日本進化学会2017 参加日誌 その1


大会第1日 8月24日


今年の日本進化学会は京都で開かれた.いつもの通りの暑い時期で,京都に到着するなりぐっと蒸し暑さが身にしみる.朝の新幹線で当日京都入り.今年の進化学会はいつもより短い3日間の日程になっている.京大の行事と重なって日曜日の会場の手配がつかなかったという事情のようだ.そういうわけでプログラムをよく見ると結構時間の余裕が少ないきつめの時間割になっている.とりあえず四条烏丸のホテルに荷物を放り込んでから201系統のバスに乗って会場入り.バス停から会場までだけでへばってしまうような暑さだ.受付をすませて口頭発表へ.まずはFグループ.


口頭発表 1


花器官配置の制約された揺らぎ:花器官数の多様化との相関 藤本仰一


形態には進化しやすい方向があることがある.チョウの眼状紋は前翅と後翅にあるが,大きさを両方ともに大きくする方向と,片方を大きく片方を小さくする方向では人為淘汰をかけたときに進化速度が異なる(両方を大きくする進化の方が速い).これを花器官(ここでは花弁)の数で考える.この数は単子葉植物の3,6と双子葉植物の4,5と,系統的に大きく分かれているが,実はアネモネでは種内変異が大きくていろいろな数の花弁の花が観察できる.ここで発生過程をみると,花弁には発生順序があり,どう重なっているかでそれを知ることができる.ありうる花弁の重なりの幾何的なパターンを調べる.すると花弁数が様々な花において数理的に可能なパターンのうち一部しか現れていないということが生じていることがわかる.これは花弁数が大きく揺らいでもパターンにはある制約があることを示している.

そこでこのパターンが現れるような数理モデルを組んでみた.植物のいろいろな成長パターンでは137°の角度がよく現れる.これを用いてうまくモデル化すると現実の制約パターンをうまく再現できた.そして花弁の数の揺らぎに応じて同心円状の花や螺旋状の花が出現することを説明できる.


この137°を巡る数理的な制約はなかなか奥が深そうだ.


複合適応形質の起源について:ダーウィンとマイヴァートの議論からの進展 鈴木誉保


ヒラメの眼やコノハチョウのカモフラージュのような複雑な構造は自然淘汰では説明できないのではないかという議論はダーウィンとマイヴァートの論争にさかのぼる.マイヴァートの執拗な批判に対してダーウィンは種の起源の第6版で詳細に反論している.マイヴァートの議論は「途中まで動いたヒラメの眼」や「中途半端な擬態」に機能はないから自然淘汰では説明できないというものだった.この論争はその後の漸進説と跳躍説の論争に影響を与えている.
これは今どうなっているのか.ヒラメの眼,キリンの首,クジラの水中適応はそれぞれ中間形の化石が見つかりダーウィンが正しいことが確認されている.コノハチョウについては私自身の研究で可能であることを明らかにした.ここでもう一度マイヴァートの議論をよく見ると,彼は複雑な構造という問題と,途中の機能という問題の二つを一緒に議論していることがわかる.しかしこれはそもそも別の話だ.マイヴァートの議論をより進めた創造論者陣営に立ったベーエは「還元できない複雑性」という概念を提示した.単体では機能がなく,いくつかそろって初めて機能するような複雑性を指す.

還元できない複雑性の議論を論破するには機能する中間型がどのようにできるのかを示せばいい.私はコノハチョウのカモフラージュを要素ごとに分解できること,それが組み立ても出来,いろいろなデザインが可能であることを示した.これを多要素系と呼んでいる.途中段階の機能性を示すことは難しい.構造のアプローチの方が容易だ.化石があればいいし,コノハチョウのように化石が期待できないものについては数理解析で示せる.系統樹を推定し,表現形から特徴値を当てはめ,ベイズ推定(最尤推定でもできる)で進化過程を推定するのだ.これをコノハチョウで実際に示した.今後は揺らぎやすい特徴,揺らぎにくい特徴の組み合わせに広げていきたい.


「還元できない複雑性」は創造論者との論争において使い古され,議論され尽くしたテーマだという印象.ベーエの持ち出した鞭毛モーターや,古典的なヒラメの眼に比べて,ベイツ擬態や背景へのカモフラージュ模様は連続的に少しずつモデルに似ていけば少しずつ鳥をより惑わすだろうと考えるのはごく自然で,そもそもこの「還元できない複雑性」の話に当てはまるのかどうかはやや微妙な気もする.とはいえ数理解析とベイズ推定の手法はなかなか興味深いところだ.


