- 作者: 海部健三
- 出版社/メーカー: 共立出版
- 発売日: 2017/01/12
- メディア: Kindle版
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ウナギが絶滅危惧状態にあると知られるようになって久しい.しかしその割には身の回りにはウナギの安売り商品がなおあふれている.生物多様性の問題はもとより,ウナギが食べられなくなるのか,あるいは食べようとしない方がいいのか,この問題は個人的にもいろいろもやもやするところだ.本書はそのあたりにかかる昨年出版された共立スマートセレクションの一冊.先日Kindleで半額セールになっていたので入手して読んでみたものだ.
本書は冒頭から問題の所在をずばずば指摘する.
- 日本で養殖されているウナギの半分以上が密猟・無報告漁獲・密売を経たものである.これらの違法ウナギは正規のウナギに完全に混ざって流通しており,取扱業者も正規・非正規の区別はできない.
- 現行の漁獲量規制は全くのザル法で漁獲量削減の効果は期待できない.
- 養殖場において成長の悪いウナギが選択的に河川に放流されている.
- 消費量の削減のみによってウナギの保全がなされることは期待できない.劣化した成育場の環境回復が必要である.
1は何となく聞いたことはあった(しかし高級店でも混在から逃れられていないというのは良く理解していなかった)が,2はよくわかっていなかったし,3つについては全く知らなかった.4もなるほどという感じだが,意識していたとは言い難い.なかなかこの世界は奥が深そうだと感じさせるのに十分だ.
ニホンウナギの生態
本書は3部構成を取っており,まずニホンウナギ(Anguilla japonica)の自然史が扱われている.ここはあまり知られていないことが多く,大変面白い.
- ウナギ目はウナギの他にアナゴ,ウミヘビ*1,ウツボなど800種を含むグループで,細長い体型,腹びれを持たない,稚魚期の形態が柳の葉のようであること(レプトセファルスと呼ばれる)などの特徴を共有する.
- ウナギ科にはウナギ属のみが属し19種を数える.ニホンウナギはその1種である.ウナギ属は比較的新しいグループで,起源は4000万年前〜7000万年前,インドネシアの周辺が起源地とされ,そこから北太平洋温帯域に成育場を移したものがニホンウナギとなった.またテチス海を通じて大西洋まで移動したものがヨーロッパウナギとアメリカウナギとなった.
- ウナギ属魚類は外洋で産卵し河川で成長する降河回遊を行う.何故このような回遊性が進化するかについては「生産性仮説」が有力だ.ウナギは東南アジアで中深層性の深海魚(ノコバウナギ類あるいはシギウナギ類)から起源したことがわかってきており,熱帯では河川の一次生産の方が大きいのでこれで説明できる.しかしそこから温帯域の河川に回遊するようになったニホンウナギにとっては河川の一次生産の方が低いので適応的とは考えられない.これについては種内競争・種間競争の重要性,捕食による死亡率の重要性などの仮説があるが,なお未解決の問題だ.
- ニホンウナギの産卵場はマリアナ諸島西方海域にあるが,これは西マリアナ海嶺と塩分フロント(塩分濃度の急変域)の交差点として決まっていると考えられる.
- この同一産卵場で生まれたニホンウナギは日本だけでなく中国,朝鮮半島,台湾等の東アジアの河川や沿岸域で成長する.この分布域内には遺伝的に区別できる地域系統がなく,単一の任意交配集団を形成している.どの河川に進入するかは偶然により決まっていると考えられる.
- 河川,汽水域での成育期のニホンウナギは黄ウナギと呼ばれる.長期的には餌選択の幅の広い日和見的な捕食者(エビ,カニ,昆虫類の幼生,小魚など)だが,短期的には1種類の餌生物を専門的に補食する専食者であると考えられる.淡水域よりも汽水域の方が成長が速いことが知られている.
- オスで平均8年(体長40センチ),メスで平均10年(体長50センチ)の成育期間ののち性的に成熟(銀ウナギと呼ばれる)し,産卵場への降河を開始する.
ニホンウナギの現状
ここではこの東アジア全域で単一の任意交配集団を形成しているニホンウナギの個体群が現在どのような状況にあるのかが解説される.
- 個体群は現在急速に縮小している.漁獲量はピークの1/20に縮小している.評価には漁獲量だけでなく漁獲努力量の推定が欠かせない.これを考慮し,複数のシナリオを提示した最新のリサーチからみて減少をなお続けていると考えるのが妥当だと考えられる.
- さらに分布域が縮小している可能性もある.江戸時代には豊富に捕れた日本海側においてシラスウナギの加入が確認されなくなっており,中国沿岸域でも北部,中部において激減している.
