「子を他人に預ける鳥,カッコウ類研究の最前線」


少し前になるが9月24日に山階賞受賞シンポジウムとしてカッコウと托卵鳥に関する講演会が開かれたので参加してきた.これは今年上田恵介氏が山階芳麿賞を受賞した記念に,本人と教え子による一般向け講演会が開かれたというものだ.場所は本郷の東大弥生キャンパス内にある弥生講堂一条ホール.
主催者(山階鳥類研究所)挨拶によるとこの一条ホールはベニカラマツを使った木造建築物で,ベニカラマツは年を経るに従ってその赤味が増して美しくなるのだそうだ.今でもなかなか美しいが,さらに風格が出てくるということなのだろう.

托卵研究はどこまで進んだか? 欧米の研究,日本の研究 上田恵介

まずは自らのリサーチを振り返る.

  • 最初のリサーチはセッカの配偶システム.これが連続的な一夫多妻であることを示した.
  • 次にミゾゴイを調べ始めた.同じフィールドではアマチュアの研究者として名高い増田さんや内田さんがカッコウを調べていた.これがきっかけで托卵に興味を持つようになった.
  • カッコウの托卵を見ていると,ホストの巣を見つけ,その産卵パターンを見張り,ホストが巣を離れた隙にさっと舞い降りて托卵する.考えてみると大変難しい作業になる.
  • ヒナは孵るとホストの卵(孵っていればホストのヒナ)を自分の背中に乗せて巣の外に押し出す.
  • そして巣を独占したカッコウのヒナはホストのヒナとは似ても似つかぬ姿で最終的には巨大になるが,ホストはそれを育ててしまう.何故このような我が子と似ても似つかないようなカッコウヒナをホストは育ててしまうのか(そうしないように進化できないのか)が当時最大の進化的な謎だった.
  • 托卵習性自体はアリストテレス以来知られていた.そしてカッコウのリサーチはヨーロッパでは盛んに行われ,ここ20年ぐらい論文数も多い.現在最新の研究が盛り込まれた本としてはデイビスのものがあり,これは邦訳もされている.


紹介されたデイビスのカッコウ本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20150405

Cuckoo: Cheating by Nature

Cuckoo: Cheating by Nature

同邦訳.私の訳書情報はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160415

カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック

カッコウの托卵: 進化論的だましのテクニック

  • 托卵は全鳥類の約1%に見られる.カッコウ類のほか,コウウチョウ,ミツオシエ,テンニンチョウ,カッコウハタオリ,ズグロガモで知られている.托卵のやり方もいろいろ.コウウチョウはホストを選ばない日和見托卵を行う.ミツオシエにはヒナのクチバシにホストビナを殺すための「牙」が生えている.
  • カモ類では同種托卵が多いことが知られている.これはヒナが早成性で自分で餌をとるので托卵されるコストが小さいことも要因だと考えられている.同種托卵はツバメやムクドリでも見つかっている.
  • ホストの対抗進化も知られている.モズなどはカッコウを見つけると攻撃する.卵排除はいろいろなホストで知られている.この排除行動にはホスト側に個性があることが知られていて,神経質な親は自分の卵まで捨ててしまうことがある.
  • カッコウはこれに対抗して卵擬態を行う.モズやアオジに托卵するカッコウの卵はホスト卵によく似ている.これに対してノビタキやアカモズへ托卵するカッコウの卵はホスト卵にあまり似ていない.そしてホスト側にまだ卵排除行動の進化が生じていない.
  • ヨーロッパにはカッコウ類はカッコウ一種しかいないが,日本にはカッコウ,ホトトギス,ツツドリ,ジュウイチと4種がいて,托卵研究には向いている.それぞれ特定種をリサーチしている研究者もいる.カッコウ類とその代表的なホスト類を対照すると以下のようになる.
  • カッコウ:ホオジロ,オオヨシキリ,モズ(北海道ではノビタキ,ノゴマ)(長野ではモズ,アオジ,オナガ)
  • ホトトギス:ウグイス,ミソサザイ
  • ツツドリ:キビタキ,メボソムシクイ(北海道ではヤブサメ,センダイムシクイ)
  • ジュウイチ:オオルリ,コルリ,ルリビタキ(青い鳥が多いのが特徴)
  • カッコウは比較的に短時間でホスト転換することが知られている.日本のカッコウのホストは戦前は圧倒的にホオジロだった.日本のカッコウの卵に線状紋が多いのはその名残と思われる.
  • ホトトギスの代表的ホストはウグイスだが,ウグイスは赤味の多い卵を産み,とりわけ卵識別能力が高いことが知られている.万葉集を見るとホトトギスを詠んだと思われる句は多いが,カッコウは登場しない.おそらく奈良時代に奈良盆地にはカッコウがいなかったのだろう.そして和歌には,赤い卵が登場し,ウグイスとホトトギスの関係を思わせるものがある.だからホトトギスとウグイスについては少なくとも1300年間ホスト転換が起こっていないことがわかる.ウグイスの第1回繁殖は早春でホトトギスの飛来前になる.だからウグイスにとっての托卵のコストは比較的小さいという事情も関係しているのかもしれない.
  • ホトトギスは函館までしか分布していない.そしてそれより北の北海道ではツツドリがウグイスに托卵する.そしてツツドリは函館以北では赤い卵を産む個体が多いが,それより南では白い卵を産む個体が多い.これは樋口さんの研究で,「赤い卵のひみつ」という子供向けの本で解説されている.