ミズタマショウジョウバエの翅の着色過程の解明と模様形成遺伝子同定法 福冨雄一


ショウジョウバエの翅の着色過程の解明の説明.発生過程を12のステージに切り分け,yellow遺伝子の発現,着色,着色細胞の体幹への回収(着色細胞は仕事を終えると体幹に回収されるのだそうだ.いかにも渋い適応だ.)がそれぞれどこで生じるかをみる.するとまず着色細胞内で遺伝子が発現し,そのタンパク質を細胞外に出す,その後着色細胞は体幹に回収され,さらにその後翅脈から前駆物質が送られてきて着色が完成するという過程であることがわかったというもの.


シロアリとキゴキブリにおけるホルモンシグナル経路の比較解析 増岡裕大


シロアリのカーストについての発表.最近2種のシロアリについてもゲノムが解読されたので,カースト形成について調べてみたもの.シロアリは幼虫時代にワーカーとして働き,その後生殖虫になるという形が祖先形態で,最初の不妊カーストは兵隊アリだとされている.つまり幼虫から兵隊アリと生殖虫への分化のところがキーになる.この部分におけるJHの発現やその効果を近縁であるキゴキブリと比較する.その結果脱皮を促す部分,形態の変化を促す部分を特定でき,シロアリの形態変化にかかる遺伝子を特定できたというもの.


口頭発表 2


沖縄特異的なヘリコバクター・ピロリの由来を探る 鈴木留美子


ピロリ菌は垂直伝達が基本なので,ヒト集団の系統解析に用いられている.これまでの分析によると,大きく世界にはヨーロッパに1つ,アフリカに3つ,南アジア,東アジア,マオリ,サフル,アメリンドの9つの系統があることが知られている.ここで日本人のピロリを調べると沖縄のデータが特異的で解釈が難しい.そこで7つのハウスキーピング遺伝子を統合して系統解析を行ってみた.
その結果は世界の大きな系統の根本の部分で沖縄Aと沖縄Bが別々に起原しているような形になった.沖縄Aはインド北部が起源で3〜4万年前に南回りで入ってきたもの,沖縄Bはシベリア北部からアメリンド経由で入ってきたものと推測できる.



日本人の集団分化のゲノムワイド探索 岩崎理紗


ヒト集団は世界中に分布しているが,分布拡大後の進化も高地適応や消化適応などがあることが知られている.そこで日本人の集団分化に関するゲノムワイド探索を行ってみたもの.まず近縁集団をいろいろ調べたところ中国のものが最も近いので中国集団と比較した.
5百万のSNPsを並べてFstが飛び抜けて高いところを探すと,それは8番染色体のある領域PSCAだった.これは胃ガンリスクと関連することが知られている.そしてこのハプロタイプの頻度が分化しているようだ.調べてみたが淘汰を示すシグナルはなかった.今後は交雑によるものかどうかを調べていきたい.



霊長類進化における嗅覚受容体遺伝子消失速度の上昇:感覚器の構造および食性との関連 新村芳人


嗅覚受容体遺伝子は哺乳類の最大の遺伝子ファミリーだ,霊長類ではやや少なくなっていて,視覚中心の生態に移ったので,視覚と嗅覚のトレードオフで失っていったのだと考えられている.
ではこの遺伝子はいつ頃消失していったのだろうか.これを知るために曲鼻猿類(多くは夜行性だが一部昼行性),直鼻猿類(多くは昼行性だが,一部夜行性)24種で(それぞれ昼行性種と夜行性種を入れて)でゲノム比較してみた.
結果曲鼻猿類から分岐して直鼻猿類になった時期(夜行性→昼行性),コロブスが分岐した時期(果実食→葉食),さらに類人猿で独立に何度も消失が生じていることがわかった.この最後の類人猿のパターンの理由は不明だ.


口頭発表 3


現生人類での精神活動関連遺伝子の進化:シアル酸転移酵素STXの低活性化による東アジア集団での適応 瀬戸尚子


シアル酸転移酵素遺伝子は胎児の脳で発現しており,神経細胞の接着具合を制御している.これがうまくいかないと神経組織がうまく発達できない.そういう経路で精神活動とは関連すると考えられる.
そこでそのSNPsを類人猿と比較してヒトに特徴的な配列を選び出した.そのうちのCGCタイプは,最後に分岐したのが,ある方法では10万年前(プラスマイナス8万年)頃,別の方法では2万年前頃という結果がでた.2万年に近いとすると淘汰がかかった可能性が高いと考えられた.そこで淘汰がかかっていたかどうかを検出した.サイト頻度スペクトラムをとってみると淘汰進行中のこぶのような形状が確認できた.


