協力する種 その16

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

協力する種:制度と心の共進化 (叢書《制度を考える》)

第4章 ヒトの協力の社会生物学 その4

4.2節で著者たちはマルチレベル淘汰についての基本方程式,及び利他行動の進化条件式を提示した.ほぼ40年前に同じ洞察にたどりついていたハミルトンへのリスペクトがないことには大変不満だが,中身的には筋の通った記述だった.
ここから著者たちは扱う範囲を利他行動から協力行動に広げ,独自の淘汰様式のモデルを示すことになる.

4.3 均衡淘汰

ここでマルチレベル淘汰の基本方程式を再掲しておこう.

この第2項はグループ内淘汰の強さを表している.通常の利他行動は第1項で正の値(利他者の多いグループの方がグループ間では有利になる)をとり,第2項で負の値(グループ内では利他者は利己者に食い物にされる)をとる.著者たちはこのような形の淘汰を「強いマルチレベル淘汰」と呼ぶ.
そして第2項が0になるものを「弱いマルチレベル淘汰」と呼んでここで解説することになる.いずれもグループ内で頻度依存淘汰が生じるケースを扱っていて,このような行動は定義的には無条件の利他行動にはならないが,その行動要素に利他的な要素を含む場合があり「協力的行動」として分析しておきたいということだろう.(このため4.2節と異なり,Aは利他個体と厳密には呼ぶべきではないことになるが,著者たちは引き続きA(Altruistic)と表記している)


著者たちは「弱いマルチレベル淘汰」が働くケースは2通りあるとして順番に解説している.

第1のケース 「A,Nが,ともにグループ内でESSである場合」

著者たちはそう解説していないが,これはグループ内に正の頻度依存淘汰が働く場合だ.
この場合にはグループ内は全員Aか全員Nになる(どちらになるかはグループ内の初期頻度に依存する)ので,定義からいってグループ内分散は0になり第2項も0になる.このケースではグループ間淘汰のみが働くので,(一旦全員Aグループと全員Nのグループができた後,グループ間淘汰が働き)集団全体では最終的にAが固定することになる.

著者たちは典型的な例としては,繰り返し囚人ジレンマを行うケースでの「常に裏切り」戦略と「条件付き協力」戦略がともにESSになっている場合を挙げている.
その上でここではちょっとトリッキーな「1回限りの相互作用+その後グループ内のA全員が集合的にNを罰する,ただしその罰の成功度はグループ内のAの頻度に等しくなる」というケースを挙げて解説している.
罰に成功した場合の罰の大きさを cp, 罰の試みに対するコストをkとおくと,それぞれの適応度は下図のようになる.

利他個体のグループ内頻度が上がるにつれて罰が成功しやすくなるので,利己個体の適応度は非線形になる.このため(cp>cであれば)グループ内ではpj閾値にして,初期利他個体頻度がそれより高ければ全員Aに,それより低ければ全員Nになる.

著者たちは,このような「弱いマルチレベル淘汰」の応用として,「文化同調効果が高くグループが速やかに単一の行動パターンを採るようになるなら,協力的傾向が進化しやすいだろう」というボイドとリチャーソンの主張を紹介している.

第2のケース 「グループ内でA,Nが安定平衡になる場合」


著者たちはやはりそう解説していないが,これはグループ内に負の頻度依存淘汰が働く場合だ.
この場合グループ内ではAとNの適応度が等しくなり,やはり基本方程式の第2項は0になる.この場合には協力的個体頻度の初期値がどのような値であってもグループ内で平衡頻度になる.(著者たちは解説を置いていないが)すると通常はすべてのグループで同じ頻度になり,今度はグループ間淘汰も0になるように思われる.グループ間淘汰が働くには環境要素の違いなど何らかの理由によりグループ間で平衡頻度が異ならなければならない.

著者たちはここでは文化進化的な例を採り上げている.ここでは利己的個体はより利他的になる社会圧力を受け,一方協力的個体はコストを払わないという魅力に惹かれて利己的になる動機を持つというモデルが説明されている.詳しくは第10章で採り上げると予告がある.
載せられている負の頻度依存的文化進化モデルの図は下図のようになる.これは遺伝子的にはみなクローンで表現型はすべて文化で決まり,文化複製効率を適応度として扱うという前提だ.社会化により(つまりAの頻度に依存して)N→Aとなる確率をγα,利得差によりA→Nになる確率をγnと置いている.グループ間の平衡の違いは効率的な社会化を実現する仕組みなどにより異なるようになることが想定されている.だからこのモデルは「遺伝子と文化の共進化」モデルではなく,単なる文化進化モデルということになる.



この節の説明は著者たちのオリジナルモデルということだろう.確かに相互作用する表現型は頻度依存淘汰しやすいので,このようなケースの考察はちょっと面白い.通常第2のケースはグループ内淘汰が平衡になって動かず,(仮に諸条件によってグループ間で平衡頻度が異なるとしても)あまり頻度の差が生じずにグループ間淘汰効果も弱いように思われる.だから著者たちも極端なケースを想定するためにここで文化的な問題を特に例に挙げているのだろう.これについては予告に従い第10章でみていくことにしよう.