Language, Cognition, and Human Nature 第6論文 「項構造の獲得」 その5

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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ピンカーは所格項構造についての理論を提示した.これを与格交替(dative alternation)にも拡張使用しようとする.英語の与格交替とは学校英語文法でおなじみのSVO構文とSVOO構文の転換(John gave a book to Mary. ⇄ John gave Mary a book.)のことを言う.

4 与格転換への理論拡張

  • この理論のいいところは,別の交替にも容易に拡張できるというところだ.拡張可能な対象には,使役自他交替(causative alternation),動能交替(conative alternatio),受動態転換などがある.

ここでいう使役自他交替は前節で扱われた使役の意味での自他交替可能な動詞と不可能な動詞がある問題,動能交替はやはり自他交替の1種で,「He cut the bread」は「He cut at the bread」に転換可能だが,「He broke the bread」は「*He broke at the bread」と言い換えられないという問題,受動態転換は「The Mafia owns many cars」は「Many cars are owned by the Mafia」と転換可能だが,「The Mafia has many cars」は「*Many cars are had by the Mafia」とは言い換えられないという問題を指している.

  • 与格交替は特に所格交替と同じ種類のパラドクスを持っており,同じ理論で扱える.

John gave a book to Mary.(前置詞与格構文)

John gave Mary a book.(二重与格構文)

  • これを見ると一般的な次の転換ルールがあるように感じられる

動作主+動詞+主題の名詞句+前置詞(to/for)+目的/受益者の名詞句

動作主+動詞+目的/受益者の名詞句+主題の名詞句

  • しかし意味論的には類似した動詞で上記のような転換を許さないものがあるのだ.

 John drove the car to Chicago.
 *John drove Chicago the car.

 John painted the house for Mary.
 *John painted Mary the house.

 John donated a painting to the museum.
 *John donated the museum a painting.

  • 所格転換と同じく,この交替についても子供は聞いた構文のみを用いるのではなく,創造的に転換させる,(これについて観察と実験の両方の証拠があることが解説される.子供の言い間違えの採取例が多数あげられている.ネイティブには大変かわいらしい間違いなのだろう.)
  • 解決の鍵は所格転換と同じところにある.与格に関するルールも二つあるのだ,

<ルール1>

  • 語彙的意味論的ルールは動詞の意味論的表現を変える.

動詞1:XがYをZに動かす.

動詞2:Xが「YをZに動かすこと」によって,ZがYを所有するようにさせる.

<ルール2>

  • 統語論的項構造は,リンクルールを通じて語彙意味論的構造に投影される.
  • まず動作主は主語になり,影響を受けるエンティティは目的語になる.
  • そして「所有」と2つ目の目的語がリンクされる.
  • この理論のメリットも所格転換と同じだ.
(1)
  • 第1に,これは2つの構文の意味が完全に同じでないことを説明できる,
  • この微妙な差は言語学者には気づかれていた.「Bonnie taught Spanish to the students.」では学生がスペイン語を習得したかどうかについてはコミットされていないが, 「 Bonnie taught the students Spanish.」だと,学生はスペイン語を身につけた(所有した)という意味が込められている.同様に「Biff threw the ball to her.」だとボールは彼女の頭上を越えていったかもしれないし,彼女がそれを落球したかもしれないが,「Biff threw her the ball.」だと彼女はボールを受け取っているのだ.
(2)
  • 第2に,理論は両構文の意味の類似性も説明できる.
  • XがYをZのところに動かし,そしてZが生きているなら,通常ZはYを所有するようになる.だから前置詞を伴う構文の意味は二重目的語構文の意味を含むのだ.
(3)
  • 第3に,理論は,統語形態の変化の種類について説明できる.
  • 位置を動かされるエンティティを目的語に取るマッピングは,その意味から2つの構文を予測させる.「本の位置を変えさせる」意味を持つ形態では,「本」が目的語になり,「ジョンが本を持つようになる」意味を持つ形態では「ジョン」が目的語になる.
(4)
  • 第4に,理論は転換に関する動詞の選択性を説明できる.
  • 何かを動かす動詞の中で,「所有することを引き起こす」という意味を持ちうる動詞だけが転換を可能にするのだ.
  • 車をニューヨークに動かしても,ニューヨークが車を所有することにならない.だから,driveはこの転換「drive the car to New York.」→「*drive New York the car」を許さないのだ.
  • 逆に「所有させるようにする」ことのみが可能で,「所有させるように動かす」ことができない動詞は二重目的語構文のみを許容する.
  • だから帽子によってアイデアが触発された場合「John’s hat gave her an idea.」とは言えても「*?John’s hat gave an idea to her.」は不自然な文になる.(ただし動作主が人であればgiveにはコミュニケートするという意味が加わるから,「John gave an idea to her.」を取ることが可能になる)
(5)
  • 第5に,2つの目的語を取ることが可能な多様な(系統関係の遠い)言語間で類似の現象がある.
(6)
  • 第6に,子供も大人もこの構文転換の意味の違いに敏感であるという(架空の動詞を使った)実験結果がある.(詳細な実験内容が説明されている)


所格交替と与格交替に非常に詳細にわたってパラレル性があるのがわかる.日本語にはこの英語の二重目的語構文のようにヲ格を2つとる形がないのでもう一つぴんとこないのが残念だが,言語の持つ共通の論理骨格が現れているようで面白い.そしてこのルールだけでは必要条件に過ぎず,十分条件の吟味も必要になるところも引き続いて説明される.