質疑応答で大御所の齋藤成也からは,この結果は弱く人為的な結果を疑うべきだというコメントがなされていた.


進化的マルチエージェントモデルによるリスクへの態度の分析とアンケートデータセットによる多面的な検討:小松秀徳


リスクをとって利益を得,それをを子供に分配する(女性は渡す際によりコストがかかる)というマルチエージェントモデルを回すと環境が厳しいほどリスク選好的,年をとるとリスク選好的,女性の方がリスク忌避的となることが予測できる.これをアンケートを採ってみるとおおむねそれが裏付けられたというもの.


モデルの詳細はわからなかったが,通常の進化モデルとはかなり異質なものの様子.モデルの予測もアンケートの結果も何ら意外感なく,ポイントがよくわからなかった.


なにが旧人文化を制約したのか:負傷仮説の検証 中橋渉


ネアンデルタールはなぜサピエンスのような精巧な道具文化を作ること(いわゆる現代人的行動)ができなかったかという問題を考える.これには学習能力や認知能力が足りなかったという仮説,人口が閾値に達しなかったのだという仮説が提唱されているが,いずれも検証は難しい.ここでは負傷仮説を取り上げてモデル化してみた.

負傷仮説というのはネアンデルタールは(狩猟行動などにより)負傷頻度が高く,複雑な身体的制御が必要な文化技術の伝搬蓄積が難しかったからだというものだ.
そこでまず文化伝達をモデル化する.未熟者が熟練者から学習するが,それぞれ負傷確率を持ち,負傷すると学習できなくなる.負傷率は骨などの証拠から推定する.データを集めて推定すると上腕部分の負傷率は0.37〜0.53,うち重傷が0.21〜0.33,これらを体の各部について寄せ集め,全体負傷率が0.79〜0.94,うち重傷率が0.37〜0.52となった.これらを元にモデルを回すと,技術の伝承のためには重傷状態にない個体がグループ内に最低5〜6個体存在する必要があるという結果になる.ネアンデルタールのグループは8〜10人程度と推測されており,人口密度も低く近親婚が多かったとされている.ここから飛び道具などの全身を用いる技術の伝承は難しかったのではないかと考えることができる.文化の多様化に必要な分業も難しかっただろう.結論としては負傷率の多さと狭い社会交流範囲が原因で絶滅したと考えられる.


質疑応答で,ではサピエンスの方が負傷率が低かったのかと問われて,この数字はサピエンスと差がないと答えがあり,じゃあ負傷は関係ないんじゃないのという空気がその場を流れた.中橋はそういう意味でこのモデルでは社会交流範囲の狭さが原因ということになると答えていた.


言語にはぜ語彙的要素と機能的要素が存在するのか 藤田遥


ここで語彙範疇とするのは,内容語で,名詞,動詞,形容詞,接続詞などが当たる.機能範疇とするのは機能語で,格表示,時制表示などを行う言葉だ.ここからは言語の適応的機能は初期には認知能力の向上として生じ,その後情報交換のために生じたというチョムスキー,フィッチの考えに基づいて考察する.するとこれは言語の進化を3段階に分けることにより説明できることになる.

  1. 最初は思考の補助としての段階.この段階では機能語のみあればよい.現実世界を頭に中に投影する.具体的な内容が中心で,文脈は意味内容と不可分になっている.そしてこの段階で階層性が現れる.
  2. 次にそれをより明瞭化するため(内在化)の進化が起きる.意味内容を認知として把握する,するとカテゴリー化が重要になり,何を指示しているか,何時か,肯定か否定かという要素が加わる.さらにメタファー的拡張が生じる.この段階で内容機能語である,指示詞,相を表す語,否定語,そして代名詞,冠詞などが加わる.この段階では内容を豊かにすることが中心になっている.ここまでは生物進化的でユニバーサルだ.
  3. 最後にそれを他人と情報交換するための(外在化)進化段階がある.ここでコミュニケーションのための構造的機能語が加わる.他者に意味内容を伝えるために文法が必要になる,関係節,格表示,従属節表示,一致表示が必要になったのだ.これは文化進化的で言語間に音声要素,屈折,語順などの多様性がある.


私としてはチョムスキー説は採りがたい(思考は言語抜きで可能であり,それを外部表出するために言語があるのではないかという感覚)と考えているので,受け入れられないところもあるが,チョムスキー説を採るとどうなるかという頭の体操としては面白いという感想だった.


ここまでで本日の口頭発表は終了だ.


本日の昼飯.ホテルそばの適当なレストランで日替わり定食を頼んだが,なかなか主菜以外のちょっとしたおかずの品数が多くて早速京都を感じさせる.