Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その2

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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第6論文は動詞の意味論とヒトの本性との関連について扱う.ピンカーはまず導入で項構造の説明から始めている.

1 導入:項構造

  • 言語と言語獲得の理解における重要な問題の1つは語彙項構造(lexical argument structure)だ.語彙項構造というのは,動詞に付着した心的語彙であり,それにより話者は「誰が誰に何をした」かを表現できる.動詞はどのような項構造をとれるかについて選り好みをする.

ここでピンカーは飲食に関する同じような意味を持つ動詞がそれぞれ異なる項構造を持つことを説明する.

dine :主語+dine の形のみをとる.*主語+dine+飲食物 という形はとれない.
devour :主語+devour+飲食物 の形のみをとる.*主語+devour という形はとれない.
eat :主語+eat,主語+eat+飲食物 両方の形をとれる.

  • dineは自動詞で,devourは他動詞,eatは自動詞でも他動詞でもあるということになる.このように動詞は節の構造を決める.言語獲得を理解するには子供がこのような項構造をどのようにして学習するのかを知るのは重要になる.

2 学習性のパラドクス

  • グリーンとベイカーは項構造の学習獲得にかかるパラドクスを指摘した.
  • 多くの動詞はその項構造を,基本的に同義のまま幾通りにもエンコードできる.これは以下の例により示すことができる.

John loaded hay onto the wagon. (内容物所格構造)
John loaded the wagon with hay. (容器所格構造)

Sally splashed water onto the wall.
Sally splashed the wall with water.

Biff stuffed breadcrumbs into the turkey.
Biff stuffed the turkey with breadcrumbs.

  • 子供は無限の(表現が可能な)言語を有限の期間で学習しなければならない.だから自分の聞いたことを超えて一般化することが必要になるはずだ.項構造の場合には,片方の構造を聞いて,もう一つの構造を推測するということになる.この内容物所格と容器所格については以下のように一般化するのではないかと想像できる.

動作主+動詞+内容物+onto/into+容器

動作主+動詞+容器+with+内容物

  • 残念ながら,これには例外がある.Amy poured water onto the glass. は自然な英語の文だが,上記のルールで言い換えた *Amy poured the glass with water. は不自然な文になるのだ.しかしもし上記のようなルールがあるなら,何故このようなことが生じるのだろうか.
  • 同様にこのルールを逆に適用するのにも例外がある.Carol filled the glass with water は自然な文だが, *Carol filled water into the glass. は不自然だ.
  • 一般的にいうと,このような学習性パラドクス,つまり一般性と例外の組み合わせは,言語のどんな分野にも見つかる.だからこの解決法は言語学習の論理を考える上で興味深いものになる,


このような内容物所格構造と容器所格構造をとれる日本語の動詞は英語ほど多くないようだが,やはり同じような動詞はある.
「塗る」は「壁にペンキを塗る.」と「壁をペンキで塗る.」という両方の言い方が可能だ.
このようなルールと例外はどのように説明されるのだろうか.ピンカーの説明は続く.

  • すぐに思いつく単純な解決法は,(よく調べると)うまくいかない.
  • 「子供は保守的で,聞いた項構造のみ用いる」:これは誤りだ.子供は模倣ではない創造的なことを確かにしゃべるのだ.(いくつかの実際の採取例が載せられ,さらに実験的に確かめたリサーチも引用されている)
  • 「子供は親から訂正され,あるいは信頼できるフィードバックを与えられる」:これも誤りだ.観察によると両親は子供の言葉の文法的な間違いをほとんど訂正しないし,それを誤解したりもしない.微妙な態度からなる統計的なサインが影響を与えているという主張もあるが,それもありそうにない.そもそも容器所格と内容物所格の項構造が会話に現れる頻度は小さく,統計的傾向とされる態度も親によって随分異なっている上に,通常それらは言語習得期よりはるかにあとになって現れるものだからだ.そしてそもそもそういう統計的態度差の存在自体も怪しい.マーカスはそれは統計的なアーティファクトだと主張している.
  • 「項構造を転換できるかどうかには意味論的な基準がある」:しかしこれもありそうにない.splash, pour, fill はすべて「動作主が流体的な内容物を何らかの表面か容器に動かす」という動詞だ.しかしsplash は両方の構造がとれ,pour は内容物所格のみ,fill は容器所格のみがとれる.
  • これらの説明の失敗は,私たちが,項構造についての深遠で広い原則(それは動詞の意味とどう関連するのか,動詞の意味は心的にはどのように表現されるのか,意味と項構造はどのように学習されるのか,子供に項構造可換について過度な一般化させるものは何か)について無知であるに違いないことを示している.
  • 私はこれらの問題とそれを解決可能にする統合的な理論については1989年の本「Learnability and Cognition」で提示した.ここではその理論の本質,その後になされた実証的なリサーチの紹介を取り扱う.

言語に一般的原則とその例外になる不規則型があるのはよくある現象で,英語だと複数形や動詞の過去形にも見られる.ピンカーは複数形と過去形についてもいろいろリサーチし,「Words and Rules」という単著も書いている.その最初の探索が項構造だったというのはちょっと面白い.これらは動詞の意味をヒトの心がどう受け止めているかについてより面白い例になっているので最初に注意を引いたということだろうか.


関連書籍


ピンカーによる複数形や過去形の規則型と不規則型についての深い考察の書かれた本.一般向けの本で大変面白い読み物だが,残念なことに邦訳されていない.

Words And Rules: The Ingredients of Language (SCIENCE MASTERS) (English Edition)

Words And Rules: The Ingredients of Language (SCIENCE MASTERS) (English Edition)