赤い卵のひみつ (自然と生きる)

赤い卵のひみつ (自然と生きる)

  • 最新のDNA分析によると,カッコウ,ホトトギス,ジュウイチは明確に分岐した別種として系統樹を描くことができるが,ツツドリはよりカッコウと近縁で,複雑なDNA組成を持つようだ.(交雑を示唆しているようだが,明示的には言及されなかった)
  • ジュウイチのホストは皆青い鳥だ.コルリは青い卵を産み,托卵排除し,ジュウイチの卵も青い.オオルリとルリビタキは白い卵を産み,卵排除は進化していない.
  • ジュウイチの話は田中さんに譲りたい.

大変楽しい講演だった.托卵一般の話はデイビスの本などで既知のことが多かったが,日本の4種の托卵鳥の話は大変興味深かった.最後のところは,要するにジュウイチは元々コルリをホストとしていたが,青い鳥へ托卵することから,視覚認知的なホスト選好バイアスがあって,オオルリ,ルリビタキにホスト転換が生じやすかったということなのだろうか.面白いところだ.

仮親を騙す“分身”の術〜ジュウイチ雛の妙技〜 田中啓太

  • 自然界にはウソがあふれている:ハナカマキリの擬態,眼状紋,偽の頭,化学擬態など


ここでこの本を紹介.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160604

Cheats and Deceits: How Animals and Plants Exploit and Mislead

Cheats and Deceits: How Animals and Plants Exploit and Mislead

  • ジュウイチは分身の術を使う,托卵ヒナの翼にはホストビナの口に見える模様があるのだ.(ここでビデオ紹介)
  • これは多くのホストビナがいるようにホストの親を欺くものだと思われる.
  • でも本当に同じ色に見えているのか.鳥はヒトの視覚システムとは異なり,4原色見えるのでそれを調べた.分光光度計を用いて分析するとほぼおなじに見えていることがわかった.
  • 本当にホストをだませているのか.これは翼の模様を黒く塗るという実験を行って確かめた.確かに効果がある.
  • これらは富士山の五合目で調査した.いろいろ大変だった(この大変さの詳細も説明がある)
  • そして最後に決定的な証拠としてホストの親がジュウイチビナの翼模様に給餌している動画を撮影することができた.(そのビデオの紹介)

有名なリサーチだが,リサーチャー自身による一般向けの楽しい講演だった.