- IUCNは2014年にニホンウナギを絶滅危惧IB類として記載した.データが限られている中での決定だったが,研究者間に異論はない.個体数はなお多い(数百万匹程度は生存していると推測される)が,実質的に無制限の漁獲が継続され,河川に多くの横断工作物が設置されている現状からみて絶滅リスクは現存すると考えておくべきだ.
- 減少要因にはいくつかある.
- まず海洋環境の変動がある.ニホンウナギの個体群は産卵場,移動経路の環境に大きく影響される.貝塚を分析した結果日本海には縄文時代にはほとんどウナギは遡上せず,その後江戸時代には豊富に遡上したことがわかっている.
- 過剰な漁獲の影響は大きい.養殖ウナギはほぼすべて天然のシラスウナギを河口進入時に捕獲したものを飼育したものである.明かりをつけて網で掬うだけで捕れるので,密漁を取り締まるのがきわめて困難であり,流通量の半分は密漁・無報告漁獲・密売を経たものだと推定される.これは反社会的勢力の資金源になっているとも指摘されている.また成魚の捕獲の大きな部分は趣味的な釣りによる自家消費的なものになっており,絶滅危惧種への扱いとして問題があるところになっている.
- 成育場の環境変化の影響も大きいと考えられる.河口堰,ダムなどの河川横断工作物はウナギの遡上を大きく阻害する.護岸工事,水質の悪化,干潟の喪失なども影響を与えている.衛星写真からの推測リサーチによると1970年から2010年までにウナギの成育場の76%以上が失われたとされる.
- 日本人のウナギ需要はニホンウナギだけでなく,ヨーロッパウナギ,アメリカウナギ,東南アジアのビカーラ種のシラスウナギの過剰捕獲を引き起こしている(シラスウナギが捕獲されてそのまま,あるいは養殖され,日本へ向けて輸出される)との指摘もある.
簡単に捕れて簡単に輸送できるので,実効性ある規制が事実上困難だというのはなかなかつらい現実だ.違法シラスも混在して養殖場で育てられてしまうと流通業者には区別が付かないし,遺伝的にも均質なので分子的にも区別は付けられないだろう.なかなかやっかいだ.他種の危機へもつながっているというのもなかなか気の重くなる話だ.
ニホンウナギの保全策
著者はまずなぜウナギを守るのかというところを生態系サービスなどの概念を用いて整理している.このような書物ではお約束ということだが,ウナギについていえば,他の目立たない生物に比べればそれほどコンセンサスを得るのは難しくなく,末永く食べたいというだけでも十分ではないかというのが個人的な感想になる.
ここから現在の取り組みとその評価になる.
<放流>
- 日本各地でウナギの個体数増大を目的としてウナギの放流が行われている.これは漁業法において内水面養殖業者に対象動植物を増やすための努力を義務づけていることに対して行われているという側面が強い.
- 放流には様々なリスクがあるが,現状それを十分評価しているとは言い難い.ニホンウナギは遺伝的に均質なので遺伝的攪乱のおそれは少ないが,それは放流されるのがニホンウナギであればという話である.かつてはヨーロッパウナギも養殖され,現在はアメリカウナギの稚魚輸入が増えている現状からみて外来種放流のリスクは決して小さくない.病原体拡散のリスク,性比の攪乱*2などもきちんと管理されていない.また放流される個体が成長の悪い個体であるという人為淘汰の問題も考慮されていない.
- 放流個体を遺伝的に区別できないので,放流が個体群規模に与える影響の評価は難しい.リスクを考えると放流拡大は避けるべきだと考える.
- より効果的な放流方法としては,養殖場を経ずにシラスウナギのままの放流,減少した地域へのシラスウナギの放流,河川横断工作物上流への移送などが考えられる.
<漁業管理>
- ウナギの漁業管理は国ではなく都道府県により行われている*3.通常は一定サイズ(25センチなど)以下の漁獲を禁止する形で行われている.
- シラスウナギ漁はこの例外として特別採捕許可を得て初めて可能になる.この許可は漁期と漁獲量の上限という形で定められる.しかし漁獲量上限に対して全国平均で36%程度しか漁獲されてなく実質上の制限になっていない.
- 黄ウナギ,銀ウナギは元々小型のものは捕られてなく,このサイズ制限も成魚の漁獲に対して実際上の制限としては機能していない.
- 日本の漁獲制限は漁船の隻数,漁法,漁期などの制限が主流であり,管理コストの高い漁獲量コントロールをあまり実施していない.ウナギについても同様ということになる.
