協力する種 その10

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第3章 社会的選好 その2

罰の問題は文脈依存的で複雑だ.著者たちは「社会的選好」として「ゴロツキを罰したい」という動機があることを単に示すだけでなく,その複雑さについてかなり具体的にいろいろ示している.ここは至近的にどうなっているかということが中心であり,総説的になかなか充実しているところだ.3.2では非協力を罰と解釈するケースを扱ったが,ここからは明示的な罰ステージがあるゲームを取り上げる.

3.3 利他罰が協力を維持する
  • 通常ゲームの後で罰ステージを設定して非協力者に対してコストをかけて罰することができるようにした公共財ゲーム(「罰のある公共財ゲーム」と呼ぶ)を行うと,罰を与えたプレーヤーとは二度と対戦しないという条件(このほか様々な条件で行った結果が示されている)でも,広く熱心な可罰行動が観察される.また罰あり条件と罰なし条件では罰あり条件の方が平均的な協力比率が高くなる.
  • その相手と二度と対戦しない場合にも罰行動がみられることは,罰は他人の行動を変えようとして行っているわけでも不公正をただそうとして行っているわけでもなく,人々が「ゴロツキを罰したい」と内発的に動機づけられていることを示している.


ここも著者たちが直接互恵性や間接互恵性の説明を至近的なものと誤解していることからこういう強調になっているのだろう.互恵的な説明と至近因としての「ゴロツキを罰したい」という可罰的心理の存在は特に矛盾するわけではない.高橋の解説にある批判がまさに当てはまる部分だ.

3.4 罰の効果は正統性に左右される

次は罰あり条件の方が平均的な協力率が高くなる問題を扱う.著者たちの問題意識はこのような罰行動をみせる集団は有利になるのか(メリットは罰コストを上回るのか)だ.

  • 多様な文化圏に属する都市での10ラウンドゲームを行った実験結果は意外だった.ほとんどの文化圏で罰あり条件の方が平均利得が下がったのだ.これは初期に罰されたプレーヤーが報復のために罰を多発したためであると思われる.この反社会的な罰の頻度には文化差が顕著にみられた.また最終ゲームでの協力率の低下もよく見られた.このため50ラウンドに伸ばすと多くのケースで罰あり条件の方が利得が高くなるようになった.
  • また罰の効果にはその正統性が重要な影響がある.これは罰を多数決で決めるようにすると協力率が上がることで示されている.反社会的な罰の頻度が文化により異なるのは,その文化的な正統性の問題だと解釈できる.


罰行動だけでなく最後通牒ゲームや独裁者ゲームで文化差が見られることはよく知られている.これに対して進化心理学的な解釈は「条件付き行動戦略がユニバーサルにある」となりがちで,(著者たちが採るような)「文化と遺伝子の共進化」に好意的な解釈は「それぞれの文化でそれぞれの行動傾向が進化する」となりがちということになる.いずれ該当章でより詳しく扱うこととしたい.

3.5 純粋に抽象的な罰が効果を持つ
  • 公共財ゲームに単に「不満を表明する」という要素を入れ込むだけでも協力率は上がる.これは直接的にはペイオフに影響を与えないのでゲーム理論的には「チープトーク」になるが,実際には効果がある.(いくつも実験の詳細が説明されていてそこは面白い)
  • プレーヤーは,その後対戦しない場合でも,罰を知らされるのがゲーム終了後の場合でも罰を与えようとする.これは「プレーヤーの目的は他者の行動を変えようとしているのではなく,罰を与えることそのものにある」ことを示しており,象徴罰が行動を実際に変えることは「利得の最大化を目指しているのではなく単に気まずいから」だと解釈できる.
3.6 人間は他者を傷つける者を罰する
  • 独裁者ゲームの結果に対して第3者がコストのかかる罰を与えられる機会を作ると,第3者は罰を与える.
  • 評判を形成できないようなセッティングでもこの第3者罰はみられる.罰は単なる報復ではなくより一般的な倫理観に根ざしていることを示している.


3.5,3.6については,3.3と同じく,ここも著者たちが直接互恵性や間接互恵性の説明を至近的なものと誤解していることからこういう強調になっているのだろう.
進化環境において「不満を表明されたときには態度を改めないとトラブルの可能性を増やす」ことから形成されたヒューリステックが,1回限りとインストラクションされたゲームの場面で「誤射」しても何も不思議はない.ここも高橋の解説にある批判が当てはまる.
また評判形成できないようなセッティングという認知が常に正しいとは限らないし,「誰にもわからないにもかかわらず利他的に振る舞う」ことが何らかの形で露見したときには特に評判を高めることからいって,「見られているかどうかにあまりこだわらずに利他罰を行う」ような至近メカニズムは間接互恵性の説明と矛盾しないだろう.(ただし「あの人はフリーライダーに関して罰を与える」という評判が「あの人は協力的な人だ」という評判と同じように有利に働くかどうかはまた別の話になる)

3.7 社会的選好は非合理ではない

ここでは著者たちの経済学者としてのこだわりがみられる.「信念・選好・制約アプローチ」を採る場合に,選好は一貫していればよく*1,自己の金銭的な利益を最大化させないようなものでもかまわない.このあたりは誤解が多いところなのだろう.著者たちはここで向社会的な選好が推移律に従っていることを示す実験を紹介している.

*1:行動経済学の主張のポイントのひとつはこの選好の一貫性が成り立っているかどうかというところにある.