南太平洋の托卵をめぐる攻防 〜日本の鳥にはないセンニョムシクイの対抗策〜 佐藤望

  • 2006年から上田研究室に所属しテリカッコウ類のリサーチをしてきた.
  • カッコウはユーラシア大陸に広く分布し,詳しく研究されている.托卵習性に対し,ホストによる攻撃,攻撃を避けるための短時間での托卵行動,卵排除,卵の擬態と軍拡競争が進んでいる.しかしカッコウでは次の段階であってもいいように思えるホストによるヒナ排除は進化していない.
  • 実はカッコウ類の多くは熱帯に分布している.このうちテリカッコウ類では托卵ビナによるホストビナへの擬態が見られる.(ここでアカメテリカッコウとそのホストセンニョムシクイのヒナの写真が映し出される.非常によく似ていることがわかる)
  • これはホストによる托卵ビナ排除に対する対抗進化形質であることが疑われる.そこで熱帯のテリカッコウ類を調べることにし,オーストラリア,ニュージーランド,ニューカレドニア,バヌアツ,マレーシアに調査に出かけた.
  • 調べてみると実際にホストはヒナ排除をすることがわかった.(ここで動画を紹介)そしてあまり卵排除を見せない.
  • これまでは(なぜカッコウのホストがヒナ排除をしないのかについて)「卵の段階の方が間違って自分の子を捨てるリスクが小さい(ヒナの段階で自分の子かどうかを学習する戦略は,托卵ビナが巣で唯一のヒナになってしまう場合があるために間違って学習するリスクがあるが,自分の卵を間違って学習するリスク比較的小さい)」「卵の方が見分けやすい」と考えられてきた.だからこのテリカッコウ類のホストの習性はこれまでの常識とは矛盾する傾向だと言える.
  • そこでヒナのところで排除を行った方が良い理由を理論的に考察した.その結果,多重托卵の確率が高く,クラッチサイズが小さい場合にはヒナ排除の方が有利であるという数理モデルを組み立てることができた.(テリカッコウは托卵時に巣にある卵を一つ咥え去るので,多重托卵があって托卵されるたびに卵排除をすると,どんどん自分の卵が減ってしまうが,卵排除をせずに放置しておくと,テリカッコウが既に托卵されているテリカッコウの卵を持ち去る確率が生じるのでその分有利になる.クラッチサイズが小さいと卵排除をしたときの托卵鳥の卵に置き換わっていく速度が速くなる.ここではこれを図示しながらうまく説明していた)
  • そこで,このモデルと実際の各地域のデータが整合的かどうかをリサーチした.まだデータ数は小さいが,クラッチが3以下か4以上か,多重托卵があるかという条件と,卵排除がホストに見られるかには相関があるという結果が得られている.
  • 今後の展望としてはヒナ擬態に対するホスト側の対抗進化(形態パターンの多様化)を調べていきたいと思っている.

2013年の進化学会の佐藤による発表(参考:http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20131002)を一般向けに楽しくしたような内容.数理モデルのところもかみ砕いて説明されていた.

Q&A

ここから聴衆からの質疑とそれに対する講演者の応答.