- 近年ウナギについては,シラスウナギの池入量規制の動きがある.漁獲そのものへの規制が管理困難ということで養殖場への池入量で規制をかけるもの.水産庁が主導して,日本・中国・韓国・台湾の4カ国共同の枠組みで取り組まれており,画期的であると評価できる.しかし池入量の決定方法が曖昧であるなどの問題点もある.
- 一部の県(鹿児島,宮崎,熊本,高知など)では銀ウナギの漁獲制限を導入している.しかし自家消費が大半であることから漁獲量制限は実施困難で,禁漁期を設けるという形が多い.禁漁域の設定も効果的だと思われる.鹿児島ではシラスウナギの禁漁期設定も行っている.(鹿児島では銀ウナギ漁者とシラスウナギ漁者の利害が相反していたが,話し合いの結果,痛み分けのような形で双方ともに制限を設けることで決着したもの.*4)
<流通・消費>
- (漁獲量や池入量制限を効果的に行うには)流通段階での密漁と密売の問題が大きい.行政の強力な指導による業界をあげたトレーサビリティシステムの構築が必要だと考えられる.
- 消費段階での抑制は,どのような方策を採っても,実現性について疑わしいと考えざるを得ない.
<成育場の環境回復>
- まず自然分布域の把握が重要.
- その上で,餌場の多い成育可能な面積を広げ,遡上降河の障害を取り除くことに取り組むべきだ.コスト効果的には,まず水域間のつながりの改善,そして質的な改善を図っていくべきだろう.
ここで著者はヨーロッパの取り組みに学ぶべきだと強調している.明確な数値目標,遡上降河の促進,移送中心の放流などだ.そして順応的管理とモニタリング,いっそうの調査研究,国内のみでなく東アジア全体でのステークホルダーの協調の重要性を指摘し,最後に11の提言をおいて本書を終えている.
これだけウナギ資源の危機が伝えられ,おそらくほとんどの日本人がウナギを末永く食べたいと希望している中で,池入量規制をのぞくと実質的にほとんど効果的な規制が行われていない現状は衝撃的だ.
この無策ぶりには,都道府県単位の政策が余りに漁業者の権利調整本位になっていることも重要な問題だろうが,さらに大きいのは密売の問題だろう.著者はトレーサビリティシステムを提言しているが,それを構築するのは相当に困難だろう.誰でも簡単に密漁が可能で,遺伝的に均質な個体群から漁獲され,国際的な取引がなされるシラスウナギについて,悪意ある犯罪者につけ込まれないようなシステムを簡単に構築できるようには思えない.
放流を巡るお気楽な状況にもかなり驚かされる(人為淘汰の問題は進化的にみて大変気がかりだ)し,(この手の絶滅危惧種の保全ではお約束の)環境整備も実際にはなかなかハードルが高いだろう.
それでもウナギを末永く楽しむにはこのような困難な問題を解決していくしかないのだろう.そういう意味で本書はウナギ好きの人に多く読まれてほしい(そしてかなり重い読後感の残る)一冊だということになる.
なお著者による11の提言は以下の通りである.少しでも実現できることを祈るばかりだ.
- 管理責任分担の明確化(国による積極的関与)
- 個体群サイズ動態の把握
- シラスウナギ漁獲量を削減する実効力ある規制
- 池入量制限における人工種苗*5の取り扱い議論の開始
- 黄ウナギ禁漁区の設定
- 銀ウナギの禁漁
- 新しいシラスウナギ流通管理システムの構築
- 放流から移送への転換
- 河川横断工作物による遡上阻害の解消
- 河川と沿岸域の環境の質的改善
- 市民参加型調査を通じた情報共有
*1:私も本書を読むまで全く知らなかったのだが,ウミヘビには爬虫類有隣目のウミヘビの他に,魚類ウナギ目のウミヘビ(ダイナンウミヘビやホタテウミヘビなどが属する)があって,両方ともウミヘビと呼ばれる.紛らわしいが歴史的な経緯でそうなってしまっているのだろう
*2:なぜかはよくわかっていないが,ニホンウナギの性比は野生ではメスに偏り,養殖場ではオスに偏る傾向がある
*3:なぜかについては解説がない.海ではなく内水面における漁業だからということなのだろうか
*4:話し合いで長期的な展望を優先することができたと著者は評価しているが,そこまで既得権者に気を使わなければ物事が進まないということ自体そもそもの行政のあり方としていかがなものかという気もするところだ
*5:人工的にシラスウナギを得る技術が進んでおり,商業的な応用も間近になっているそうだ.しかし,このような野生捕獲ではないシラスウナギが,池入量制限にカウントされるのかどうかが決まっていない.制度主旨からいって当然カウントするべきではないと思うが,現状でははっきりしていないということらしい.