼ぶ.これはバクテリアにある利己的遺伝要素で,バクテリアゲノムに数百コピーが見つかる.
構造的にはmsDNAと呼ばれるRNAとDNAがあわさった配列と逆転写酵素の遺伝子がつながっている形になる.(1984年にバクテリアにmsDNAが見つかり,1989年に逆転写酵素遺伝子が見つかっている.)講演ではその構造,多様性が解説され,今回コレラ菌でもこのレトロンが見つかったこと,これが病原性の発現に影響を与えている可能性があることなどが説視されていた.

プラスミド宿主域の情報学的予測 鈴木治夫

プラスミドによりバクテリア間で遺伝子が水平伝播されると,抗生物質耐性が広まってしまうので実務的には重要な問題になる.
ここでは水平伝播が生じるときの仕組み,プラスミドの構造(プラスミドがプラスミドとして機能するための領域と,それに乗っかって広がる領域など)が解説され,その後「みねうち制限酵素」を用いて塩基を切断せずにメチル化を利用して配列を調べるテクニックが詳しく説明された.

バイオフィルムとトキシン-アンチトキシン遺伝子から見る微生物コミュニティー 中島信孝

バクテリアに関わる現象から役に立ちそうなもの(代謝酵素など)を見つけようというリサーチの講演.
多バクテリアであるバイオフィルムを実験室で培養し,遺伝子の発現解析をかけていくというもの.

バキュロウイルスはいかにして宿主を制御するのか 勝間進
  • バキュロウイルスは昆虫,特にチョウ類によく見られるウィルスで,感染すると核内に多角体を生じさせる.そしてホストの行動操作を行うと考えられる.感染したチョウの幼虫は高いところに登りてっぺんから垂れ下がって死亡してウィルスをまき散らす.(食草の上にまき散らされたウィルスを葉と一緒に食べることにより次のホストに感染が生じる)
  • ウィルスは2重の環状DNAで構成され,ホスト遺伝子とは12%がホモロジーになっている(これ自体はよくある話)
  • またチョウに感染するタイプでのみFGFと呼ばれる肢に関する成長因子が見つかった.おそらくもともとの機能を離れてチョウ類の感染にのみ関連するような機能があるものと思われる.
  • またPTPと呼ばれる配列もあり,元々脱リン酸化にかかる遺伝子だが,これをノックアウトすると高いところに登る行動を見せなくなるので,行動操作にかかわる機能を持つようになったものだと思われる.


以上でワークショップは終了だ.利己性にかかる部分の発表はあまりなくてその部分では期待と異なったが,いろんな話が聞けて面白かった.続いて口頭発表へ.進化言語に関する発表が続くセッションに参加.


口頭発表

統語能力の適応的進化は想定可能か:行動多様性の推進力 外谷弦太
  • 統語能力は語の組み合わせ方によって意味が異なることを可能にするもので,階層構造を持つのが特徴.語の再帰的操作を行い,(A(BC))と((AB)C)で異なる意味になる.
  • そしてヒトのみに見られる.これは進化産物なのだろうか.
  • シナリオには二つある.(1)創発現象で突然コミュニケーションが可能になったというチョムスキー的なシナリオと(2)進化環境においてコミュニケーションが有利になり適応として進化したというピンカー的シナリオだ.(1)についてはなぜコミュニケーション能力に淘汰がかからなかったのかが疑問だし,(2)は何故ヒトだけなのかが説明できない.
  • ここで離散的な要素の組み合わせで異なる意味が生じる統語能力に似たものが,一般的な行動にも存在する.それは物体に対する操作においてはその順序や組み合わせによって異なる結果になるというものだ.これを操作する能力を前適応として統語能力が進化したというのが「運動制御起源説」(藤田2016)になる.
  • この運動制御は道具製作においてエンジニアリング的に有用だと考えられる.そして考古学的な証拠を見ると,2百万年前頃の東アフリカの乾燥化,サバンナ化とともに石器様式はオルドワンからアシューリアンに移り変わっている.
  • ここで再帰的な操作概念が特に有用なのは,1人で多種類の石器を作る必要があるときだ.ここで集団内で道具を作るモデルを作る.すると集団内競争が緩いと分業化して個人個人は同じものを作っていればいいが,激しいと1人で何十種類もの道具施策が必要になる(そしてその場合には再帰的操作が有利だ)という状況が生じうる.
  • このことから,まず(集団内競争が厳しくなって)道具製作プロセスにおいて再帰的な操作を行う能力に淘汰がかかり,その能力を前適応として統語能力が進化したと刷るシナリオを書くことができる.


個人的にちょうどピンカーの歴史的論文を読んでいるところなので,「えっ,言語学者は30年たってまだここから議論するの」というのが正直な印象.言語創発説について言語適応説の対立候補となり得るほど考慮に値するものだと考えているのにはびっくりさせられるし,ヒトにしかないから適応は疑問という言い方もかなり受け入れがたく感じる*1
そこはおいておくとして,再帰的な操作能力がどう進化したかというのはまだ決着がついていない問題で,道具製作の物体操作が基盤になったという考え方自体は一つの仮説としてあり得るだろう.また個人的には社会的関係においての心の理論の方がより再帰的操作能力としての統語能力に近い気がするところだ.
なおこの講演の集団内競争強度の話が運動制御起源仮説にとってどのように重要なのかはよくわからなかった.特に競争を考えなくても多様な道具を作るのに有利だったというだけではいけないのだろうか.

