Language, Cognition, and Human Nature 第7論文 「ヒトの概念の性質」 その1

Language, Cognition, and Human Nature: Selected Articles

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The Nature of Human Concepts: Evidence from an Unusual Source (with ALAN PRINCE) Communication and Cognition. Monographies 29 (3-4):307-361 (1996)


本日より第7論文.これはヒトの概念とはどういうものかを言語学的な現象を通じて議論する面白い論文だ.

エッセイ

ピンカーは冒頭でこの論文のテーマのインスピレーションを得たきっかけを書いている.
それは共著者のアラン・プリンスと子供の英語の過去形の獲得のニューラルネットワークモデルをいじっているときに訪れた一瞬の驚きだったそうだ.

  • 英語の不規則動詞の過去形はほとんどが特異的だ.sing-sang, string-strung, bring-broughtなど
  • しかしそのなかで似たような不規則過去形の「ファミリー」もある.「string-strung, fling-flung, cling-clung, stick-stuck, dig-dug, swim-swum」など.これらのファミリーにおいては,ちょうど本当の家族のように,ファミリー内でいくつかの特徴が部分的に共有されているが,あるファミリーに共通な特有の単一の特徴があるわけではない.例えば「string-strung, fling-flung, cling-clung」は語尾に軟口蓋鼻音を持つが,「stick-stuck, dig-dug」の語尾は鼻音ではない軟口蓋破裂音だし,「swim-swum」の語尾は鼻音だが,軟口蓋音ではない.
  • なぜ不規則動詞の過去形は家族のように,そしてその他道具や野菜や車のように,部分的にオーバーラップするような特徴を持ち,明確なカテゴリーを形成しないのだろうか.
  • そして逆になぜ規則動詞は,数学や法律のカテゴリーに見られるように,明確な単一のルールに正確に従うのだろうか.

ピンカーはその謎を解く鍵は不規則動詞の別の奇妙な特徴にあるのではないかと閃く.それは動詞の不規則型変換は,発音から見るより綴りから見る方がより規則的だという特徴だ.「grow-grew, blow-blew, throw-threw, fly-flew, draw-drew, know-knew」は,発音の面から見ると,knowを除いて2つの子音から始まる.しかし綴りから見ると,knowは2つの子音を持ち,より規則的に見える.これは英語に綴りが導入された当時「k」が発音されていたからなのだ.つまり元々規則的なカテゴリーであったものが,歴史的な経緯を経てファジーになったと考えることができるわけだ.

  • これは私にとって衝撃的な一撃だった.それは世界にあるカテゴリーとヒトの心のコンセプトの性質についての深い洞察に満ちていた.
  • しかし私以外には誰もこれを衝撃的だと思わなかったようだ.現在に至るもこの論文の引用数は(自分自身の引用を除くと)ゼロだ.そしてこの論文の要約は私の本「The Words and Rules」のクライマックスとしたが,それはまたしてもこの発見は世界にとって興味を引かないものであることを示した.
  • この自撰論文集で私はもう一度試してみたいと思っている.

というわけでこの第7論文の内容は「The Words and Rules」の中心テーマになるものだ.私自身は「The Words and Rules」は大変面白い本だと思ったが,確かにピンカーの一般向けの本としてはあまり売れていないようだ.(電子化も他の本に比べて遅かったように思う).
英語の不規則動詞は150〜300ぐらいあって(カウントの仕方によって異なる),その中ではいくつかの類似ファミリーと不規則の激しい「be」「go」などの単独型があり,あとは単一の規則型になる.これに対して日本語では不規則動詞は「来る」と「する」の2つのみ(「○○する」という合成動詞は無数にあるが,そうなると規則型だとも言えるだろう)で,規則動詞には五段活用動詞と上一段,下一段活用動詞の2種類あることになる.
少し調べてみると,ドイツ語は英語と似た形で,単一ルールの規則動詞に対して,何グループかに分かれる不規則動詞群,そして完全に不規則な「sein」(be) 「gehen」(go) 「werden」(become) 「tun」(do) がある.フランス語では第1群規則動詞と第2群規則動詞という規則動詞群,そして規則型の一部が不規則に変化する100ぐらいの不規則動詞があり,さらに完全に不規則な「être」(be) 「avoir」(have) 「aller」(go)「faire」(make)があるということになっている.イタリア語では動詞の語尾の形によって4つの規則動詞群があり,使用頻度の高いいくつかの不規則動詞「essere」(be) 「avere」(have) 「andare」(go) 「venire」(come) などがある.その元になったラテン語では,イタリア語の4つの規則型の元となった第1変化から第4変化までの規則動詞群があり,さらにやはり使用頻度の高い「sum」(be) 「dō」(give) 「eō」(go) などの動詞が不規則になっている.
本論文はいろいろユニバーサルを考えながら読んでいくと楽しめそうだ.


関連書籍


ピンカーの一般向け書籍で刊行後20年なお邦訳されていない「The Words and Rules」(1997).動詞の過去形と名詞の複数形についてどこまでも深く論じている.ピンカー自身はこの本を「The Language Instinct」(1994), 「The Stuff of Thought」(2007) と並んで自分の言語三部作 Language trilogyの1つ(第2作)と位置づけている.

Words And Rules: The Ingredients of Language (SCIENCE MASTERS) (English Edition)

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