  • Q:そもそもなぜカッコウ類は自分で子を育てないのか
  • A:(上田)北米のカッコウ類には自分でも巣を作る種もいる.カッコウ類の祖先ももとは自分で子を育てていたのだろう.何らかのきっかけで他種の巣に産み付けて成功したことからそういう習性が進化したと考えられる.それはそれほど珍しい習性ではないと考えるべきなのかもしれない.
  • Q:ホストは(カッコウビナに給餌をしながら)おかしいとは思わないのか
  • A:(田中)鳥が疑問を持っているかどうかを知るのは難しい.我が子がどう見えているかもよくわからない.そもそも自分の巣の中にいるヒナは自分の子である蓋然性が極めて高いので,それについて一切疑わない(そういうコストをかけない方が有利)ということなのだろう.そこを托卵鳥につけ込まれ,そして対抗進化が生じるということだろう.
  • (佐藤)ヒナ排除を行うホストを見ていると,最初は普通に給餌しているように見える.そしてあるときに急に強く葛藤している様子を見せる.その上でヒナ排除を行う.おそらく給餌本能に逆らうのは非常に難しいタスクなのだろう.
  • (上田)鳥が何を考えているのかは,本当はわからない.赤い口を見ると本能的に餌を与える反応が生じるようだ.北米のカーディナルでは池のキンギョの口に給餌をしたという観察記録がある.ヒトの感覚では判断できない.
  • Q:托卵鳥はホスト種に刷り込みが生じないのか
  • A:(田中)何でもかんでもすべての行動において刷り込みが生じるわけではない.托卵鳥においては配偶相手としてホスト親への刷り込みは生じない.生じてしまうと子孫を残せないので刷り込まない方向に淘汰がかかるということになる.
  • (上田)すべての鳥に刷り込みがあるかどうかが調べられているわけではない.カモなど早成性で孵化後すぐに親についていくような鳥については刷り込みは重要だが,孵化後もしばらく巣に残り,巣立ったらそれでおしまいというような晩成性の小鳥の場合には刷り込みの必要性自体が小さいだろう.托卵鳥については,配偶相手としてのホスト親への刷り込みは生じない.ただしメスについては托卵相手としての刷り込みは生じうると考えられる.
  • Q:カッコウは誰と渡りをするのか.親と再会して一緒に渡るのか.
  • A:(佐藤)テリカッコウは渡りをしない.巣立った後も親は近くにいる.10羽ぐらい集まっていることもあるし,求愛給餌が見られることもある.詳しいことはわかっていない.
  • (田中)ジュウイチについては全くわかっていない.
  • (上田)巣立った後のカッコウの行動について調べられたことはない.群れが観察されたこともない.おそらく単独で渡っているのだろう.
  • Q:テリカッコウは直接ホストビナを見ていないのにどうしてヒナ擬態できるのか
  • A:(上田)親が何かを見てこういう形のヒナを産もうとしているわけではない.ヒナの形に(遺伝的な基盤がある)個体差があって,それに淘汰がかかって擬態が成立する.意識は関係ない.
  • Q:他の鳥が子育てしている間カッコウのメスは何をしているのか
  • A:(上田)楽をしているように思われるかもしれないが,実際にカッコウは大変.1羽のメスの1シーズンの最高産卵記録は202卵.このような多数の卵をどの巣にいつ産むか,(ホスト親が産卵中の時期でかつ巣にいないという)狭いウィンドウを狙って産む必要がある.このために常にどのホストがどのステージにあるかを見張っている.富士山でのリサーチでは,私たちリサーチャーと同じくジュウイチもずっとルリビタキの巣を見張っているのがわかった.
  • (佐藤)テリカッコウでは,まずホストの巣が深くて外から卵が見えないので見張るのも大変だ.また多重托卵も多いのでカッコウ同士の争いもある.ニューカレドニアではホストの防衛が高度に進化していて,観察した数字では20卵の托卵ですべてのヒナが排除された.完全に托卵側が負けている状態.
  • (田中)ジュウイチでは一度電波発信機をつけて調査したことがある.すると標高で1000メーターぐらいを上がったり下がったりしてホストの巣を探している.巣を見つけるのは大変なので非常に苦労しているだろう.
  • Q:カッコウはどのようにホストの巣を見つけるのか
  • A:(上田)カッコウは立派なバードウォッチャーで,ホストをよく見ている.実際に探したことがあるひとにはわかると思うが,ムシクイの巣は本当にうまく隠されていて見つけるのは非常に難しい.
  • Q:(写真を見ると)ジュウイチのヒナのクチバシとルリビタキのヒナのクチバシの色が異なるように見えるが,影響はないのか
  • A:(田中)きちんと調べていない.基本的にジュウイチの方がより色味として鮮やかになっているようだ.これは一種の超刺激で,より鮮やかな色でホストの親を操作しているのかもしれない.


素朴な疑問に丁寧に答えていて,ところどころ興味深いコメントがあって楽しいやりとりだった.


最後に弟子から見た上田先生の人柄についてコメントを求められ,それぞれユーモアを交えながら一言があり,てれながら聞いている上田先生の人柄が良く表れる一幕があり,講演会は終了した.会場は鳥好きの人達で満員.充実したひとときだった.



なおこれは講演会直前にいただいた本郷弥生門前の「天麩羅まるやま」の天丼.


関連書籍


若手リサーチャーによる鳥の行動生態学.上田,田中も寄稿している.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160526

鳥の行動生態学

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