Language, Cognition, and Human Nature 第5論文 「自然言語と自然淘汰」 その20

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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5.3.3 文法的複雑性と社会相互作用
  • あまり評価されていないのは言語が可能にする社会的相互作用が狩猟採集生活において重要だったかどうかということだ.
  • ヒトは生存のために様々な協力的な努力を行う.アイザック(1983)は2百万年前のホモ・ハビリスにおいても非血縁者間での社会的な相互作用に頼った生活の証拠があると主張している.言語はそのような相互作用に深く組み込まれていただろう.そしてそのような相互作用は現在の私達の「先進的な」社会のものと質的に異なってはいなかっただろう.
  • コナー(1982)は次のように書いている

戦争は知られていない.グループ内の揉め事は話し合いによって解決される.それは時に一晩中,あるいは数日,さらに1週間かかることもある.
サン族と2年間暮らしたあと,私は,更新世のヒトの歴史(つまり我々が進化してきた3百万年の歴史ということになる)は,一つの果てしないマラソン的な論戦グループとしてあるのだと考えるようになった.草小屋で寝ているとたき火の周りで交わされるいつ果てるともないやり取りが聞こえる.
もし判事や弁護士をやっていることが仕事だというなら,クン族が一晩中離婚について議論しているのも立派な仕事だ.神経分析医や聖職者のやっていることが仕事なら,クン族の呪い医者が病人を直そうと何時間もかけているのもやはり仕事と呼べるだろう.

  • このような会話は,社会的に重要な情報(例えば時間,所有,信念,欲望,傾向,義務,真実,蓋然性,仮定,非現実性など)を伝えるために貴重なものだ.もう一度いうと,再帰性は過剰にパワフルなデヴァイスなどではないのだ.ある命題を命題の中に埋め込む(「彼はAを信じている」「彼女は彼がAを信じていると言った」など)能力は他者の意図にかかる信念を表現するときには本質的に必要になるのだ.
  • さらにコミュニケーターのグループが注目や同情を集めようと競っているときには,聞き手に注目させ,興味を抱かせ,説得する能力には価値がある.これは会話や論理の技術,そしてそれを可能にする実務的に関連する文法デヴァイスを発達させることを促すだろう.サイモンズ(1979)による,部族の酋長はしばしば演説の達人で多くの妻と子を持つという観察は言語能力がダーウィニアン的なメリットをもたらしえないという主張に対する素晴らしい反論になっているだろう.

ここでピンカーが強調しているのは,要するに実際に狩猟採集社会で交わされている果てしのない会話においては,再帰性を持つ文法が使いこなされているということだ.マストドン狩りのための戦術を話し合うようなことより,グループ内のありとあらゆる揉め事,揉め事になりそうなこと,それにどう対処すべきかを話し合う上では確かに再帰性は非常に重要だろう.そしてヒトは進化途上でグループの規模を大きくしていったのであり,社会的な会話における複雑な文法が言語が進化した過去においても重要性を増してきたことが容易に想像されるだろう.