- 作者: 川上和人
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/05/12
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (2件) を見る
本書は恐竜や島の生物学に関する脱線しまくりの楽しい一般向け解説本を世に送り出してきた鳥類学者川上和人による第3弾.さすがにネタがつきてきたか,今回は特にテーマを絞らずに,専門の鳥類,また著者のフィールドである小笠原などの様々な話題をちりばめたエッセイ集になっている.なおなかなか奇をてらった書名だが,著者はもちろん鳥が嫌いというわけではなく,いろいろな事情から流されるように鳥類を研究するようになった経緯についてのエッセイタイトルからの書名ということのようだ(鳥類学者には子供の頃から筋金入りのバードウォッチャーだったという人が多いので,かねてよりいろいろ含むところがあったのかもしれない).もちろんはちゃめちゃぶりは相変わらずだ.ここでははちゃめちゃぶり以外のところを中心にレビューしよう.
冒頭では,鳥類の研究は(害獣や害虫などに比べ)実利が少ないにも関わらず,人々の好奇心の対象となっていることを指摘し,それについての(就職先が少ないということも含め)貴重なエキスパートとして読者に鳥の話を提供するのだと自負を語っている.早速いろいろと楽しい.
第1章は著者のフィールドである小笠原の鳥類について.小笠原にはメジロの近縁種で小笠原固有種のメグロが分布することは有名だ.そのメグロの分子系統地理学的うんちく*1を少し語り,2013年のドローンによる西之島新島の生物調査の逸話*2,ウグイスの真実*3などが語られている.第2章は南硫黄島調査のドキュメンタリー.崖にとりつくのも難しい無人島南硫黄島遠征の模様は抱腹絶倒かつ壮絶だ.
このあたりからは様々な話題を扱うエッセイ風になる.第3章では鳥類の骨格標本集めにかけるオタク的な愛,島における侵入外来生物種駆除の優先順序を巡る悩ましい問題*4,小笠原のアカガシラカラスバト*5の保護運動*6,鳥の尿と糞の見分け方,鳥の消化管を通り抜けても生存できるカタツムリと長距離分散などが語られている.第4章では妄想風のエッセイが集められていて読みどころだ.なぜ回転運動する動物は少ないのか(視覚を保つことが困難だからではないか),チョコボールのキョロちゃんが実在するならどのような鳥だったか(三前趾足の考察などなかなか深くて傑作),東島でのクマネズミ駆除作戦,死んだふりによる捕食防御の有効性と不死鳥伝説などが扱われている.第5章ではボルネオ調査物語,ガビチョウはどこまで侵略的か*7,小笠原のヒヨドリ*8,吸血カラスの初報告と思いきや獣医学周りでは周知だったという話が語られている.
最終第6章は「鳥類学者にだって語りたくないこともある」と題されて著者の失敗談や回想が語られている.怠惰のために日本での鳥の新種発表ができる機会を逃してしまった一生の不覚話*9,英会話能力についての愚痴話などが語られる.その後妄想エッセイ2編(なぜカビには美しい色を発するものがあるのか,なぜ恐竜は海に回帰しなかったのか*10.)をはさみ,最終エッセイとしてこれまでの学者人生を振り返りつつ2016年の西ノ島遠征に向かう描写をおいて本書は終わっている.
前2冊で著者の語り口が気に入った読者には大変楽しいエッセイ集ということになるだろう.至る所でクスクス笑わせながら,所々で「なるほど」と感じさせるなかなか軽快な仕上がりだと思う.
関連書籍
川上和人の本.恐竜本の私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20130412 島の生物学本の私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20160815
- 作者: 川上和人
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2013/10/25
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (3件) を見る
- 作者: 川上和人
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2016/07/08
- メディア: Kindle版
- この商品を含むブログ (2件) を見る
*1:メグロに最も近縁なのは伊豆半島のメジロではなくサイパンのオウゴンメジロ.島ごとに独自の遺伝的パターンを持っていて,最終氷期以降の海進により分断されていることがわかった.彼らはわずか5キロの海も越えないらしい.
*2:噴火により著者が長期調査しようとしていたフィールドが破壊されたそうだ.なおこのドローン調査でカツオドリとアオツラカツオドリが溶岩に覆われなかったわずかな地面にとどまっていることがわかった.
*3:ウグイスにはいろいろ亜種があるが,基亜種は記載の先順位に基づき小笠原に分布する亜種ハシナガウグイスになっている.そしてネズミなどの外来種によりハシナガウグイスが絶滅してしまった聟島に,ネズミ駆除の後本州のウグイスが侵入し,定着しかけている.著者としてはいろいろ悩ましいそうだ
*4:聟島列島でヤギを駆除した結果植生は回復したが,同時に外来種ギンネムやクマネズミの増加を招いてしまったそうだ
*5:なおこのハトは台湾と小笠原では頭が赤いが,沖縄ではそうではない,著者はこれは同所的に分布する近縁種(台湾にはアオバトがいるが,沖縄にはいない)との交雑回避差別化のためと考え,シャアザク仮説と命名している.なおこの仮説による小笠原での近縁種は,すでに絶滅したオガサワラカワラバトだとされている.
*6:愛称「アカポッポ」を決めて取り組んでいる.多くの関係者の真剣な議論の結果ノネコの駆除まで同意が得られ,個体数回復がみられるそうだ.
*7:生態的に大きな問題があるのではと考えて調査した結果,ニッチが重なるウグイスですらあまり大きな影響を受けていないという結果がでて,調査はそのまま尻すぼみになったそうだ.
*8:オガサワラヒヨドリ(小笠原群島)とハシブトヒヨドリ(火山列島)という固有の亜種が生息.ただし見た目も行動も本州の亜種と大差ない.しかしDNAを分析してみると,オガサワラヒヨドリは八重山諸島のヒヨドリと近縁で,ハシブトヒヨドリは伊豆半島のヒヨドリと近縁であることがわかったそうだ
*9:昆虫などと違って鳥類の新種発表は頻度が少なく結構なイベントになる.著者は小笠原でヒメミズナギドリに似た新種かもしれない鳥を発見していたが,分類学者でもなく,文献を調査して記載するのを後回しにしていたところハワイのミッドウェイ環礁での発見報告に先を越されてしまったそうだ.まさに痛恨の極みだろう.