進化言語ゲームにおける中立安定戦略の均衡選択

情報のセンダーレシーバーゲームを有限集団内で行って進化ゲームを行い,どのような言語が進化しやすいかを調べるリサーチ手法についての解説.これにおいて2戦略間の頻度がどう推移するかを見て,片方に傾いて安定する戦略を中立安定戦略と呼ぶ.具体例としては同音異義語の進化について取り上げていた.


主に理論的な講演なのに,この中立安定戦略とESSの関係については全く説明されず,ちょっと残念.いずれにせよこの手の手法は,情報伝達の正確性に向かって淘汰圧があるというかなりナイーブな前提の上に乗っていて,いつも気になるところだ.

ヒト言語の構造依存性とその進化 藤田耕司
  • ヒト言語も進化産物であるなら漸進的に形作られたはずでその原型があるだろう.
  • その手がかりとしては,幼児語,ピジン,失語症,動物のコミュニケーション(発声させる試みや人工文法学習の試みもある)などがある.ここでは動物との違いを考える.
  • ヒト言語は階層構造を持ち,回帰的で,合成を行える.動物コミュニケーションは,非階層,非回帰,非合成だ.具体的にはヒト言語では(A(BC))と((AB)C) とで異なる意味が生じる.(英語,日本語でいくつかの具体例の提示)これは動物には見られない.しかし,萌芽的なものがあるのではないかといういくつかの主張が最近なされている.
  • 2006年にはハナジロザルで,ヒョウ,ワシの警戒音をつなげると「逃げよう」という意味になるという報告があった.しかしこれは意味の合成にはなっていない.もっともヒト言語にも意味の合成がないような連語がある「bird brain(間抜け)」「kick the bucket(死ぬ,くたばる)」.これは外心構造性と呼ばれるもので,ジャッケンドフはこれを言語進化の生きた化石と呼んでいる.
  • 2006年ホシガラスで,2011年ジュウシマツで,さえずりに回帰的な文法があるとの主張がなされた.しかしこれは主張された内容をよく見ると階層的に分析しなくても理解できるものだった.
  • 別の鳥類でABでフライトコール,BABでプロンプトコールになるという主張もあったが,これは合成的とは言えない.同様に2016年にはABAとAABで異なる意味になる例がキンカチョウとセキセイインコで主張された.これも合成とは言えない.
  • さらにABCで「調べろ」Dで「近づけ」の場合に,ABCDでとDABCで意味が異なる例が報告された.これが回帰的だと主張されたが,実際には語順だけで決まっていて階層性は見られない.
  • ヒト言語の統語モジュールの階層性は,感覚モジュールや意味モジュールとのフィードバックの中で「併合」を通じて作られると考えられる.そしてこれは道具製作における行動の併合が原型になっており,一つの外適応だと主張したい.また実際にチンパンジーやカラスにはこのような行動操作の階層性の原型が見られる.

運動制御起源仮説の概説.なかなか階層性というテーマは扱いが難しいことがよくわかる.

進化はなぜ「進歩」だと理解されるのか:人文諸科学における「進化」の語の由来と発展 藤井修平

進化という単語が実際にどう使われているかを調べ,人文科学者の受け取り方を解説するもの.

  • ポケモンや運動選手の能力向上や技術製品の性能向上に,よく「進化」が,生物学的な意味と異なって使われるのはもはや周知のことだが,それを新聞(毎日と読売,さらにevolutionについてNYT)のデータベースで調べてみた.すると予想通り,技術進歩,個人の技能向上,組織体制の向上について多く使われており,多くは意図的進歩的肯定的な意味で用いられていた.
  • これは近年だけではなく,(ダーウィン以前は,そもそもevolutionは「予定されていた通りの展開」などの意味だったが)ダーウィン以降であっても,前進的進歩的な意味でevolutionを用いるサーリンズのような論者は多く,そして人文科学から見るとそれは西洋の優越を前提にした誤った感覚に見える.そして実際に「宗教の進化」という言葉を聞くと,進化生物学者は「ヒトの心に宗教的な要素があるのはどのような淘汰の結果なのか」という問題が浮かぶが,人文科学者にとっては「遅れたアニミズムから多神教,そして一神教へ」という問題が心に浮かぶ.これには気をつけていくべきだ.


あちらの議論では,スペンサーの社会ダーウィニズムからナチの優生学が取り上げられるところだが,日本の人文科学ではこういう感じだというのは,それぞれの違いということだろう.講演ではいろいろな用法の実例もいろいろあって,詳細が面白かった.個人的に受けたのはNYTの「ドナルド・トランプのヘアースタイルの進化」,最も多かった用例は「スマホの進化」だそうだ.



以上で大会二日目は終了だ.

*1:この理屈は突き詰めると,独立に1回のみ進化した単系統にのみ見られる形質はどんなにほかの特徴が適応を示していても適応形質であることを排除できるという議論になる.ゾウの鼻もキリンの首も皆適応産物であることを疑うというのだろうか